マガジンのカバー画像

小説・短編集

27
運営しているクリエイター

記事一覧

私のヒーローたち

 一月十六日。雪が街を埋め尽くした誕生日のその日、私は後輩の車の中にいた。

 すべての原因は、早朝から降り出した雪だった。午前中で講義を終え、午後から地元にいる彼氏とデートにいく予定だった私は、大雪で電車が止まり、大学で足止めを食らっていた。

 そんなとき、サークルの後輩である石本君と川瀬君が通りかかり、事情を聞いて私を地元まで送り届けてくれる運びとなった。スキーが趣味である石本君の車は、雪道

もっとみる

僕らのお姫様

 一月十六日。その日は日本各地で、大雪の日だった。

 僕らの住んでいる地域もその例にもれず、早朝から降り出した雪は瞬く間につもり、昼には交通機関をマヒさせるまでに至った。

 親友の川瀬と昼食を食べ終えた僕は、二人そろって三コマ目の講義に向かっていた。スキーが趣味で、雪道も走れる車に乗っている僕は、帰りの心配もどこ吹く風だ。

 そんな調子で大学の廊下を歩いていると、講義棟の出口で、ふと気になる

もっとみる
バレンタインデー side B

バレンタインデー side B

 朝、いつもより十五分早くセットした目覚まし時計のベルをとめる。

 緊張しているせいか、いつもよりスッキリと目が覚める。ベッドの上で小さく伸びをして、枕元に置いてあるデジタル時計で日付を確認した。

 今日は二月十四日。勝負の日、バレンタインデーだった。

 「あら、おはよう、優香。今日は早いのね」

 制服に着替えて一階のリビングに降りていくと、お母さんがまだ朝食を作っているところだった。お父

もっとみる
バレンタインデー side A

バレンタインデー side A

 いつもより早めにセットした目覚ましが、静かな部屋に鳴り響いた。目を開けずにのばした右手でその音を黙らせた俺は、ゆっくりとベッドの上で起き上がった。

 首を回して、凝った肩をほぐす。いつもより目覚めの良い頭で、壁にかけられたカレンダーを確認する。好きなアイドルの写真が載ったポスター型のそのカレンダーには、今日の日付に赤マルが打たれていた。二月十四日の金曜日。そう、今日はバレンタインデーだった。

もっとみる

【掌編小説】幸福感

 飲み会の帰り、都心の駅を一人、人ごみに紛れて歩く。

 深夜も近い時間帯。終電へと急ぐ人、次の目的地へ行く人、大人数で騒ぐ人、速足でうつむき加減に歩く人・・・。

 雑踏の中で、僕は独りだった。大勢の人に囲まれているのに、ひどく孤独だった。

 ふと、甘い香りが鼻をくすぐった。石鹸のような、淡い香り。どこか懐かしい、胸の中をくすぐる匂い。

 その正体を思い出して、足を止める。周りに視線をやるが

もっとみる

受験生

 午後六時。学校の最寄り駅への帰り道を、体を縮めながら歩く。早く風をよけられる屋内に入りたい一心で、自然と速足になる。

(センター試験まであと二日!)

 頭の中で黒板に書かれた文字が躍る。

(あと少し、みんなで頑張ろう!)

 帰り道を急ぐ私の前には、同学年の女の子が四、五人、連れ立って歩いていた。

 後ろからも、楽し気にしゃべる声が聞こえる。

 学校の図書室で、一緒に受験勉強をしてきた

もっとみる

「ここ、どうぞ」

 新春の陽光が差し込む電車の中、デートの移動中。

 冬にしては暖かいその陽気についうとうとしていると、ふと、正面から差し込んでいた陽がかげって目を開ける。もたれかかっていた彼氏の肩から顔を上げると、正面に、おなかの大きな女性が立っていた。

 右手はつり革を持ち、左手には買い物袋。そしてそのわきに、三歳くらいの男の子が母親につかまって立っていた。

 私はすぐさま、彼氏の手を引く。無言でその意味

もっとみる

カレーの日

 毎月十日の夕食は、うちでは必ずカレーとなる。

 材料はニンジン、タマネギ、ジャガイモ、ブタニク。それらをおふくろが一時間以上丁寧に煮込む。素材のおいしさがルーに溶け込んだカレーは、決まっていつも甘口だった。

「カエデが辛い物苦手やからなぁ」

 母親は決まっていつもそう言った。カレーが好きなのに、中辛すら食べられないうちの妹に配慮しての甘口ルーだったが、辛口でも普通に食べられる俺にとっては、

もっとみる

夢の続き

 とても暑い日だった。最高気温がその年の最高記録を更新するような日。俺はバッターボックスに立っていた。

 地区大会決勝。九回裏、ツーアウト満塁。一点ビハインドなんて漫画みたいな場面で、チームの運命は俺のバットに託されていた。勝てば甲子園出場、負ければ地区大会敗退。

 バットを握る前、そっと尻のポケットに触れる。中には、こっそりと忍ばせた手作りのお守り。野球部のマネージャーが、レギュラーだけに特

もっとみる

里帰り

夏、久しぶりに里帰りした楓が、若い男を連れてきた。

 メガネをかけ、いかにも知的な印象を与えるそいつは、見た目通りの優男だった。夕食の間も始終笑顔で、楓や母親と一緒に談笑をしていた。なよなよ笑うそいつのどこがいいのか、わしにはさっぱりだったが、どうやら楓はそんなところが気に入ったらしい。そいつが笑うと、楓の顔もつられて笑顔になっていた。母親にもすぐ受け入れられたそいつを見て、なんだかおもしろくな

もっとみる
虹

 少年は、一人でずっと待っていた。

 街のはずれに作られた緑地公園。その中に設けられた池のほとり、遊歩道のわきに設けられた屋根のついた休憩所。そこが友達との待ち合わせ場所だった。

 休憩所のベンチに腰掛けて、もうどれくらいたつのだろう。ここに来たときは降っていなかったのに、先ほどからさあさあと雨も降りだした。傘を持っていない少年は、休憩所をでて友達を探しに行くこともできなかった。

 いや、雨

もっとみる
料理勝負 side A

料理勝負 side A

 私は、ご飯にはうるさい。

 元来食べることが好きで、美味しいものをもとめることが趣味。そんな話を大学の食堂でしていたら、そのとき一緒にいた仲のいい男友達がこういった。

「じゃあ、俺の自信作を食べさせてやるから、今度うちに来いよ」

 私はすぐさま了承した。ちょっとやそっとのことじゃおいしいと言わない自信があった。そんな私に、おいしいと言わせるだけの自信が彼にもあったのだろう。いわばこれは、彼

もっとみる

サンタに願いを

 十二月二十三日。サンタ村では、急ピッチでプレゼントの準備が進められていました。

 世界中から届けられたサンタへの手紙、サンタへの願い。普段は仕事もしないニートなサンタたちにとって、クリスマス前の一週間が一番忙しい時期です。

「おい! このプレゼントの配送先間違ってるぞ! 三つあっちのグループだ!」

「またケイティとかいうガキが欲しいものを変えやがった! 先月から始まってもう十回目だぞ!」

もっとみる

Good night

夜、眠りにつくのが嫌いだった。

たった一人、自分だけの暗闇の中。

眠りにつくまで、小さな孤独をいつも感じていた。

目をつむると、静かな恐怖が自分を包んでいくようだった。

隣で衣擦れの音がして、私はうっすらと目を開ける。

そこには、無防備なあなたの寝顔があった。

同じ布団の中で、僅かに体を寄せる。手を探り当て、軽く指を絡ませた。

私の手を包み込むように、彼の手が握り返してくる。

君が

もっとみる