【小説】おかしな変換ミス(650字ショートショート)
「『書く仕事』と『隠し事』の変換ミスですね」
先生に言われ、妙子は漢字を訂正する。
「これでいいかしら」
「はい、よく書けてます」
チラリと腕時計に目をやると、先生は言った。
「じゃあ今日は、この辺にしておきましょう」
最近、妙子はパソコン教室に通い出した。
娘や孫との連絡手段として、はじめはスマホを覚えようと思ったが、使いこなせなかった。
画面が大きければなんとかなるかもと思い、この教室を見つけたのだ。
「では妙子さん、帰りましょうか」
と、老齢の妙子を見送りに出てくれる先生。
「あ、先生。ちょっと待って」
ふと思い出し、妙子は立ち止まった。
「昨日ね、私、お菓子買ったのよ。久しぶりにふらふらしたの」
友人と百貨店を歩き回ったのである。
鞄を床に置き、中を探ろうとしゃがみ込む。
「え、大丈夫ですか!」
すると先生が突然、大げさに声を上げ、妙子の両脇を後ろから抱えた。
「どうしたの。大丈夫よ」
妙子はしゃがんだまま振り向く。
なぜか不安げな顔の先生に、饅頭を渡した。
「これ美味しいよ。どうぞ」
「ありがとうございます。それより、病院は行かなくて大丈夫ですか」
妙子は訊く。
「どういうこと?」
「だってさっき、『昨日おかしかった』って、『ふらふらした』って」
「え……、あ」
数秒考え、妙子は合点がいった。
真剣な顔をした先生に、説明する。
「先生。『書く仕事』と『隠し事』と同じよ」
お菓子買った。
体の具合が、おかしかった。
パソコンで変換ミスをした妙子。
現実で変換ミスをした先生。
しばらく二人して笑った。
《終》
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