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マチグヮーで乾杯

 那覇のマチグヮーは、夕方になると表情が変わります。そこかしこに赤提灯がともり、乾杯の音が響き始めます。入り組んだ路地の先に、小さな酒場が軒を連ねているのです。東京・浅草のホッピー通りや、新宿の思い出横丁ゴールデン街といった昔ながらの横丁はでいつも大賑わいですが、マチグヮーもまた、多くの酔客で賑わっています。

 市場界隈には現在、数えきれないほどの酒場があります。ひとつのお店に長時間滞在して、じっくりお酒を飲むのも楽しいですが、お店の名物をちょっとずつ堪能しながらハシゴ酒というのもまた楽しいものです。今回の記事では、マチグヮーにある酒場について紹介したいと思います。


大衆串揚げ酒場 足立屋

 マチグヮーの酒場には、早い時間から営業しているお店が少なくありません。中でもいち早く営業を始めるのが「足立屋」です。昔はなんと朝6時から営業していましたが、コロナ禍を経て、現在は朝10時からの営業となっています。この「足立屋」は、パイオニアのような存在です。

 市場界隈の酒場には、「せんべろセット」を提供するお店がたくさんあります。「せんべろ」とは、「千円でべろべろになれる」を意味する言葉で、作家・中島らもさんが友人たちと使っていた身内言葉でした。このせんべろセットを沖縄でいち早く提供し始めたのも「足立屋」です。

「足立屋」のせんべろセットは、千円飲み物3杯と、オツマミ1品がついてきます。せんべろセットで注文できるオツマミはホワイトボードに書かかれてあります。「足立屋」はキャッシュオンなので、最初に千円を支払って、飲み物とオツマミを選びます。そうすると、コイン代わりの「王冠」がもらえるので、2杯目を注文するときは、店員さんにこの「王冠」を手渡します。

 定番の一品であるモツ煮込み(単品だと300円)を、ホッピーセットでツマんでいると、東京の大衆酒場に佇んでいるかのような心地がします(ホッピーの中はキンミヤ焼酎です)。メニューには「東京下町の味」と書かれている上に、電気ブランコダマバイスセットなど、こちらも東京の酒場で見かけるようなタイプのお酒が並んでいます。

「足立屋」のコの字型カウンター(2019年撮影)

「足立屋」は、東京の大衆酒場の文化を沖縄にも浸透させたいとの思いから、宜野湾市で創業されました。この宜野湾店が繁盛し、「次は那覇に」という話が出たときに、白羽の矢が立てられたのがマチグヮーでした。

「今は飲み屋が増えてますけど、当時はこのあたりに飲み屋なんてなかったんですよ」。僕が取材に伺ったとき、オープン当時を知る店員さんはそう聞かせてくれました。「当時は『せんべろ』なんて言葉は浸透してなかったし、昼から飲む文化もなかったし、立って飲む文化もなくて。那覇に店を出したときも『沖縄の人は立って飲まないよ』と言われたり、『前払い制はめんどくさい』と言われたりすることも多かったですね」

店の外にもカウンターがあって、こちらは立ち飲みスタイル

 「足立屋」が那覇に出店したのは、2014年のこと。開業したばかりのころは、日が暮れるとあたりは静まり返っていて、閑古鳥が鳴いていたそうです。ただ、これまで沖縄にはなかった営業スタイルを打ち出している上に、早い時間帯から営業していることもあって、近くの栄町市場で酒場を営む方たちが立ち寄ってくれるようになったそうです。そこから次第に評判が広まり、大勢のお客さんで賑わう酒場になりました。

「足立屋」のツマミはどれもリーズナブルですが、それでいて美味しい逸品が揃っています。立ち寄るたびに注文してしまうのが、ハマグリ。創業者のふたりが、産地まで何度も足を運び、メニューに加えた逸品です。産地直送ハマグリは、赤字覚悟の1個50円で提供されています。

 もうひとつ、宇那志豆腐もよく頼みます。昭和60年から続く糸満の「宇那志豆腐店」は、地元で人気のお豆腐屋さんです。昔ながらの地釜製法にこだわって作られた島豆腐は、なめらかでクリーミーで、豆の風味と香りが堪能できます。「足立屋」では、宇那志豆腐の冷奴(300円)と厚揚げ(400円)がいただけます。

大衆串揚げ酒場 足立屋
沖縄県那覇市松尾2-10-20 1F
10:00-22:00


パーラー小やじ

  沖縄のお酒と聞いて、真っ先に浮かぶのは泡盛ではないでしょうか。沖縄の食材は、泡盛との相性ももちろん素晴らしいですが、いろんなお酒と合わせてみることで、ちょっと違った表情が見えてきます。ちょっと明るい時間から、「パーラー小やじ」で旬の食材をツマミに冷酒を飲んでいると、贅沢な心地がします。こちらは東北の地酒が味わえるお店です。


「ここはすぐ近くに市場があるので、美味しい県産品がたくさん手に入るんですよ」。そう教えてくれたのは、「パーラー小やじ」店長の新垣祐紀さん。「たとえば、メニューにあるつくねピーマンも、主役はピーマンなんです。すぐ近くの八百屋さんで県産ピーマンを扱っていて、氷水で締めて、塩を振るだけで美味しいんですよ。お客様に『これ、どこのピーマン?』と聞かれたら、『あそこの八百屋さんのです』と案内するようにしてますね」

 最初に「パーラー小やじ」でつくねピーマン(440円)を食べたとき、ピーマンの概念が変わるほど瑞々しく、驚きました。店長の新垣さんは南城市出身で、小さい頃からマチグヮーに足を運ぶ機会もあったそうで、「東北の食材と県産品とを、良い具合にチャンプルーしていけたら」と、お店を切り盛りする思いを語ってくれました。

 つくねピーマンの他に、たとえば蒸し鶏ポン酢(550円)も、シンプル料理ながら絶品です。あるいは、沖縄では豚足はポピュラーな食材ですが、「パーラー小やじ」の豚足唐揚げ(550円)はビールが進む味です。レギュラーメニューの中で、とりわけ人気なのは、焼き鯖の棒鮨(550円)で、早い時間帯に売り切れてしまいます。

 メニューには東北の肴も多く、定義山三角油揚げ焼き(550円)や、いぶりがっこクリームチーズ付き(440円)など、日本酒にぴったりのツマミがたくさんあります。また、メニューには「本日のおすすめ」も豊富に掲載されていて、夏の暑い時期だと水茄子みょうが和え(440円)や、トマト梅酢漬け(440円)など、さっぱりした料理も好評です。

「沖縄は年中暖かいので、季節を感じる機会が少ないと思うんです」と、店長の新垣さん。「だからこそ、お酒もツマミも、季節を感じられるものを提供できるように意識してます。たとえば、にはセリ鍋を出すんですよ。沖縄ではセリという野菜は馴染みがないから、最初は『セリとは何だ?』というところから始まるんですけど、今では『冬はセリ鍋を食べないと』と注文してくださる方もいます」

そうめんと一緒にいただく、トマト梅酢漬け(440円)

「パーラー小やじ」のオーナー・千葉達実さんは宮城県出身。仙台にある居酒屋「壽哲廸」(おやじ)で修行したのち、2010年に那覇・泉崎で「飲み食い処 小やじ」をオープン。その当時から、食材を仕入れるためにマチグヮーに足を運ぶことは多かったそうです。

 現在「パーラー小やじ」がある場所は、かつて「タイム」というパーラーが営業していました。この「パーラータイム」が惜しまれつつも閉店すると知り、千葉さんは跡地を引き継いで「小やじ」の2号店を出店することに決めます。この場所にもともとあったパーラーに敬意を込めて、内装も昔の面影を残し、店名に「パーラー」とつけることにしたそうです。

 そうして「パーラー小やじ」がオープンしたのは、2015年の夏のことでした。今年の8月2日で、「パーラー小やじ」は開店8周年を迎えます。

パーラー小やじ
 沖縄県那覇市松尾2丁目11−8
15:00-22:00(不定休)
[ フードは21:00、ドリンクは21:30ラストオーダー ]



末廣ブルース

 その看板に出会ったのは、今から4年前のことでした。とっぷりと日が暮れた時間に、マチグヮーをそぞろ歩いていると、緑色に輝くネオンと出くわしました。それは、当時は開店準備中だった「末廣ブルース」のネオンサインでした。その煌めきを眺めていると、マチグヮーに新しいひかりが射し込んできたように感じられました。

 「末廣ブルース」は、美味しい肴が堪能できる酒場で、細部にまでこだわったおしゃれな内装も目を惹きます。この「末廣ブルース」がオープンしてからというもの、那覇のマチグヮーに飲みに来るお客さんの層が少し変わったように感じています。

名物のひとつは「もつ焼き」。コリコリ食感のタン(250円)に、ぷりぷりとしたハツ(230円)、ジューシーなレバーハラミ(いずれも250円)、肉厚で脂がのった「てっぽう」(直腸)や、一頭から少ししかとれない「のどべら」(声帯)まで、さまざまな部位が堪能できます。冷凍のお肉は一切使わず、県産にこだわって仕入れているとあって、早い時間帯に売り切れとなることも。

 もうひとつ、開店以来の名物となっているのが豚ハツと生牡蠣のタルタル(990円)です。タルタルとは、生の牛肉を細かく刻み、ソースと絡めて食べるフランス料理のこと。新鮮な豚のハツ(心臓)と生牡蠣をタルタル風に仕上げた一皿は、多くのお客さんが注文する定番商品です。

 この「末廣ブルース」を手掛けているのは、松川英樹さんと上原良太さん。ふたりとも、牧志公設市場から歩いて15分ほどの場所にある「栄町市場」で酒場を営んでいます。

 これまでの記事で、「マチグヮー」(市場)という言葉を頻繁に使ってきましたが、昔は沖縄のいたるところにマチグヮーありました。ゆいレールの安里駅の近くには、戦前には「ひめゆり学園」の愛称で知られる沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校がありました。この校舎の跡地に、戦後の復興の時代に誕生したのが栄町市場です。この栄町市場もまた、那覇のマチグヮーです。

 宮古島出身の松川英樹さんは、那覇や東京の酒場で修行を重ねたのち、2012年に栄町で「アラコヤ」をオープン。絶品のもつ焼きや、 ハムやソーセージ、パテにテリーヌといった「シャルキトリー」が味わえる名店として評判を呼びました。それ以来、「栄町をもっとイケてる場所にしたい」との思いから、松川さんは栄町にこだわって商売をされてきました。

公設市場のあたりは安く飲める店が多くて、そこにお客さんが殺到してますよね。栄町にも飲み屋は多いですけど、そこまでワイワイガヤガヤしているわけではなくて、食の変態さんが、こぢんまり店をやっている街なんです。中華、エスニック、フレンチ、イタリアン、和食。すべてのスペシャリストがマイペースに店をやっているところでずっと商売をしてきたので、公設市場で自分が店をやるってことはまったく考えてなかったですね」

 そんな松川さんが、牧志公設市場のそばで「末廣ブルース」を始めるきっかけを作ったのが、共同経営者の上原良太さんでした。上原さんはある日、不動産業を営んでいる兄から、「こんなところが貸しに出ている」と物件を紹介されました。前の記事で紹介した「末廣製菓」が移転することになり、旧店舗がテナントとして貸し出されることになったのです。

 栄町市場で「八六」という酒場を営んでいた上原さんは、自分ひとりで新店舗を立ち上げる余裕はなかったものの、その物件のことが気になり、松川さんに相談を持ちかけます。最初は乗り気ではなかった松川さんでしたが、「末廣製菓」の建物を目の当たりにした瞬間に、考えが変わったのだと言います。

「商売をやっていると、自然と建築に興味を持つようになるんですけど、この建物の味は再現しようと思っても不可能だと思うんですよね」と、松川さん。「だから、この外観を残して改装することに決めて、店名にも『末廣』という名前を使わせてもらうことにしたんです。それで、半年かけて改装工事をしたんですけど、そのあいだに公設市場の歴史を学んだり、首里城のことを考えたりしていると、そこらへんの気持ちを背負ってやっていかないとって気持ちになってきましたね」

「末廣ブルース」がオープンしたのは、2019年の暮れのことでした。この年には、牧志公設市場が半世紀ぶりの建て替え工事に入り、首里城が火災によって焼失するなど、那覇の風景に大きく移り変わっていました。そんな時期だからこそ、今ある建物を引き継いでいかなければという思いが大きくなったのだと思います。

末廣ブルース
沖縄県那覇市松尾2丁目7−20
平日 15:00-23:00(22:00ラストオーダー)
土曜 15:00-26:00(25:00 ラストオーダー)
日祝 15:00-22:00(21:00 ラストオーダー)
木曜定休



節子鮮魚店

 ここまで紹介した3軒は、この10年でオープンした酒場です。マチグヮーにある酒場は、新機出店したところだけでなく、親から子に引き継がれるタイミングで酒場になったケースもあります。創業60年を超す「節子鮮魚店」は、新鮮な魚をツマミにお酒を楽しめる老舗鮮魚店です。

 軒先に置かれた発泡スチロールには、氷が敷き詰められていて、缶ビールチューハイが並んでいます。お酒を飲む場合、ここからセルフサービスで缶を取り、会計時に本数を数えてもらう仕組みになっています。一番人気は日替わりのお刺身生牡蠣、それにドリンク1杯がセットになった「おさしみセット」(1500円)です。

 それ以外にも、さしみの酢味噌あえ(600円)や、しゃこ貝刺(800円)、もずくの天ぷら(4個500円)、しらす入り玉子焼(500円)など、新鮮な魚介類を使ったメニューが並んでいます。また、テーブルに七輪を用意してもらって、えいひれトロホッケの干物鮭とばはまぐり牡蠣おもちを自分で焼くこともできます(炭代として200円かかります)。

 お昼の12時から営業していることもあって、お酒のアテになる料理だけでなく、うに海ぶどうがのったうにぶどう丼(1800円)や、海鮮丼(1800円)、魚汁セット(1500円)や、県魚・グルクンを使ったグルクン唐揚げ定食など、お食事メニューも豊富に揃っています。

 この「節子鮮魚店」を創業したのは、金城節子さん。1937年に那覇で生まれた節子さんは、中学卒業後に市場の鮮魚店で働いたのち、20代で「節子鮮魚店」を開業します。

「僕が小さい頃は、まだ古い公設市場でしたね」。節子さんの長男で、2代目として「節子鮮魚店」を切り盛りする金城誠さんはそう振り返ります。「市場は和気藹々としていて、こどもは皆で遊んでました。卵屋さんを通りかかると、口を開けなさいと言われて、うずらの卵を割って塩をポンと入れてくれたり。『マー坊、うたを歌いなさい』と言われて、何か歌うと1セントもらえたり。隣近所とは家族同然の付き合いでしたね」

 父を早くに亡くし、母ひとり子ひとりで育ったこともあり、誠さんは反抗期らしい反抗期を迎えることもなく、母の仕事を手伝うようになったそうです。昔は卸が中心でしたが、2005年に「泊いゆまち」という魚市場が泊漁港の近くにオープンしたことで、卸の注文は少なくなってしまいます。

「どうしようかと思っていたときに、同級生がうちの店に集まって飲む機会があって、牡蠣を出したらすごく喜んでくれたんですよね。それで『立ち食い牡蠣』と看板を出してみると、お客さんが集まるようになって。せっかくなら、店の中でワインでも飲みながら食べたいねと言われて、お酒も仕入れるようになったんです。お客さんに言われるままに、七輪で魚を焼けるようにしたり、天ぷらを出すようにしたりして、こんな店になりました」

 「節子鮮魚店」の向かいには、かつてにぎわい広場がありました。そこにはガジュマルの樹が茂り、児童館があって、ゆったりした時間が流れていたそうです。「節子鮮魚店」から広場の様子が見渡せることもあって、こどもたちを広場で遊ばせながら、ここでちょっと一杯お酒を飲んでいく親御さんたちもいたそうです。

 ただ、牧志公設市場が建て替え工事をおこなうあいだ、にぎわい広場仮設市場が置かれることになり、風景は一変しました。「前のゆったりした風景が好きだったから、また元通りになるといいんですけどね」と、誠さんはは言います。

解体工事中の仮設市場の様子(2023年6月撮影)

 プレハブ建の仮設市場は、あっという間に解体工事が進み、現在はがらんとした空き地のようになっています。跡地が何に利用されるのかは、まだ決まっていません。こんなふうにがらんとした空間が眺められるのも、今年の夏だけかもしれません。


節子鮮魚店
沖縄県那覇市松尾2丁目8−44
12:00-21:00(木曜 定休)



魚友

 市場界隈で取材をしていると、どこかのお店で修行したあとに独立した、という話をよく耳にします。牧志公設市場の向かいに店を構える「魚友」は、「節子鮮魚店」に勤めていた平良友二さんが独立して始めた鮮魚店です。今から10年ほど前、現在の場所に移転したことを機に、軒先テーブル椅子を並べ、居酒屋のように鮮魚とお酒と提供し始めたそうです。

「最初はもう、安易な考えで始めたんです」。友二さんの息子で、2代目として「魚友」を切り盛りする平良晴さんは笑いながら話してくれました。「自分はお酒が好きなんですけど、毎日飲みに行くとお金が持たないなと思ったんですね。だったら自分でお店をやって、そこに友達を呼ぼう、と(笑)。最初のうちは知り合いだけだったんですけど、観光のお客さんが入ってくれるようになって、少しずつメニューも増やしたんです」

 「魚友」のショーケースには、鮮魚のお刺身など、小皿がずらりと並んでいます。この小皿1品と、アルコール2杯がセットになった「お酒セット」(1200円)や、小皿1品ごはん、それにマグロのカマをじっくり5時間煮込んで、沖縄のマース(塩)黒糖でシンプルに味付けをしたまぐろ汁がセットになった「定食セット」(1200円)がお得です。

 ショーケースに飾られている小皿のほかに、新鮮な生牡蠣(500円〜)や赤貝(800円)、車えび(500円)、にぎり寿司(5貫700円、10貫1200円)、それにイカスミ焼きそば(800円)など、様々なメニューを取り揃えています。

 18時ごろ、日が傾いてきた時間帯に「魚友」の軒先で飲むのが、最近のお気に入りです。というのも、ここに座っていると、真向かいにある牧志公設市場の佇まいを眺めながらお酒が飲めるからです。

 この時間帯になると、ひと仕事終えた市場事業者の方たちが、ビール泡盛を飲んで一息ついたり、挨拶を交わして帰途についたり――そんな姿をたびたび見かけます。そんな光景を眺めながら、「魚友」の軒先でビールを飲んでいます。

 マチグヮーで話を聞かせてもらっていると、「小さい頃はこの界隈が遊び場だった」という話をよく耳にします。両親は仕事で忙しくて、遊んでくれるヒマがなかったから、マチグヮーを駆け回って遊んでいた――と。

 今年の3月、牧志公設市場がリニューアル・オープンを果たす前の日にも、
魚友」の軒先から市場を眺めていました。オープンを翌日に控えて、市場事業者の方たちが開店準備に追われているあいだ、こどもたちが市場の周りを駆け回って遊んでいる姿を見かけました。

 そんな光景を眺めていると、たとえば今から数十年後、その子たちが大きくなって、「僕が小さい頃に、市場の建て替え工事があって、その頃はここを駆け回って遊んでいたんです」と語る姿が目に浮かんでくるようで、ちょっと不思議な心地がします。

魚友
沖縄県那覇市松尾2丁目9−15
11:00-22:00(水曜・日曜 定休)


MIYOSHI SOUR STAND

 マチグヮーの取材を始めたきっかけは、第一牧志公設市場が半世紀ぶりの建て替え工事に入ると聞いたことでした。建て替え工事が始まれば、風景が大きく移り変わってしまいます。その前に、現在の姿を記録しておきたいと取材を始めたのが、2018年6月のことです。

 この5年のあいだに限っても、風景はずいぶん変わっていきました。コロナ禍の影響は大きく、僕が取材させてもらったお店の中にも、閉店してしまったお店が少なくありません。そのうちの1軒が、「三芳商店」という青果店でした。この「三芳商店」の跡地にオープンしたのが、「MIYOSHI SOUR STAND」です。

 店主の池田裕司さんは、宮城県仙台育ち。二十歳のときに海外に出て、数十か国を渡り歩き、アメリカで飲食店を営んでいた池田さんは、2017年に沖縄に移り住みます。沖縄でもお店を始めたいと考えていた池田さんでしたが、なかなか「これ」といった物件に出会えずにいました。そんな池田さんに声をかけてくれたのが、「三芳商店」を切り盛りしていた宮城洋子さんでした。

「宮城さんが店頭販売を辞めて、インターネットの通販だけに切り替えられることになって。『これからはもう家で商売しようと思ってるんだけど、ここでお店やる?』って声をかけてくださったんです。もう、ほんとご縁ですね。そうじゃなければ、こんな良い場所に出会えなかったと思います」

 池田さんの頭の中には、やりたいお店のアイディアはいくつもありました。ただ、せっかく老舗青果店の跡地でお店を始めるのであればと、県産フルーツを使ったお店を始めることにしたそうです。

「この立地だと観光のお客さんもきてもらえるので、沖縄のフルーツのおいしさを広められたらと、サワースタンドをやることにしたんです。せっかくだから、『三芳』という名前を使わせていただけませんかと相談したら、『もし使ってもらえたら嬉しい』と言ってもらえたので、この店名でオープンすることになりました」

MIYOSHI SOUR STAND」では、旬の県産フルーツを使って、サワーやジュースを提供しています。夏の定番のひとつが、沖縄県産パイナップルサワー(750円)です。他にも、県産ゴーヤーサワー(660円)や、県産シークヮーサーサワーも、夏を感じられる一杯です。

 今回の記事で紹介した酒場は、マチグヮーに流れてきた歴史を継承しながら営業しているお店です。「節子鮮魚店」や「魚友」といった老舗はもちろんのこと、「パーラー小やじ」や「末廣ブルース」、「MIYOSHI SOUR STAND」のように、外観名前を引き継いで新規出店するお店もあるのです。そんな酒場で飲んでいると、屋号や営業形態が変わっても引き継がれていくものがあるのではないかと、心強い気持ちになります。

MIYOSHI SOUR STAND
沖縄県那覇市松尾2丁目11−12
13:00-22:00(不定休)

 酒場が増えた今、さながら飲み屋街のようになってもいますが、マチグヮーは昔から職住近接のエリアです。職住近接とは、住居と職場が近いことを示す言葉ですが、マチグヮーは1階が店舗、2階が住居となっているところがたくさんあります。近くで生活している方がいることを意識しながら、お酒を楽しんでもらえたらと思います。

 また、今回の記事でも触れましたが、牧志公設市場からわずか1キロほどの場所に「栄町市場」があって、このエリアにも酒場がたくさん軒を連ねています。夜風に吹かれながら、壺屋やちむん通りを歩き、栄町市場にハシゴするのも楽しく、僕は那覇を訪れるたびこの道を歩いています。
 
 栄町市場にある「うりずん」は、1972年、沖縄が復帰を果たした年から続く老舗の酒場です。こちらは美味しい沖縄料理と、各地の泡盛を取り揃えたお店です。ガイドブックにも掲載されている有名店ですが、お客さんが引けた遅い時間に立ち寄って、カウンターで白百合という泡盛を飲みながら、店内に流れる民謡に耳を傾けるのが好きです。


 ここまで那覇のマチグヮーに絞って記事をまとめてきましたが、那覇のマチグヮーは那覇市の中でもごく一部の狭いエリアではあります。この小さな窓を通じて、沖縄に興味を持っていただいて、いろんな土地をぶらりと巡ってみてもらえたら嬉しいです。

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