里帰り

夏、久しぶりに里帰りした楓が、若い男を連れてきた。

 メガネをかけ、いかにも知的な印象を与えるそいつは、見た目通りの優男だった。夕食の間も始終笑顔で、楓や母親と一緒に談笑をしていた。なよなよ笑うそいつのどこがいいのか、わしにはさっぱりだったが、どうやら楓はそんなところが気に入ったらしい。そいつが笑うと、楓の顔もつられて笑顔になっていた。母親にもすぐ受け入れられたそいつを見て、なんだかおもしろくない気分になりながら、わしは食事を掻き込んでいた。

 食事が終わり、縁側に涼みに出ると、楓とくだんの男が座って談笑していた。一瞬引き返そうとも思ったが、ここで立ち去ればなんだか負けた気分がして面白くない。わしはあえて、二人にずんずんと近づいて行った。このあたりであの男に立場の違いをわからせなくてはいけないとも思った。

 近づくわしに初めに気づいたのは楓だった。こちらに背を向けていたにも関わらず、足音で分かったのだろう。男のほうも楓につられてわしに気づいたようだ。

「久しぶり。食事のときも思ったんだけど、ちょっと老けたんじゃない?」

 何を言う。まだまだわしは現役だ。お前の目の前にいる男にも喧嘩で負ける気はしないぞ。

「昔よりもおとなしくなった気がするな。ほら、こっちおいで」

 猫なで声で呼びおって。本当はわしと会えなくて寂しかったのだろう。

 わしは楓に近づくと、座っているその膝に頭を乗せた。久しぶりの感触に、体の力が思わず抜ける。

「食事の時も思ったんだけど、なんか頑固おやじみたいな雰囲気のやつだな、その犬」

 優男がわしをのぞき込みながら言う。わしは視線を一度投げただけで、すぐに目を閉じた。これで少しは立場の違いを思い知っただろうと、得意な気分になる。

「食事中も、なんか俺のこと睨んでた気がするし、今も気を許してくれてないみたいだし」

「警戒されてるのかもしれないよ。わしの娘をとるなー、って」

「それ、亡くなったお父さんがのりうつってるんじゃないか?」

「そうかも。きちんと挨拶したほうがいいんじゃない?」

 二人は勝手にあれこれと話して楽し気に笑っている。随分とわしを馬鹿にしているようにも思えたが、そんなことも気にならないくらい、久しぶりの感触に心が落ち着いていた。

 楽し気な会話をBGMに、わしはまどろみの中に落ちていく。

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