野口聡一と愛媛の中1とどこぞの私
中学1年生が記したこの一文に私の目は釘付けとなった。
内子図書情報館
梅雨に入る少し前の五月末、私は友人と愛媛県内子町を訪れていた。内子町の中心街は県庁所在地の松山から車で約40分のところにある。2005年に3つの町が合併して生まれた町とはいえ、人口はおよそ1万5000人と比較的小さな町だ。しかし、山間の集落には紙すきの伝統が残っていたり、伝統的建造物群保存地区があったりと松山からの小旅行には非常に丁度良い場所でもある。また季節が合えば、蛍も出る。
と意気揚々とある種宣伝じみた紹介をしてみたが、内子町初訪問の友人とは違い、私はこの日で3回目の訪問であった。つまり、いわゆる見どころは過去2回の訪問で経験済みというわけだ。そのため、この日は友人とは別行動で、時間をやや持て余し気味の私は図書館に足を運ぶことにした。
この街の図書館こと「内子町図書情報館」は少し坂を上ったところにある。土足厳禁の内部は驚くことに、目につく範囲の多くが木でできていた。広さこそそう大きくはないが、その開架スペースにギュッと本が陳列されている。そんな感覚を覚えた。
旅行と読書感想文
何か読みたいという本があったわけでもない私はとりあえず本棚の側面に置かれた椅子に腰かけてみた。そうすると地元の児童たちが書いたであろう「読書感想文」のラックが目に飛び込んできた。
旅行の怖さとは、普段なら気にも留めない何かに手を出してしまうことだ。私はこの日を文集を読む日にした。
文集をひらくと、地元の小中学生が書いた読書感想文が数多く目に飛び込んでくる。小さな児童の可愛い文章に癒され、いやはや中学生にもなるとこんな難しい言葉も使えるようにもなるのかと、読書感想文の内容云々を超えたところで十分に心動かされてしまう。
中学1年生の彼
そのような中でも、私が釘付けとなったのは
将来の夢がないと語る中学1年生の彼は、今後の選択や夢への努力の在り方を探るために、宇宙飛行士・野口聡一氏の著作『宇宙少年』を手に取ったという。
彼は自身のことを
と評する。そしてその原因を先の効率性を求める自身の姿勢にあると分析した。そして、その分析に目が釘付けになると同時に、耳が痛くなったのが私という訳だ。
効率性を求める、いや求められている?
私自身、効率的という言葉の裏に「楽をしたい」という気持ちを隠しながら生きている。そんな姿はきっと中学生の彼には見せられないような醜悪な姿を見透かされたような気がしたのだ。
そしてまた耳が痛い、もしかすると胸が痛いという方が適切なのかもしれないが、いま中学生の彼はそれほどまでに効率を求めているのだろうか?いや、もしかすると人や社会から求められているといった方が正しいのかもしれない。そんなことを思った。
急がば回れなんていう手垢にまみれた言葉だけでは解決できない問題が彼の前に横たわっていると思うと一人の年長者としていたたまれない気持ちにもなる。
しかし、私の消沈とは裏腹に、中学生の彼は野口氏が「冒険少年」であったことに光明を見出していた。つまり、野口氏が幼少期にボーイスカウト・鉄道・自転車など、様々な分野とその場面を通じて人や社会に自分から繋がり視野を広げようとする姿、そして野口氏が「まわり道に思えたことでも、なにひとつむだなどなかった」と語る姿に感銘を受けていたのだ。28年も生きてきた私よりもよっぽど先に、自身のロールモデルを見つけている13歳の彼がどこか羨ましくなった。
背中の連鎖
「最近話題の”タイパ”とは?」
旅行から帰るとSNSがどこぞのネット記事を運んできた。タイパすなわちタイムパフォーマンスなんてものは、彼が指摘した効率性ばかりを重視する姿勢の権化のような言葉だ。
タイパ。当たり前のようにスマホを中学生も使いこなす時代では、この言葉は彼にもまた表示されているのだろうか?そう思うと私の心は暗くなる。
彼は等身大で、健気だ。この感想文を読んで卑屈になっている自分を戒めたい。
そうか。こう締めくくられたら、さすがの卑屈の私も完敗である。そして何よりこの読書感想文のタイトルは「夢をつかもう!」だった。
数日後、卑屈になりかかっていた私はこの野口聡一氏の『宇宙少年』を探すべく、次は地元の図書館に向かうことにした。
そんな私の背中を押したのは他でもなく、野口聡一氏に背中を押されたあの中学1年生の彼である。
(おわり)
★内子図書情報館
★野口聡一氏の著作
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