からちゃん|島旅農園「ほとり」

「最近、一生懸命にごろ寝しましたか?」/農家民宿&ゲストハウスのオーナー in…

からちゃん|島旅農園「ほとり」

「最近、一生懸命にごろ寝しましたか?」/農家民宿&ゲストハウスのオーナー in 香川県丸亀市「さぬき広島」/観光学修士/宿泊予約はこちら→HP:https://shimatabi-hotori.wixsite.com/official

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私が島に移住した理由 ~旅を消費するだけでなく、旅を生産したい~

「旅」と向き合い続けること。 これが島に移住した理由を作ってくれました。 やはり旅に出たい一つ目の理由は、端的に、長期旅行に行きたいから。 長期旅行といっても、それは1週間では足りません。具体的に言うと短くても20日、理想は30日以上。 日本という国において30日連続の休暇は、都会で会社員をしたり、地方自治体で公務員の職に従事していては叶えられない夢です。 働くことよりも、休むことを考えているなんて、なんて浅はかなんだと思う人がいるかもしれません。 移住者であるならば

    • ラーメン二郎ホンジュラス駅前店爆誕 ~古民家カフェも二郎も好きだから仕方ない~

      一年振りに香川から東京に来た。東京はとことん誰かの「好き」が集合した街だなと思う。確かに、香川のような田舎にも当人の「好き」の溢れる店が異彩を放っていたりもする。だた、その煌めきもこの大都会ではすぐに埋もれかねないと感じてしまうのだ。 少し足を延ばして、鎌倉へ行ってみた。平日だというのに、恐ろしいほどの人がいる。もはや土日の金毘羅山より多いのではなかろうか。花屋に菓子屋、楽器屋、器屋。やはりここも東京よろしく「好き」が集積する街だった。 私も多少なりとも「好き」なことはあ

      • 「知らないと損する」ことばかりの世の中で

        風呂の水垢を落とすにはクエン酸と重曹がいいらしい。  鎌倉のとある路地には隠れ家的なカフェがあるらしい。 ウェブデザイナーになるにはこれを知っているとグッド! 動画やネット記事はそんな助言を「知らないと損する」と言いながら与えてくれる。 とはいえウチは長らくバスマジックリンとカビキラーで風呂掃除を済ませてきたし、もはや四国に住んでいる私が再三鎌倉に行く予定などない。そして文系学部出身の私がデザイナーになることもまぁないだろう。 どうやらこの世界は知らないと損することだら

        • 折りたためるシューズボックス

          SNSをみていると「折りたためるシューズボックス」という商品の宣伝が流れてきた。省スペースが一番のウリとのことだが、一度靴を置いた時点で二度と折りたたむことはないのだろうなと思う。この意味で省スペースなのは購入した店舗から家に持って帰るまでと、いつぞや引っ越しをしたときくらいであろう。まぁネットショッピングなら店から家に持って帰ることすらないのだけれど。 少し前の話になるが、電子レンジを新調した。本当にオーソドックスな形式である。すなわち、つまみを回して時間を調整するタイプ

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        • 旅エッセイ
          21本
        • こんなやつもいるから大丈夫です、知らんけど
          258本
        • お客様とのあれやこれ
          8本
        • コラム「離島で遠吠え」
          159本
        • ほとりのごはん
          50本
        • 香川本鷹レシピ
          34本

        記事

          90歳のおばちゃんは島で死にたい

          「朝起きたら山の緑がキレイやろ、ちょっと歩いたら海が青うてええやろ。近所の人もええ人ばっかやったし。だから、ここがええんや」 おばちゃんは今年90歳になったらしい。夕方、畑で作業をしていると、耕運機が動かんのやと声をかけてきた。 結論から言うと、耕運機は直らなかった。ただ、その分、小一時間ほどおばちゃんの話を聞いたことにもなる。 島に来る前は大阪に居たり、博多に居たり。彼女の半生は波乱万丈なものだったらしい。 「島で死にたいんや」 と嬉しそうに言う。死に対して、どこ

          90歳のおばちゃんは島で死にたい

          そういえば、巻く回数が増えたかもしれない

          褒められて嬉しい料理。それは出汁巻きかもしれない。 「高齢者なんだけど、迷惑じゃないかしら」 彼らは予約の電話から、とても丁寧だった。そんな戦後すぐに生まれたという千葉の夫婦は若者が営む宿に来るのは初めてだったらしい。 朝食時、奥様が「出汁巻き、美味しい」と声をかけてくれた。やはりとても丁寧に。 このときについて、殊更に褒められて嬉しかったことを覚えている。それは出汁巻きや卵焼きはどの家庭でも作る料理だからなのかもしれない。 帰り際も彼らは「こんな高齢者の相手をして

          そういえば、巻く回数が増えたかもしれない

          48-46、36÷18は?

          「最後に一枚、いいですか?」 大阪から来た彼はカメラを握りしめた。そういえば、昨晩も彼が撮りためた写真を見せてもらった。そこには沢山の人の姿があった。 「嫁さんとはカメラで意気投合する部分がああって」 ほぼ同い年だった我々は仕事の話、ちょっと背伸びした人生の話とたくさんのことを話した。ただこうして振り返っても、カメラや写真、そしてそれにまつわる思い出を語る彼の姿が最初に脳裏に浮かぶ。 彼は大学までは東京で生まれ育った。しかし、いまや大阪の風土を愛し、あげく大阪出身の妻

          無趣味な私の趣味は喋ること

          最近ようやく気がついた。 自分の趣味は喋ることなんだ、と。 いわゆる趣味がないと気づき始めて、早10年が経つ。つまり、現在29歳の私は、貴重な20代を無趣味で過ごしてしまった。 そして同時に趣味であったり、好きなことを明確に言葉にできる人に憧れを抱き続けてきた。 「休みがもっとあれば、やりたいこと山程ありますよ」 と先日飲みの席で友人は言った。好きなアーティストのライブ映像をみたり、本を読んだり、お気に入りのカフェに行ったり。事実、そう語る彼女が私にはひどく楽しそうに見

          無趣味な私の趣味は喋ること

          あの曲はいつも手をたたく

          幸せなら手をたたこう。 そう言われて、叩ける人はどれほどいるのだろう。 また幸せの価値観は多様化しているというが、それに伴って幸せの絶対量も同時に増加しているのだろうか?どちらかというと、限りある絶対量を多様化した幸せで取り合っている気がしてならない。 では、幸せとは何か?と問われても答えはない。逆に言えば、答えが複数・人によると定義した時点で、幸せは多様化していくのだと思う。 手を叩け、とあの曲はいう。 ただ、どこかのポケットの中のビスケットが増えないように、幸せもま

          あの曲はいつも手をたたく

          ”編集”ばかりの世の中じゃ、地域の価値なんて生まれない

          「地域の素敵なものを沢山集めて」 「誰かと誰かを繋ぐ」 最近こうした声に耳を傾けることに体力が必要になってきた。いつ間にこんなにもエディターだとか、コーディネーターだとか、ディレクターだとかが神聖視されるようになったのだろう。そしてその卵たちまでもが口々に地域を”編集”したいだの言い始めるように思えてならない。 「編集云々の前に、まずは一緒に体力仕事してくれる人がいい」 ド田舎に移住した宿屋・農家として、そんなことを思ってしまうときがある。「この宿をどんな場所にしていこ

          ”編集”ばかりの世の中じゃ、地域の価値なんて生まれない

          「べき論」旅のススメ

          「行くべきところが増えるじゃないですかぁ」 仁淀川は圧巻で、9月の高知ではメジカの子が食えるという話をすると、彼は嬉しそうにそう言った。新潟在住の彼は敦賀まで車で移動し、そこからは在来線で香川の離島にやってきた。 「人生50年もやってると、ちょっと知ってることが多いだけです」 謙遜しながら、私の知らない町を語る。そんな彼は昨年、一昨年と連続で、桜のために香川の紫雲出山に来ていたらしい。春の紫雲出山もまた、やはり行くべき場所だという。 「新潟にも来てください。酒と米はも

          スマホもカメラも持たずに街へ出た

          残り2%。この部屋のコンセントはなぜかベットの頭側でなく、足元側に設置されている。さすると元来怠惰で、また地元の謎のじいさんに勧められたウォッカを昨晩口にした私である。そんな私が夜の内に体を180度回転させてスマホに充電コードを差し込むなんてするはずがなかった。 ウズベキスタンのヒヴァは日本人の私からすれば嘘みたいな街だ。ヒヴァ・ハン国の首都だったというこの街は周囲を城壁に囲まれ、そこに迷路のように道が入り組む。そして世界遺産でもあるこの古都は多数の土産物屋が軒を連ねていた

          スマホもカメラも持たずに街へ出た

          目標の呪縛

          支離滅裂だか、思ったままに最近頭の中を渦巻く諸々をそこはかとなく書きつくろうと思う。 さて、先日宿に来てくれた方に、 「noteに書いてる件がやっぱり目標ですか?」 と問われた。それは四年前に書いたこの記事である。 久しぶりに読んでみるとありがたいことに「割りと達成できてるんじゃないか」と感じる。一方で、さもすると 「じゃあ、これからなんのために働いたり、生きたりするんだろう」 とも思った。 なんとなくこの感覚は宿を始めて数年以来、少しずつ大きくなりつつあった。

          インドのグッドシャワーおばちゃん

          2月末、コルカタはもう十分に暑かった。最高気温28度、前日まで滞在したブッタガヤの朝晩は少し肌寒いくらいだっただけに余計に堪える。 コルカタではインド旅行のラスト3日間を過ごした。すでに旅も25日目。「コルカタには何もないよ」と出会った多くのインド人が口を揃えたが、インドでは珍しく区画整理が整然と行われ、どこか安心感を覚えた。 コルカタの安宿街はサダルストリートという街の中心に位置する。しかし、私はというと最後の時間くらい少し落ち着いた場所で過ごしたいと、安宿街から駅三つ

          インドのグッドシャワーおばちゃん

          農家が収穫よりも好きなこと

          「この世に在る線は全て、線分である」 高校生の時に、そんなフレーズどこかで目にした。直線とは、ある2点を通る無限に続く線である。だから、その2点は端点ではない。一方で、線分は有限で端点が2つすなわち始点と終点を持つ。 高校時代、数学の授業で配られたプリントの座標平面にはしばしば2点を通る直線が印刷されていた。しかし、それはやはり数式的には直線でも、眼前の物質的な事実としてはせいぜい5㎝くらいの線分だった。私はその後も大量の線分を直線と呼びながら高校生活を送った。 時に一

          農家が収穫よりも好きなこと

          私は彼を小馬鹿にせずにはいられない

          旧友とは過去形なのか、それとも今を含んだ現在完了系なのか。大学時代の旧友とコタツで話しながらそんなことを思った。 学生時代、互いを小馬鹿にしながらコミュケーションを取っていた。 ただ眼の前の彼は、私の知らない世界で大きく働き、私の知らない言語まで話すようになっている。 思うに、小馬鹿にできなくなったらその関係は過去形で、逆に小馬鹿に罵り合える限りは現在完了形である気がする。 「お前の辛辣な言葉さえも、もはや懐かしくて嬉しいわ」 と彼は言う。やはり私は彼を小馬鹿にせずに

          私は彼を小馬鹿にせずにはいられない