橋本倫史

1982年広島県東広島市生まれ。物書き。2017年春、『月刊ドライブイン』創刊。

橋本倫史

1982年広島県東広島市生まれ。物書き。2017年春、『月刊ドライブイン』創刊。

    マガジン

    • まちぐゎーのひとびと

      那覇の公設市場界隈に広がるまちぐゎーを巡ります。

    • 手紙がわりの読書メモ

    最近の記事

    最終回「てる屋天ぷら店」

     あれはたしか、2019年の夏だった。オープン間もない仮設市場をぶらついていると、籠にお弁当を入れて配達する人を見かけた。店名が記されたTシャツを見に纏っている上に、金色に染められた髪が目を引いた。第一牧志公設市場の二階には食堂街があり、そこに出前を注文する市場事業者はよく見かけるけれど、市場の外から出前をとるのは物珍しい光景に感じられた。あれは一体、どこのお店から配達してもらっているのだろう。配達を終えた店員さんは、仮設市場の向かいにある店舗に引き返していく。そこは創業から

      • 第9回「プレタポルテ」

         那覇の市場は“県民の台所”と呼ばれ、沖縄の食文化を担ってきた。公設市場が建て替え工事を迎えた今、新しい潮流も生まれつつある。そのひとつが、のうれんプラザの向かいに昨年オープンしたパン屋さん「ブーランジェリー・プレタポルテ」だ。  店主の高倉郷嗣さん(49歳)は徳島県出身。香川との県境近くに生まれ育ち、小さい頃から母の実家のうどん屋さんを手伝っていた。 「香川に行くと讃岐うどんになるんですけど、徳島だとああいうのをたらいうどんと言うんです」と高倉さん。「もともとは製麺所だ

        • 第8回「大城商店」

           平和通りと、石畳敷きの壺屋やちむん通りのあいだに、数十メートルの路地がある。ここに「大城商店」という日用雑貨を扱うお店がある。店頭には見慣れない商品が並んでいる。目を引いたのは「Coast」と書かれた青いボトルだ。   「それはね、ボディソープ」。物珍しさに駆られて商品に見入っていると、店主の久貝恵一さん(82歳)が教えてくれた。髪の毛も洗える、アメリカ製のボディソープだ。ボディソープが発売されたのはここ20年のことだが、同じ銘柄の固形石鹸は昔ながらの定番商品だという。蓋

          • 第7回「お食事処 信」

             街を取材するとき、まずは界隈を散策する。そこがどんな街か、何が起きているのか、ぶらつきながら観察する。昼間はとにかく歩き、話を聞かせてもらう。日が暮れると酒場に入り、グラスを傾けながらぼんやり過ごす。そこには僕が生まれてもいない時代を知っている誰かがいて、かつてその街で起きた出来事や、そこにあった風景を教えてくれる。そんな行きつけの店が、何軒かある。そのひとつが、公設市場のそばにあった「お食事処 信」だった。  店主の粟國信光さん(79歳)は南大東島に生まれ、小学校に上が

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            橋本倫史

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            第6回「市場中央通り第1アーケード協議会アドバイザー」

             まちぐゎーには、アーケードが張り巡らされている。このアーケードは、県内各地にスーパーマーケットが増え始めた時代に、お客さんを繋ぎとめようと通り会が独自に設置したものだ。年季の入ったアーケードを見上げ、継ぎ目をみると、時代の断層に触れたような心地がする。  那覇市第一牧志公設市場の建て替えが始まると、市場に面した三面のアーケードは撤去された。市場の北側と西側の通りはアーケードを再整備しない道を選んだが、市場中央通りの第1街区では、再整備に向けた協議が重ねられている。この市場

            第5回「はま食品」

             那覇市第一牧志公設市場に、新しい店舗がオープンした。首里鳥堀町で半世紀近い歴史を誇るジーマーミ豆腐専門店「はま食品」だ。  創業者の大浜りつ子さんは、昭和5年石垣島生まれ。りつ子さんの母・宮城文さんは八重山の小学校で教員を務めるかたわら、郷土史家として八重山の文化をまとめ、『八重山生活誌』を執筆した。そんな母のレシピをもとに、「はま食品」を創業する。  「お店を始めた当初は、今ほどジーマーミ豆腐が一般的ではなかったんです」。店頭に立つ三代目・大浜用輝さんはそう教えてくれ

            第4回「セブン‐イレブン新天地浮島店」

             かつて沖縄は、全国で唯一セブン‐イレブンがない空白地帯だった。そんな沖縄にセブン-イレブンが進出したのは、今から3年前のこと。2019年7月11日、県内各地にオープンした14店舗の中には、まちぐゎーエリアのお店もあった。「セブン‐イレブン新天地浮島店」だ。  オーナーの角屋隆司さん(55歳)は東京生まれ。お母さんが沖縄・久米島出身だったこともあり、幼い頃から頻繁に沖縄に足を運び、二十歳の頃に沖縄に移り住んだ。 「あの当時はね、沖縄の方は二十歳ぐらいで県外に出るのが多かっ

            第3回「琉球菓子処 琉宮」

             きっかけは物産展だった。営業の仕事をしていた明石光博さんはある日、ルートをめぐる途中で博多井筒屋に立ち寄った。そこで開催されていたのは沖縄物産展だった。時代は昭和から平成に変わる頃で、沖縄の食材や料理は今ほど内地に浸透しておらず、初めて目にする品々に魅了された。   「22歳のとき、上司と独立して会社を立ち上げたんですけど、その上司に夜逃げされたんですよ。それで『とにかく稼がないといかん』と、20代は借金を返すことに追われていたんです。そんなときに沖縄の物産品と出会って、癒

            第2回「翁長たばこ店」

             今年の春あたりから、国際通りや市場本通りを行き交う観光客や修学旅行生を見かけるようになった。少し肌寒い季節でも、観光客はお揃いのTシャツやアロハシャツを身にまとって歩いている。ただ、市場本通りの入り口にある「翁長たばこ店」の翁長清子さん(77歳)は、春になってもジャンパーを羽織って店番をしている。 「ここは風がふきつけるから、結構寒いんですよ。ときどき突風が吹いて、たばこを並べている台が倒れたこともあって、今はベルトで固定してます。通りの入り口だから、風当たりもすごいし、

            橋本倫史と平民金子がぽつぽつ語る会

             4月29日。テレビをつけると、情報番組が混雑する羽田空港の様子を映し出していた。緊急事態宣言の出ていないゴールデンウィークは3年ぶりということで、久しぶりに空港にも賑わいが戻っていると報じられている。その映像を見ていると、あの混雑に自分も巻き込まれることになるのかと少し憂鬱になった。午後になって羽田空港に到着してみると、映像で見たほどの混雑は見られなかったものの、保安検査場には長蛇の列ができており、僕が登場するスカイマーク109便は定刻より20分以上遅れて離陸した。  当

            第1回「MIYOSHI SOUR STAND」

             囲いの向こうに、鉄骨が組み上げられてゆく。長く続いた基礎工事を経て、いよいよ新しい公設市場が建ち始めた2022年の春、すぐ隣の松尾19号線でも内装工事がおこなわれていた。かつて「三芳商店」という果物屋さんがあった場所に、「MIYOSHI SOUR STAND」がオープンしたのは、4月3日のことだ。  店主の池田裕司さん(40歳)は宮城県仙台育ち。二十歳で海外に出て、数十か国を渡り歩いた池田さんは、2017年に沖縄に移り住んだ。 「話すと長くなるんですけど、沖縄に来る前は

            橋本倫史と平民金子がぽつぽつ語る会

            4月30日(土曜)11:00-21:00 「橋本倫史と平民金子がぽつぽつ語る会」 場所:西灘文化会館(神戸市灘区倉石通2-2-29-1F) 参加チケット:『水納島再訪』1,760円(税込) 本をご提示いただければ、無料で入場いただけます。 事前にお近くの書店でお買い求めの上、ご来場ください。 途中から入場される場合、登壇者に本を掲げてください。 開始日時:2022年4月30日(土曜)11:00-21:00(仮) 終了時刻はあくまで目安です。 予定時刻より早く終了する

            大竹聡『ずぶ六の四季』を読んだ

             この10日間、大竹聡『ずぶ六の四季』(本の雑誌社)をちびちび読んでいた。観劇前に蕎麦屋に駆け込んでビールを飲みながら、布団に寝転びながら、朝から湯に浸かりながら、電車に揺られながら、ちびちび読んだ。  『ずぶ六の四季』は、2017年春から4年半にわたり、『週刊ポスト』に連載された「酒でも呑むか」を、時系列を変えずに書籍化したもの。「ずぶ六」とは、まえがきにも書かれているように、「なかなかの大酔っ払い状態、あるいはそういう人を、江戸時代、『ずぶ六』と呼んだそうな」。酒でひた

            書評2020-2021

             2020年から2年間、読売新聞の読書委員を務めているあいだ、何回書評を書いたのかと数えてみると、ちょうど40回でした。2冊を合わせて1本の書評にした回もあり、「夏の1冊」や年末の「今年の3冊」も合わせると、53冊を取り上げたようです。この53冊を、ここにまとめておきます。 グレン・サリバン 著 『海を渡ったスキヤキ アメリカを虜にした和食』中央公論新社 平民金子 著 『ごろごろ、神戸。』ぴあ 能町みね子 著 『結婚の奴』平凡社 グレイソン・ペリー 著 小磯洋光 訳

            感想

             ここ最近は雨が多く、コインランドリーに足を運ぶ機会が増えている。明日から海外に出かける用事があるので、今日のうちにと自宅の洗濯機をまわし、乾燥機にかけるべくコインランドリーに足を運んだ。坂をくだるときはまだ雨が降っていたが、乾燥機を回転させて、もうすぐ閉店してしまう中華料理店に入った。昭和31年に創業された店が閉まるとあって、店内は盛況で、83歳を迎える店主は忙しそうに料理を作り続けている。テレビでは即位の儀が中継されている。そのタイミングで雨が上がったことが、タイムライン

            感想

             手元には、ちょうど1ヶ月前に観劇した作品の上演台本がある。9月9日から15日まで、神奈川芸術劇場大スタジオで上演された快快の『ルイ・ルイ』である。今、久しぶりに台本をめくりながら、どんな作品だったか思い返している。そこにはたとえば、こんな台詞が書かれている。 「この前友人と観た舞台の感想を言い合ってた時に、劇中にずっといたあれ、あれってオオカミだったよね?と友人に聞いたんです。すると友人が、オオカミなんていなかった、って言うんですね。たしかに劇場にオオカミがいるわけがない