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小説・短編集

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#掌編小説

私のヒーローたち

 一月十六日。雪が街を埋め尽くした誕生日のその日、私は後輩の車の中にいた。

 すべての原因は、早朝から降り出した雪だった。午前中で講義を終え、午後から地元にいる彼氏とデートにいく予定だった私は、大雪で電車が止まり、大学で足止めを食らっていた。

 そんなとき、サークルの後輩である石本君と川瀬君が通りかかり、事情を聞いて私を地元まで送り届けてくれる運びとなった。スキーが趣味である石本君の車は、雪道

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僕らのお姫様

 一月十六日。その日は日本各地で、大雪の日だった。

 僕らの住んでいる地域もその例にもれず、早朝から降り出した雪は瞬く間につもり、昼には交通機関をマヒさせるまでに至った。

 親友の川瀬と昼食を食べ終えた僕は、二人そろって三コマ目の講義に向かっていた。スキーが趣味で、雪道も走れる車に乗っている僕は、帰りの心配もどこ吹く風だ。

 そんな調子で大学の廊下を歩いていると、講義棟の出口で、ふと気になる

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【掌編小説】幸福感

 飲み会の帰り、都心の駅を一人、人ごみに紛れて歩く。

 深夜も近い時間帯。終電へと急ぐ人、次の目的地へ行く人、大人数で騒ぐ人、速足でうつむき加減に歩く人・・・。

 雑踏の中で、僕は独りだった。大勢の人に囲まれているのに、ひどく孤独だった。

 ふと、甘い香りが鼻をくすぐった。石鹸のような、淡い香り。どこか懐かしい、胸の中をくすぐる匂い。

 その正体を思い出して、足を止める。周りに視線をやるが

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受験生

 午後六時。学校の最寄り駅への帰り道を、体を縮めながら歩く。早く風をよけられる屋内に入りたい一心で、自然と速足になる。

(センター試験まであと二日!)

 頭の中で黒板に書かれた文字が躍る。

(あと少し、みんなで頑張ろう!)

 帰り道を急ぐ私の前には、同学年の女の子が四、五人、連れ立って歩いていた。

 後ろからも、楽し気にしゃべる声が聞こえる。

 学校の図書室で、一緒に受験勉強をしてきた

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「ここ、どうぞ」

 新春の陽光が差し込む電車の中、デートの移動中。

 冬にしては暖かいその陽気についうとうとしていると、ふと、正面から差し込んでいた陽がかげって目を開ける。もたれかかっていた彼氏の肩から顔を上げると、正面に、おなかの大きな女性が立っていた。

 右手はつり革を持ち、左手には買い物袋。そしてそのわきに、三歳くらいの男の子が母親につかまって立っていた。

 私はすぐさま、彼氏の手を引く。無言でその意味

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カレーの日

 毎月十日の夕食は、うちでは必ずカレーとなる。

 材料はニンジン、タマネギ、ジャガイモ、ブタニク。それらをおふくろが一時間以上丁寧に煮込む。素材のおいしさがルーに溶け込んだカレーは、決まっていつも甘口だった。

「カエデが辛い物苦手やからなぁ」

 母親は決まっていつもそう言った。カレーが好きなのに、中辛すら食べられないうちの妹に配慮しての甘口ルーだったが、辛口でも普通に食べられる俺にとっては、

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夢の続き

 とても暑い日だった。最高気温がその年の最高記録を更新するような日。俺はバッターボックスに立っていた。

 地区大会決勝。九回裏、ツーアウト満塁。一点ビハインドなんて漫画みたいな場面で、チームの運命は俺のバットに託されていた。勝てば甲子園出場、負ければ地区大会敗退。

 バットを握る前、そっと尻のポケットに触れる。中には、こっそりと忍ばせた手作りのお守り。野球部のマネージャーが、レギュラーだけに特

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里帰り

夏、久しぶりに里帰りした楓が、若い男を連れてきた。

 メガネをかけ、いかにも知的な印象を与えるそいつは、見た目通りの優男だった。夕食の間も始終笑顔で、楓や母親と一緒に談笑をしていた。なよなよ笑うそいつのどこがいいのか、わしにはさっぱりだったが、どうやら楓はそんなところが気に入ったらしい。そいつが笑うと、楓の顔もつられて笑顔になっていた。母親にもすぐ受け入れられたそいつを見て、なんだかおもしろくな

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虹

 少年は、一人でずっと待っていた。

 街のはずれに作られた緑地公園。その中に設けられた池のほとり、遊歩道のわきに設けられた屋根のついた休憩所。そこが友達との待ち合わせ場所だった。

 休憩所のベンチに腰掛けて、もうどれくらいたつのだろう。ここに来たときは降っていなかったのに、先ほどからさあさあと雨も降りだした。傘を持っていない少年は、休憩所をでて友達を探しに行くこともできなかった。

 いや、雨

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Good night

夜、眠りにつくのが嫌いだった。

たった一人、自分だけの暗闇の中。

眠りにつくまで、小さな孤独をいつも感じていた。

目をつむると、静かな恐怖が自分を包んでいくようだった。

隣で衣擦れの音がして、私はうっすらと目を開ける。

そこには、無防備なあなたの寝顔があった。

同じ布団の中で、僅かに体を寄せる。手を探り当て、軽く指を絡ませた。

私の手を包み込むように、彼の手が握り返してくる。

君が

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想失

 事務室に鍵をかけ、オフィスをでる。外にでると、肌を刺すような冷気が身を包んだ。

 今日も終電帰りだ。会社に入って三年。入社当初以来、終電以外で帰った記憶が数える程しかない。私はマフラーを巻き直し、疲れきった体を引きずりながら駅へと向かう。

 こんなに夜遅くでも街には多くの人がいる。私と同じように会社帰り風の人、お酒が入り、大声をあげながら数人で連れ立って歩く人。雑踏の中、私はひとり、うつむき

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喜寿

 老人は、若い世代から疎まれるものである。

 そんなことを、年をとるにつれて、身を持って体感することが多くなった。

 若い時分はいろいろなことができた。身の回りのことなど出来て当然。新しいことでも独学で学び、どんどん挑戦していった。退職して老後を迎えても、しばらくはそんな生活が送れていたように思う。それが当たり前だった。

 しかし、齢(よわい)七十を過ぎてから、だんだんと衰えを感じるようにな

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とりっく おあ とりーと

 からだがなんだかうごかない。なんで手や足をうごかそうとしてもうごけないんだろう? だれかに上からおさえつけられてるみたいだ。だれかボクの上にのってるの? あれ? 上をみようとしたのに、くびもうごかない。どうしたのかな。

 今日は月曜日だから、えいごのじゅくにいって、はろうぃーんのじゅぎょうをして、うちにかえろうとしたんだ。しんごうがあおだったから、どうろをわたろうとしたんだけど・・・そうだ。そ

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とある男女の話

「ねえ、真一って、女の子に興味あるの?」

 白沢唯は向かいに座る黒野真一に問いかけた。大学の食堂、ゼミ仲間として二人で昼食をとっているときである。

「何をいう。俺だって一人の男なのだから、もちろん女子に興味くらいある」

「へえー、そうなんだ」

 少し気にするように、唯は相槌を打つ。

「じゃあさ、真一の、その、好みのタイプってどんな子なの?」

 髪の毛をいじりながら、平静を装うように唯が

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