![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/76955202/rectangle_large_type_2_f05f785271e4f753717a164b9c6a2ef8.png?width=800)
洋菓子店のオシャレなケーキの名前を口にするのが恥ずかしい
食に一切興味がない人間なので、食事は一年中卵かけご飯でも構わないと思っていた。
そのことを彼女にカミングアウトしたところ「信じられない。私なんて美味しいご飯を食べるために生きてるのに」と言われ、心底驚いた。
そうか。女性は美味しいご飯が好きなんだな。だったらたくさんお店を調べて、美味しいご飯をご馳走してあげよう。
なんてことを考えてしまったもんだから、ここ最近の休日はネットで専ら美味しいご飯屋さんを検索している。
今日は彼女の家に泊まるので、手土産にケーキでも買っていこうと思い検索する。吉祥寺と西荻窪のちょうど中間地点に存在するその店は、どうやら東京でもかなりの人気を誇る有名洋菓子店のようだった。
朝、いつもより早起きして吉祥寺に向かう。お目当てはその店で一番人気のモンブランと、イチゴのタルト。
まだ4月だというのに、容赦ない日差しが照りつける。太陽の主張がうるさい。
「え、お前いつも『あ〜〜〜早く夏にならねえかなぁ』って言ってんじゃん。喜べよ。夏日にしてやってんだから」と煽り倒す太陽に対し、僕は「黙れカス」とだけ返答する。
開店の20分前に店に到着すると、既に10名ほどの人間が店の前に列をつくっていた。すげえな人間。美味しいもののためならこんな暑さも気にならないってか。
天から僕を煽りに煽ってくる太陽を無視するため、大好きなラジオを聴いて待ち時間をやり過ごした。
「お待たせしました! いらっしゃいませ!」
開店と同時に一人また一人と店内に吸い込まれていく。僕も流れに乗り、その日11人目の客となることができた。
ショーケースの中に並べられている色とりどりのケーキは、まさに宝石のように輝いて見えた。食に興味がない僕からしても、生唾を飲まずにはいられないほどどれもこれも美味しそうだ。
それにしてもお目当てのイチゴのタルト、名前が「バルケット・オ・フレーズ」って。
え、俺これから店員さんに「バルケット・オ・フレーズください」って言わなきゃダメなの? 「イチゴのタルトください」じゃダメかな。「バルケット・オ・フレーズ」って言うのめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
人生でただの一度も口にしたことのない言葉を発するのは、どうしてこんなに恥ずかしいのだろうか。
「お次のお客様ー! ご注文お伺いします!」
葛藤している間に僕の番が来てしまった。こうなったらもう、言うしかない。
ゴクリッ。
「バルケット・オ・フレーズを一つと」
「はい?」
「あ、バルケット・オ・フレーズ」
「すいません、もう一度お願いします」
クッッッソ!! 何で聞こえねえんだよ!! こんな小洒落たケーキの名前何回も口にさすな恥ずかしいから!!
僕の目を見つめ「ん? 何言ってんだこの人」みたいな顔をしている店員に腹が立つ。いや、悪いのはきっと僕なのだが。
溜息を吐き、諦めてジェスチャーを交えた注文に切り替える。
「あの、右から二番目のイチゴのやつください」
「イチゴのタルトですね! ありがとうございます!」
いやイチゴのタルトでいいんかい!! だったら商品名も「イチゴのタルト」にしておけやボケェ!!
その後普通にモンブランを注文し、普通に支払い普通に店を出た。二点合計1500円くらいだった。
もう二度と口にしないであろう「バルケット・オ・フレーズ」とモンブランを片手に、僕は彼女の家に向かうのであった。
「バルケット・オ・フレーズ」は普通に美味しかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?