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エッセイ

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実家の猫とわたし

実家の猫とわたし

 高一の冬のある雨の日、妹が実家の軒先で雨に打たれ衰弱している子猫を保護した。私が塾から帰ってきたとき、猫は段ボールの中で体を丸めてうずくまって、母が与えたのだろうか、皿に注がれたミルクを弱々しそうに舐めていた。

 私は飼うのには乗り気ではなかった。いや、正確にいうと猫を飼って欲しくなかった。

 しかしそんな私の願いとは裏腹に、あれよあれよという間に設備が整えられ、猫は妹によって『ココちゃん』

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眠れない夜。例えば、

眠れない夜。例えば、

 例えば、久々に友人と連絡を取った日の夜。

 目を瞑っていると、その人との思い出が頭の中をふとよぎる。今何してるんだろうかとか、明日電車の中でもし出会えたら何を話そうとか、妄想が次々と膨らんでいく。ともすれば、さっきあれを聞いておけばよかったなと後悔する。ベッドの中で眠れずゴロゴロしていると、文面だけでは満足できず無性に声が聞きたくなる。スマホを開いて、LINEやらインスタやらで電話をかける寸前

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風邪

風邪

 喉のイガイガはどうにも解除できない時限爆弾のようなものだと思う。日曜日の朝不意に訪れたその違和感は、どうすることもできないまま火曜日になって起爆した。

 思えば火曜日の朝はいつも以上に調子が出なかった。体がダルいというより、行動したいと思えなかったんだよな。無理矢理1限目に出席したのはいいものの、SNSと蛋白質の構造を交互に眺めることしかできない。2限目の化学を切って帰ろうかとも思ったけれど、

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削る

削る

 私の家には壁に二つ色が変わった箇所がある。一つは私の部屋で、もう一つは階段の折り返しの部分だ。二つとも私が開けた穴を母親が隠そうとした名残である。

 一つ目は私の勉強机の隣にあり、高2の12月頃に開けたものだ。今思い返すと当時は部活と勉強と課外活動ですごく忙しかった覚えがある。ふと教材から顔を上げると目の前に彫刻刀があり、なんとなく壁を削ってみようと思った。刃は意外とすんなり入り、白い壁はチョ

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朝、1限目に向かう

 1限を控えた朝、都内の明るさはカーテン越しにも伝わってくる。自分はどうも目覚まし時計の音が苦手で、鳴る直前に起きるという特技を持っているが、それは目覚ましを解除する億劫さを帳消しにしたりはしない。目を瞑りながら布団の中でポジションチェンジを重ねていると、この世で私の最も嫌いな音が鳴りだす。昨日の夜、大音量に設定した自分が憎い。隣人の安眠を妨げるほど私は性格が良くないので、寝ぼけ眼のまま手探りでア

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