「ここ、どうぞ」

 新春の陽光が差し込む電車の中、デートの移動中。

 冬にしては暖かいその陽気についうとうとしていると、ふと、正面から差し込んでいた陽がかげって目を開ける。もたれかかっていた彼氏の肩から顔を上げると、正面に、おなかの大きな女性が立っていた。

 右手はつり革を持ち、左手には買い物袋。そしてそのわきに、三歳くらいの男の子が母親につかまって立っていた。

 私はすぐさま、彼氏の手を引く。無言でその意味を悟った彼は、私と一緒に席を立った。

「あの、よかったらここどうぞ」

「あら、大丈夫ですよ。二駅乗るだけですので」

「いえ、私たち、次の駅で降りるので、少しでもどうぞ」

 軽い押し問答の後に、女性とその子どもが席に着いた。それを見送り、次の駅で電車が止まると、私は彼と一緒に電車を降りた。

 そのまま、隣の車両へ移動。

 扉が閉まり、電車が発車したところで、彼氏が苦笑いしながら声をかけてきた。

「降りる駅、あと五つくらい先だろ」

「いいの。あの人、大変そうだったから」

 これで少しでも、あの人の負担が減ればいい。そう思って、隣の車両からこっそり先ほどの席を覗き見る。連結扉の向こう側にはしかし、先ほどの女性の立っている姿があった。

 代わりに、一人のおばあさんが、子どもの隣に腰掛けていた。

 前の駅で乗ってきた人なのだろう。今日初めて会うはずなのに、その女性も、おばあさんも、子どもも、家族のように笑いながら何やら会話をしている。その様子が、差し込む陽光に照らされていた。

 彼氏も私の視線を追いかけ、同じものを見つけたようだ。顔を見合わせると、二人して思わず笑顔になる。

 春のように暖かい、年明けの日の出来事。



**********************

 今さらですが、あけましておめでとうございます。

 久しぶりの投稿は、先日乗った電車の中での体験をもとに書いてみました。

 今年は人の温かさに感謝し、感謝されるような、そんな一年にしていきたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?