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離合の昼夜

 彼女は、夜の暗がりのなか、眠る女を見下ろしている。横たわる女の安らかな呼吸により、掛け布団が上下しているのが覗える。彼女は眠る女のゼリーのような潤みあるくちびるに触れてみた。その感触は、やはりゼリーだった。

 水底に寝そべる彼女は、くちびるを小魚に触られて我にかえった。翻る小魚たちが銀色にちらついて、上には輝く太陽の白銀がゆらめいている。シュノーケリング姿の女がこちらを覗き込んでいた。何時なのだろうか。たぶん正午近くだ。彼女はそうかんがえる。 

 眠る女を見下ろす彼女は、暗がりの女が何か夢を見ているらしいと、まぶた──rapid eye movement sleep──により推測した。くちびるについで、今度はどこに触れてみようかと見下ろしていると、エクステンションされたまつ毛が少しふるえた。女が起きるのではと彼女は息を呑んだ。

 みなもを裏側から見る太陽の白銀に眩み、彼女は目を閉じた。まぶたの裏のオレンジ色が強い。世界がオレンジ色、と笑うと息がもれ、目をあけた。泡が、シュノーケリングする女の浮かぶみなもへ向けて上がり、たゆたった。息をとめてみる。呼吸してみる。どちらにせよ依然と水底に寝そべっている。

 眠る女の呼吸がとまったかと思うと深くなって、どうやら起きそうにないと判断した彼女は、そっと掛け布団をめくり、女の寝巻き姿を眺めた。人形のように作り物めいていると思う。肩に触れてみた。動かない。もっとベッドに沈めてやろうと、肩を押し込んだ。

 白銀のゆれるみなもに浮かんでシュノーケリングしていた女が息をとめて水底のこちらへ潜水してきた。
 ベッドの女が何かうわごとをいって、暗がりのこちらへ腕を上げ、うなされているらしく、顔を背けた。
 白銀に明るいみなもから潜水してきた女が、彼女に抱きついてきた。抱きつきかえしてみる。感触は柔らかく、体温があった。
 ベッドへ降りていく。横を向いて眠る女のとなりに寄り添うと、暗闇に仄白い腕を廻してきた。その柔肌に微熱を感じた。

 昼夜がお互いに対流するのを、明るくて暗い彼女たちは水平のまま、互いにながめている。


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