私の中の王様に、メロスは激怒した。

スマートフォンは従順である。

「タイマー、20分」
「20分ですね。よーい、スタート

いつもの職場の昼休み、食事を済ませると、少し昼寝する。
職場での昼寝なので、さすがに寝過ごすわけにはいかないとタイマーを設定するのだ。指を動かさずに、声だけで。

「タイマー、20分」と無機質に声を出すとき、私は少し嫌な気分になる。なぜなら、あまりにも横柄な自分がそこにいるからだ。

上司になら「タイマーを20分、かけてもらえませんか?」とお願いするだろうし、実家の両親や友人であったとしても「タイマー、20分かけてくれへん?」と多少の気遣いは口にする。少なくとも、名詞二つを矢継ぎ早に並べて、「タイマー、20分」と声、いや音を発することはないだろう。

こんなとき、私の中の王様が現れるような気がしている。かの邪知暴虐の王と言わんばかりに傲慢な王様が。メロスもきっと私に激怒するのではなかろうか

そんなことを思ったせいで、スマートフォンに申し訳なくなった私は「タイマー、20分お願いします」と丁寧に言ってみた。すると彼女は

「すみません、もう一度言ってください」

と返してきた。私の恐怖政治はどうやらもう取り返しのつかないところまで来てしまっているのかもしれない。

いわゆる音声アシスタントという機能がこの世に登場してから、世間には小さな王様がそこら中に現れたのではなかろうか。そして日々、家来のスマートフォンたちに命令を下す。そして王様は彼らの働きに不備があろうものならば、苛立ち、怒りを口にするのだ。きっと私もその一人だ。便利さを手にする中で、私はいつの間にか大切な何かを失い始めている気がしている。

そのような心無い自分の姿を思い浮かべると、勇者の横で私はひどく赤面した

ーーー

『走れ、メロス』で一番の勇者って、人質として殺される可能性を持ちながら、3日もメロスのために待てるセリヌンティウス説。

というわけで、本日はこれにて!
ご清読ありがとうございました!


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