宿で朝食を忘れられた私は、とりあえず白湯を飲んでみた
寝坊は社会的に容認されるべきだと私は思っている。
朝食の約束
「簡単なパンとかでよければ、朝ごはん、用意しますよ」
オーナーの彼女は朗らかにそう言った。
私のこの冬の旅の目標は、この宿に来ることだった。
つまり、この目標は宿の玄関をくぐった時点で達成されている。
宿に行くことだけが目標のため、私はこの町がどんなところかさえ知らない。
つまり、今晩の夕食すら下調べしていない私にとって、明くる日の朝食に思いを馳せることなど不可能に等しかった。
そのため、私は何も考えず、朝食を用意してもらうことにした。もちろん、明日は朝から何もすることがない。私の翌日の予定は「宿で朝食を食べる」それだけである。
予定を立てない
私は旅の予定をほとんど立てない。
行き当たりばったりで、時間を過ごす。
せっかくの旅先でも、喫茶店で本を読んでいたら日が暮れていることも少なくない。
この度、朝食を用意してくれる彼女は、私を夕食へと連れて行ってくれた。予定のない私にとって、食事の誘いは最も嬉しいものである。
港町の中華屋で食べた肉餃子は、今まで食べた餃子の中で一番美味かった。おそらく下調べをしていれば、港町ならではの海鮮に舌鼓を打とうとしたのかもしれない。
もちろん彼女は漁港の近くの寿司屋も提案してくれていたが、当の私は餃子の「ぎょ」が聞こえた段階で、腹を決めていたのである。
始まらない朝食
約束の朝8時。昨晩、久しぶりに沢山の飲んだアルコールとは裏腹に、寝起きは清々しかった。
おそらく二日酔いは、飲み方によるのだろう。
同じ量を飲んでも、一人で陰気に飲めば、翌朝気分が悪い。
昨晩中華屋で競馬中継に一喜一憂する地域住民、また古本×カフェバーというこの世のオシャレを凝縮したような夫婦に出会えたおかけで、今朝は布団による二度寝の誘いを潔く断ることができた。
宿の共用部に移動する。しばし待つ。
ただ、待てど暮らせど、朝食は始まらない。
この日唯一の予定を失った私は、気がつけば一時間ほどボーッと窓の外や天井を眺めていた。
スムージーよりも白湯
テレビや雑誌は「朝30分のリラックスタイム」の重要性を執拗に私に求めてくる。しかもスムージーまで飲めと言う。
30分もあったら寝るわと悪態をつく私には、朝のリラックスタイムなんて一度もやって来ないと思っていた。
今思えば、いくら私が予定を立てないとはいっても、これまでの旅は朝食一つとっても私の中で「予定」になっていたのだろう。それをどうするかを考えると疲れるし、案外その予定を消費するためにあくせくしていたように思う。
さて朝食という予定を失った私は、朝のリラックスタイムを迎えている。
普段は口にしない白湯を飲んでみたり、こたつでコーヒーを飲みなから見下ろす港町は、せっかくの朝のリラックスタイムをスムージーで済ませようとしている輩よりは充実しているように思えた。
朝食がなかった理由
程なくして、なんとなく宿を発った私は、一応漁港のある町らしく朝市に向かった。理由は一つ、腹が減ったからだ。
そして、刺し身のツマを食べている頃、オーナーからメッセージが来た。
「アラームが発動せず、完全に寝坊です」
あまりに正直な内容に思わず一人笑ってしまった。
予定さえ立てなければ
寝坊は社会的に容認されるべきだと私は思っている。
飯は食わなくても数日ならなんとかなるし、セックスせずに生きている人間はごまんといる。ただ、睡眠だけは毎日必要なのだ。
食欲、性欲、睡眠欲。だからこそ、睡眠欲はいち早く三大欲求の殿堂入りを果たして、次なる欲に座を譲るべきである。
だからこそ、今回の朝食の一件は許容されて然るべきなのである。
そもそも予定を組むからこそ、予定通りにいかないことに苛立ってしまうのではないか。
逆に言えば予定を組まないからこそ、のらりくらりと思わぬ出会いを楽しめる。肉餃子、古本、朝の刺盛り。
予定をただ消費する旅はどこか物足りない。
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こんな性格なので、誰かと旅行に行くときは全部お任せします。
予定は自分で決めないほうが面白いかもしれません。
というわけで本日はこれにて。
ご清読ありがとうこざいました。
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