ikuy

空いた時間で小説を書いています。 本が好き、音楽が好き。 そんな感じです。

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最近の記事

最果て

プロローグ  二一四七年、人間は人工的に浄化された空気を吸い、地球を覆う新たなオゾン層に守られ生き永らえていた。  公的資料によると、二〇七〇年、人間による自然破壊、環境汚染が進み、地球は二二二〇年までに生物が生息できる環境ではなくなるだろうと予測された。つまり、奇跡の星地球は、不毛の地となり、生物は絶滅するということである。  オゾン層破壊が進む地球は年間平均気温が最も高い国で約四十三度に達し、年間最高気温は五十七度までに昇った。また、世界人口は百三十億人に達しようとして

    • 森に棲む人

       光を背に、誰かがそこにいた。顔はよく見えない。一歩近づこうとしたとき、その人が手を差し出した。不思議と恐怖心も戸惑いもなく、わたしはその人の手を取った。あたたかい、大きな手だった。  自然と目が覚めた。いつもそうだ。この夢を見たときは、不思議なぐらい心地よく起きられる。頭もすっきりし、食欲もでるから朝ごはんも食べられる。肌の調子もよく、化粧のノリももちろんいい。今日はがんばろうと、一日のはじまりに思える。  ただしこれはこの夢を見た日だけ。いつもは疲れが取れていない重い身

      • 彼の秘密

         彼には大きな秘密がある。親にも友達にも隠している。誰にも言えない。誰にも言っちゃいけないからだ。だからずっと自分の中に閉じ込めている。  彼に大切な人ができた。とってもとっても大好きな人ができた。彼女と仲よくなればなるほど、彼は彼女に秘密を抱えていることが苦しくなった。だからある日、彼は勇気をだして彼女に打ち明けた。今まで誰にも言わなかった、大きな秘密を。 「俺、じつは、ヒーローなんだ」  彼女はぽかんとした。そして吹き出した。きゃはは!とおかしそうに笑って、彼を見つめた

        • インディゴブルー

           鳥になりたい。小さいころそう願っていた。  鳥のように羽ばたき、空を舞い、行きたいところへ。  どこまでも。  小学三年生のとき、排水路に落ちている鳥のひなを見つけた。その日は雨が降っていて、ひなはみすぼらしいほどに濡れていた。ピーピー鳴くこともなく、ただ排水路に落ちていた。僕は傘を顎と肩で挟み、その場にしゃがみこんでひなを拾い上げた。死んでいると思ったのに、ひなからはトクトクと脈打つ振動がした。とても弱いトクトク。  ランドセルの横にぶら下げた体操着入れから体操着を取り

        最果て

          なんとなく vol.14

          現在  見事な青空だ。春を感じるあたたかい日差しに少し冷たい風が心地いい。  ああ、気持ちいいなあ。野外イベントは晴天に限る。ライブハウスとかの屋内の仕事も楽しいけど、野外イベントの仕事はこれがたまらない。開放感とわくわく感が合わさり、いつもよりテンションが上がってしまう。  PAの仕事に就いて七年。バイト時代も含めれば十一年。なんとなく正しいと思って進んだこの道は、間違ってなかったと思ってる。もちろんうまくいかないことも、悩んで落ち込んだことも、辞めようかなと思ったことも

          なんとなく vol.14

          なんとなく vol.13

          三月  おじちゃんとおばちゃんが店を貸し切りにして開いてくれた合格祝いは、俺の誕生日がその数日前だったこと、さらには裕吾の決意表明がされたことで、「おめでとう!」と「がんばれ!」の嵐が巻き起こり、涙を零しながらもみんな笑い合って、最後はなんでも可笑しくなって笑いまくって、どんちゃん騒ぎの大盛り上がりだった。母さんも将太も腹を抱えて笑ってたはずだ。でも残念なことが一つ。忙しいのだろう、龍河先生は現れなかった。  次の日の土曜日、午前八時。  酒を飲みまくった父さんと姉ちゃんは

          なんとなく vol.13

          なんとなく vol.12

          二月  暇だ。ああ、暇だ。バイトでもしよっかななんて思う今日この頃。  大学の一般入試も三日前に無事終わり、自分の感覚ではどの大学もいい出来だったと思う。将太のペンケースがそばにある。それが俺の気持ちを不思議と落ち着かせてくれて、気負うことなく試験を受けられた。うまくいったのは将太のおかげだ。  ま、だからと言ってもちろん絶対大丈夫とは言い切れません。でも合格発表の日まではどうせわかんないし、結果を心配してももう終わったことだし、ってことで、俺は入試が終わってからのこの三日

          なんとなく vol.12

          なんとなく vol.11

          一月  どうやら、新しい年になったらしい。年が明けて何日経ったのかはよくわからない。でも父さんと姉ちゃんが仕事に行くようになったし、それなりの日数は過ぎているようだ。でもどうでもいい。なにもかもがどうでもいい。  俺は部屋から出られなくなった。  母さんが死んだとき、すごく悲しくて寂しくて恋しく思ったけど、どこか割り切れていた。それなのに、将太が死んで、それが崩れた。  地元を歩くと、母さんと将太を探してしまう。家の中をうろつくと、母さんを探してしまう。学校に行ってしまうと

          なんとなく vol.11

          なんとなく vol.10

          十二月  さて、今日もマック。飽きることなくマック。俺らの身体の四分の一ぐらいはマックのおかげで成り立ってるんじゃないかってぐらいマック。  ポテトを貪りながら、裕吾が恨めしい目を窓の外に向ける。 「なあにがクリスマスだ。お前らほとんど仏教だろうが」 「そういう僻みは情けないぞ」 「そうそう、宗教はもう関係ないんだよ。ただのイベントなんだから裕ちゃんも楽しめばいいじゃん」 「どう楽しむんだよ。一人でケーキでも食ってればいいのか」 「あとチキンな」 「あとプレゼント」 「山下

          なんとなく vol.10

          なんとなく vol.9

          十一月  十一月最初の金曜日。 「先生んとこ一旦寄っていい?」 「うん。ん?一旦?」 「今日先生が母さんを見舞ってくれるんだ。だから一緒に帰る」 「マジか!なんかドキドキすんな」 「なんで」と笑う将太。  将太の告白から約一週間。将太はいつもと変わらないし、だからもちろん裕吾はなんも気付いてないし、俺はたまにこっそりにやけながら心あたたかく見守っている。  英語準備室のドアをノックしてから中を覗くと、ペンを動かしていた龍河先生の顔が俺らに向いた。ペンを置き、「行くか」とすぐ

          なんとなく vol.9

          なんとなく vol.8

          十月  文化祭真っ只中。  生徒の家族や友人、他校の生徒や近所の人たちで校内は賑やかだ。軽快な音楽が流れ、誰もがウキウキと足取り軽く、文化祭という名の通りみんなお祭り気分。  だがしかし、そのウキウキの中にドキドキも混じっている。なぜなら文化祭というのは出会いの場でもあるからだ!とほとんどの生徒が思っているに違いない。俺の隣にも確実にそう思っている奴がいる。 「ラストチャンスだあ!」 「がんばれ」 「おい凌。なんでそんなに乗り気じゃねえんだ。なっちゃんがいるとはいえお前だっ

          なんとなく vol.8

          なんとなく vol.7

          九月  新学期になってすぐ、席替えがあった。  将太は廊下側二列目の前から三番目、裕吾は窓際の一番後ろ、俺は窓際二列目の前から二番前。  ああ、教卓から少し遠くなってしまった。でもまだ近いからいいか。この距離なら先生の顔はよく見える。  ちなみに、俺が座ってた席には小野君が座ってる。あの日以来、小野君は変わった。英語以外の教科でも真面目に授業を受け、スマホの着信音が鳴ることもない。前を向いて先生の話を聴き、黒板に書かれた文字、先生の言葉をノートに書き写している。  すごいね

          なんとなく vol.7

          なんとなく vol.6

          八月  八月十八日、夜六時三十分。 「うわ……」 「すげえ人だな」 「人酔いしそう」  ライブハウスの前は平日の夜にも拘らず、多くの人が集まり、自分の番号が呼ばれるのを今か今かと待っている。  はじめて訪れた街はすごく賑やかで、飲み屋、古着屋、コンビニ、雑貨屋、喫茶店、八百屋、色んな店が新旧問わず軒を連ね、歩いてるだけで楽しい場所だった。きょろきょろしながら約五分の道のりを歩き、道に迷うことなく無事ライブハウスまで辿り着いたのはいいものの、ライブハウス前に集まる人の多さに俺

          なんとなく vol.6

          なんとなく vol.5

          七月  期末テストの四日間がはじまる前日の朝。  教室に入ってきた裕吾の顔を見て、俺も将太も目を瞠った。すぐに駆け寄る。 「どうしたそれ」 「なんで」 「なんでもねえよ」  顔をしかめて裕吾は笑うが、なんでもないはずがない。裕吾の左頬骨あたりは紫色に変色し、唇の左端は切れて赤く腫れている。  おいおい、なにがあった。龍河信者にボコられたか、とクラス全員が恐れ戦いたに違いない。  だけど俺と将太は恐れ戦かない。この傷の理由が想像つくから。 「裕ちゃん、それ――」 「大袈裟に見

          なんとなく vol.5

          なんとなく vol.4

          六月  梅雨に入ったってのにこの澄み渡る青空は奇跡だろうか、それとも嫌がらせだろうか。 「暑い!」 「くそ暑い!」 「もうやだ……」 「誰だよ、この時期に体育祭やるって決めたの」 「もっと爽やかな時期にしてくれよ」 「空はとっても爽やかな色してるけどね」  六月二週目の金曜日、本日は体育祭です。  数日前までは曇りの予報だったのに、突然予報は変わって晴れ。これぞ晴天!と言わんばかりに晴れ渡っている。晴れるのは嬉しいが、この湿度をどうにかしてくれ。 「いいよなあ、あっちは。屋

          なんとなく vol.4

          なんとなく vol.3

          五月  人間とは欲深い生き物だ。つくづくそう思う。  五月初旬の連休を終え、すでに二週間が過ぎようとしている。一週目、俺は月曜日と火曜日の放課後、二日連続で龍河先生を訪れた。月曜日はただ会いに行って、火曜日は英語を教えてもらった。  今週もすでに一回、月曜日にお邪魔している。その三回とも俺は、別の友達と約束してるだとか、腹が痛いから便所にこもるだとか、二組の奴に用があるだとか言って、将太と裕吾に嘘をついた。  俺が突然現れても、龍河先生は迷惑そうな素振りは見せない。かと言っ

          なんとなく vol.3