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マチグヮーで朝食を

 この5年、毎月のように那覇に通い、「マチグヮー」と呼ばれるエリアの取材を続けてきました。マチグヮーとは「市場」を意味する言葉で、「県民の台所」として地元の買い物客に親しまれ、最近は観光客でも賑わう那覇市第一公設市場界隈には、自然発生的にうまれた商店街が広がり、小さなお店が軒を連ねています。

 旅行で沖縄を訪れるとなると、国際通り周辺や県庁前、安里といったエリアに宿泊する方も多いかと思います。朝食付きのホテルもあるかと思いますが、せっかく那覇に宿泊するなら、朝からこのマチグヮーを散策してみるのも面白いんじゃないかと思います。 

 牧志公設市場のすぐ近くには、沖縄のソウルフードとして紹介されることも多いポークたまごおにぎりを提供する「ポーたま」(牧志市場店)は7時から営業していて、朝から多くのお客さんで賑わっています。あるいは、その向かいにある朝食カフェC&C BREAKFAST OKINAWAも、パンケーキやアサイーボウルが人気で、よく行列ができています。

路地を一歩入った先に行列が

 僕は普段、取材で那覇に滞在するときは、市場界隈に宿泊しています。朝は散歩がてら、マチグヮーをぶらつき、朝食を買って宿に引き返すことがほとんどです。この記事では、僕がよく朝食を買う3軒のお店を紹介したいと思います。 


①上原パーラー

 1軒目は、老舗の惣菜屋さん「上原パーラー」です。沖縄には、「パーラー」と名のつくお店がたくさんあります。パーラーとは、「談話室」を意味するフランス語です。戦後27年にわたってアメリカ統治下におかれた沖縄では、あちこちで「パーラー」を見かけます。 

上原パーラー」は、もともと上原文子さんが創業したお店でした。今から40年ほど前、文子さんが引退するとき、「あなたが引き継ぎなさい」と指名されたのが、当時従業員だった玉里幸子さんでした。幸子さんは妹の知花美智子さんを誘い、お店を切り盛りしてきました。

 「パーラー」というだけあって、昔はアメリカンドッグやたい焼き、ソフトクリームにサンドイッチ、それに天ぷらを販売していたそうですが、地元のお客さんのリクエストに答えて豚足チャンプルー、それに天ぷらを並べるようになり、現在ではお惣菜がたくさん並んでいます。

そうめんチャンプルー(130円)

 チャンプルーとは、「混ぜこぜにする」を意味する言葉です。ゴーヤーチャンプルーは全国的に知られる沖縄料理となっていますが、「上原パーラー」の店頭にいつも並んでいるのが「そうめんチャンプルー」です。保存のきく素麺と、ツナ缶や野菜などを炒め合わせた一品は定番の家庭料理なのだと、沖縄に通うようになって知りました。
 

ジューシー(170円)

 コンビニでも売っているジューシーおにぎりは結構知られていますが、一口に「ジューシー」と言っても、この炊き込みご飯タイプの「クファジューシー」の他に、雑炊タイプの「ヤファジューシー」があります。

「上原パーラー」では、両方のジューシーをつくっていますが、朝の早い時間帯に雑炊タイプのジューシーが並び、9時過ぎぐらいにジューシーおにおぎりが並び始めます。


弁当(小200円、大350円)

 上原パーラーのお弁当は、小さいサイズは200円大きいサイズでも350円と、とてもリーズナブルです。ハンバーグや揚げ物、それにチキナーチャンプルーがごはんの上にのっています。チキナーとは、からし菜を塩漬けにしたもの。やや小ぶりなお弁当なので、朝ごはんにも打ってつけです。

 この「弁当」の中に、ネパール風チキンカレーのお弁当があります。

 かつてネパールからの留学生の方がアルバイトをしていたときに商品化されたメニューで、ファンも多く、お昼前に売り切れになることも多いです。

 「上原パーラー」のある太平通りには、お昼が近づくにつれ、あちこちでお惣菜が並び始めます。買い物客はもちろんのこと、この界隈で働く方たちがお惣菜やお弁当をテイクアウトする姿もよく見かけます。 

 マチグヮーには、こぢんまりしたお店が数えきれないほどあります。ひとりでお店を切り盛りされている方も多く、客足が途切れたタイミングを見計らって、ささっとお昼を済ませています。
 
 第一牧志公設市場組合長の粟國智光さんは、「マチグヮーというのは、戦後の復興を支えた女性たち、アンマーたちが働いてきた場所なんです」とおっしゃっていました。戦後間もない頃は戦争未亡人の女性たちも多く、ひとりで子育てをしながら店番をしていると、とても食事の用意をする余裕はなく、店を閉めて外食するわけにもいかず、惣菜屋の需要が高かったのだと思います。リーズナブルな価格でお惣菜を提供するお店が多いところに、その時代の名残りを感じます。

 マチグヮーを歩いていると、これまでこの界隈に流れてきた時間の面影に触れるような瞬間がたくさんあるのです。

上原パーラー
沖縄県那覇市松尾2丁目24−13



②プレタポルテ


「上原パーラー」の向かいに、赤い外観が目を惹くお店があります。2021年にオープンしたばかりのパン屋さん「プレタポルテ」です。こちらは朝7時と早くから営業していて、焼き上がったパンから順番に並んでいきます。
 
 戦後の闇市を起源に持つマチグヮーには、創業から70年を数える老舗が何軒もあり、古い建物も多く、どこか懐かしい雰囲気があるエリアです。ただ、市場というのは、日々あたらしい商品が並び、新陳代謝が繰り返されている場所でもあります。この「プレタポルテ」がオープンし、パリの街角を思わせる外観を目にしたとき、新しい風が吹き込んでくるような心地がしました。

クロワッサン(小130円、大220円)

「プレタポルテ」の外壁には、黒板が掲げられていて、パンが焼き上がる時間が書かれています。開店時刻の7時に焼き上がるのひとつが、朝食にうってつけのクロワッサン。外はぱりっと、中はふわっと仕上がっています。

 湿度の高い沖縄では、焼きたてのときにはぱりっと焼き上がっていたパンも、時間が経つにつれてしんなりしてきます。「せっかくなら焼きたての美味しさを味わってもらいたい」と、焼き上がりの時間を黒板に書くことにしたのだと、店主の高倉郷嗣さんは話していました。


キッシュ、タルティーヌ、クロックムッシュ

 クロワッサンの他に、キッシュタルティーヌ、それにデニッシュも、7時ごろに焼き上がり、店頭に並び始めます。

 タルティーヌとは、スライスしたパンの上に具材をのせた料理のこと。市場の近くにお店を構えていることもあり、「プレタポルテ」は旬の食材を使った商品も提供されています(そのため、タルティーヌの価格は時期によって異なります)。あまり聞き馴染みのない名前のパンもありますが、帳場に立つ店員さんが優しく教えてくれます。

 マチグヮーの特徴としてよく語られるのは、「相対売り」です。相対売りとは、決まった定価が表示されているのではなく、店主と客とがやりとりしながら、値段を決める商いを指す言葉です。

「プレタポルテ」のパンは、ほとんど値段が表記されていますが、あのパンはどんな味がするのだろうとショーウィンドウに見入っていると、店員さんが優しく教えてくれます。こんなふうに言葉を交わしながら商いをするのは、現代版の「相対売り」なのかもしれないなと、マチグヮーを取材しているひとりとして思います。


ベーグル(160円〜)

 朝食にぴったりのベーグルも、開店時刻の7時には焼き上がっています。このベーグルは、「プレタポルテ」の原点ともいうべき逸品です。

 高倉さんがパン屋を目指すことになったきっかけは、交換留学生としてアメリカを訪れたこと。当時はまだ日本であまり見かけなかったベーグルと出会い、「こんなに美味しい食べ物があったのか」と感銘を受けたそうです。そうして高倉さんは、20代前半のころ、郷里の徳島でベーグルカフェを開店。このお店を数年切り盛りしたのち、「東京でパン職人として修行したい」と思い立ち、上京されました。

 修行先のひとつは、「ラ・バゲット」というお店でした。

「そこは卸がメインのベーカリーで、都内のホテルやレストラン2、300軒に卸してたので、1日にバゲットを1000本ぐらい焼くんですね」と、高倉さん。「もう、バゲットの1000本ノックみたいな感じでした。そこで基礎から技術を学んで、オーブンの温度を1度変えるだけでこれぐらい変わるんだってことも教わったんです。しかも、ホテルやレストランで出すパンだから、甘いパンじゃなくて食事パンを中心に教わりました」


バゲット(260円)

バゲットは好みの薄さにスライスしてもらえます。ワインのツマミにもぴったり。

 東京で修行を重ね、沖縄県の名護市にあるリゾートホテルで9年間ほどパン職人として働いた高倉さんが、独立してオープンしたのが「プレタポルテ」です。そんなキャリアを持つ高倉さんだけに、自分がお店を構えるのであれば、絶対にバゲットを提供するお店にしたいとの思いがあったそうです。

「レストランでは当たり前にバゲットを食べるようにはなりましたけど、家庭でカンパーニュを切って食べるかといったら、まだそこまで浸透してないと思うんですよね。良いワインとお肉を買って家で食べようと思って、パン屋に行ってみたらバゲットが売っていない――自分自身もそういう経験が多かったんです。自分自身もバゲット難民だったので、そういう人を少しでも救えたらと、ハードパンがメインのお店にしたいなと思ったんです」

 高倉さんと同じように、バゲットが買えるお店を欲していたお客さんはたくさんいたようで、オープン直後から多くのお客さんで賑わっています。プレタポルテとは、「高級既製服」を意味するファッション用語です。今は日々の営業で精一杯ではあるけれど、いつかはお客さん好みの「オートクチュール」のパン屋さんをひらくのが夢だと、高倉さんは語っていました。 

プレタポルテ
沖縄県那覇市樋川2丁目2−5
7:00-19:00(火曜・水曜定休)
https://www.instagram.com/le.pret.a.porter/


③金壺食堂

 「上原パーラー」と「プレタポルテ」は、テイクアウト専門店です。天気が良い日だと、この2軒で買い求めた朝食を、壺屋やちむん通り入口広場のテーブルに腰掛けて、高さ3.6メートルの「壺屋うふシーサー」を眺めながら食べるのもよいですし、希望ヶ丘公園からマチグヮーエリアを眺めながら食べるのもよいかと思います。

 天気の悪い日や、店内でゆっくり食事をいただきたい日であれば、朝8時から「金壺食堂」が営業しています。こちらは台湾素食をいただけるお店です。

金壺食堂」を切り盛りする川上末雄さんは台湾生まれ。末雄さんの父・政市さんは宮古島の出身で、船乗りをしており、航海の途中に立ち寄った台湾の基隆(キールン)で良子さんと出会い、結婚。かつて台湾は日本統治下に置かれており、台湾と沖縄は人の往来が盛んでした。
 
 終戦後も一家で台湾に暮らしていましたが、父・政市さんが体調を崩したことをきっかけに、1970年代になって那覇に移り住みます。

金壺食堂の川上末雄さん(2019年撮影)

「あの頃はね、船商売がすごかったんですよ」と、政市さん・良子さん夫婦の末っ子で、現在「金壺食堂」を切り盛りする川上末雄さんが聞かせてくれました。「台湾からの船が毎週のように入ってきて、台湾のものを沖縄に持ってくると、バカ売れしてたんです。うちの母と同じくらいの世代の人たちは、平和通りで商売やっている人も多くて、そこで成功してお金持ちになった人もいるみたいですね」
 
 現在「金壺食堂」があるあたりにも、昔は輸入商が軒を連ねていたそうです。現在でも輸入雑貨を扱うお店は数軒残っていますが、そんな風景を眺めていると、時代の名残を垣間見たような心地がします。


朝食バイキング(600円) 

 こどもたちを養うためにアルバイトを掛け持ちしながら働いていた良子さんは、「いつか自分の店を持ちたい」という夢を持っていました。念願叶って、現在の場所に「金壺食堂」を構えたときに選んだのが、台湾素食のお店でした。
 
台湾素食というのは、仏教の精進料理に近いんですけど、肉や魚だけじゃなくて、ネギやニラ、たまねぎやニンニク、ラッキョウといった匂いが強い食べ物を使わない料理なので、すごく体に優しいんですね。父が体調を崩したとき、母が作って食べさせていたのが台湾素食だったんです。父はそれを食べて元気になれたから、皆さんにも台湾素食を食べていただきたいということで、この店を始めたみたいです」

 現在は末雄さんや、末雄さんのお姉さんたちがお店を引き継ぎ、母の味を守り続けています。「金壺食堂」のテーブル席で、テレビのニュースを眺めながら台湾素食を頬張っていると、どこかほっとした気持ちになります。つい泡盛を飲み過ぎた翌朝にも、少し旅の疲れを感じる朝には、「金壺食堂」に自然と足が向きます。

ちまき(300円)

 金壺食堂の名物に、ちまきがあります。

 ふっくら炊き上げたもち米黒米に、具材として大豆しいたけ、それに大豆ミートがたっぷり入っています。落花生入り落花生抜きが選べて、どちらも300円。僕は取材で那覇に滞在しているとき、ちょっと遠出する日の朝にはよく、ちまきを買って出かけています。

「早く食べたい」という思いに駆られ、いつも写真を撮る前にかぶりついてしまうので、写真でご紹介できないのですが、早い日には朝9時の時点で売り切れるほど人気なので、どうしても食べたいという方は電話予約をおすすめします。数個からでも、気軽に予約を引き受けてもらえるかと思います。

金壺食堂
8:00-15:00(バイキングは14:00まで)
木曜定休(日曜日はちまきの販売のみ)
TEL : 098-867-8607


朝の風景

 牧志公設市場は8時オープンで、朝の早い時間帯だと、市場界隈のお店にはシャッターが下りています。買い物をするなら10時以降がおすすめですが、朝の7時から8時ごろにマチグヮーを散歩するのは結構楽しいです。
 
 お店がオープンしている時間帯だと、軒先に並んでいる商品に見入ってしまいますが、朝の早い時間帯だと、建物の佇まいや路地の雰囲気をじっくり眺めることができます。 

 国際通りから牧志公設市場へと続く「市場本通り」沿いには、「水上店舗」というビルがずうっと続いています。このビルの下には、ガーブ川が流れています。戦後間もない時期に、この川沿いには露天商が並んでいました。雨が降るたびに氾濫を繰り返すガーブ川を暗渠にして、その上に水上店舗が建設されたのは、今から60年近く前のことです。

朝の市場本通り。左の建物が「水上店舗」で、のうれんプラザあたりまで続く。
4つの建物が重なり合う、「ちとせ商店街ビル」。

 こうして地形に沿うようにして自然発生的に広がった商店街だけに、道はゆるやかにカーブを描いています。こうした街の骨格を、朝だとじっくり観察することができます。ひとつひとつの建物に歴史が刻まれている様子も、はっきり見てとれるのではないかと思います。

大きく弧を描く、平和通りのアーケード。
「金壺食堂」のある路地の向こうに、ハイアットリージェンシーが聳え立つ。

 朝8時ぐらいになると、店主の方たちが開店準備をしている姿をあちこちで見かけます。軒先を箒で掃いたり、店に商品を並べたりしながら、通りかかった知り合いと挨拶を交わしたり、登校する小学生に「いってらっしゃい!」と声をかけたり――そんな生活の風景が、朝のマチグヮーには溢れています。そんな風景に触れるたび、観光客で賑わうようになった今も、マチグヮーは昔と変わらず生活の場なのだなと感じます。

 今回の記事で紹介した3軒は、これまで取材させてもらったことのあるお店です。僕が取材を始めたきっかけは、第一牧志公設市場が半世紀ぶりに建て替え工事になると知ったことでした。建て替え工事が始まれば、界隈の風景が大きく移り変わっていくだろうと思い、何十年と続く老舗や、ここ最近新しくオープンしたお店を取材してきました。その取材は、2019年に出版した『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』や、2023年の春に出版した『そして市場は続く 那覇の小さな街をたずねて』にまとまっています。

 この2冊で、マチグヮーに関わる68名の方に話を伺っています。この本を読んでもらえたら、戦後復興の時代から今に至るまで、マチグヮーにどんな時間が流れてきたのか、その歴史の一断面に触れてもらえると思います。

 マチグヮーで働く方々は、那覇出身の方だけでなく、離島出身の方もたくさんいます。そうした皆さんの半生を伺っていると、戦後沖縄のあゆみも浮かび上がってきます。


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