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苗20円、玉39円

栽培作業は19円にしかならないのか・・・?

5玉198円の玉ねぎ

先日、スーパーで買い出しをしていると、玉ねぎの特売を行っていた。

北海道産玉ねぎ、5玉198円。
安い。

もちろんこれが安いと感じるかは、地域差や個人の収入条件によるとは思うが、私は安いと感じてしまった。なぜなら、昨年秋頃、私は玉ねぎの苗を一つ20円で購入したからである。

作物を育てるにあたって

耕運、施肥、植付、追肥、収穫(+梱包、発送)と苗が玉になるまでには、なにかと時間と手間がかかる。私は玉ねぎを植え付けるようなマシンを持っていない。つまり、ほぼ全て手作業である。

収穫は春以降なので、まだ畑に植えた苗は苗のままだが、それでもこれまでの作業を合計すると数時間はかかったように思う。
作業自体の面白さや価値は否定しないが、この一連の作業を踏まえて、玉39円を見たときに、ちょっぴり「馬鹿らしく」なってしまうのは私の未熟さや小ささなのだろうか。

大規模農業だからこそとは・・・

もちろんこの低価格が大規模農業が成せる業であることは重々承知している。手植えなんてもってのほかで、何ヘクタールもの広大な土地に1000万円近い農業用車両や機械を投入し、圧倒的な収穫量で低価格をカバーするのだ。

そりゃ、小さな離島で数百分の1、つまり0.01ヘクタール程度の農地しか持たない私が意見すること自体、そもそも申し訳ないのだが、やはりどこかやりきれなさもある。

ど田舎の農業の行く末を案じて

39円で玉が買えるならと思い始める自分に対しては羞恥心を隠し切れない。まして自分も作物を販売する身として、このような思考はあるべき姿ではないのかもしれない。

それでも、私がこれを文字に起こしたのは、新規就農の壁を多くの人に知ってもらうためである。つまり、大きな農地で数百万・数千万の農業機械を借金して投入することが、農業で成功するセオリーであることを伝えるためなのだ。

無論、低面積・高収益という例外的な「カリスマ農家」もいる。しかし、日本の食は例外ではなく、例通りの大規模農業で支えられている面が大きいのだ。

もしこのセオリーがこれからも続くなら、いわゆる「ど田舎」の農業は衰退するしかない。なぜなら、単純に儲からないからだ。

他方で、1玉39円がなぜ実現されているのかを伝えることは、離島からの遠吠えであったとしても、一つ大事なことのような気がしている。それは、「ど田舎」の農業の実態を伝えることでもあるからだ。

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というわけで、半分愚痴、半分実録ドキュメントな気分で書いておりました。耕運から収穫までの作業が19円なのかと思うとどこかやり切れません。(苗の仕入れ値交渉はいったん議論から棚上げ)

玉ねぎは私にとっては販売作物ではない、つまり家庭菜園なので、もっとシンプルにその栽培を楽しめばいいのだとは思います。他方で、同じような光景が唐辛子や今後チャレンジしたい作物で現れた場合、ちょっと心を病んでしまいそうな気もしています。

私の住むど田舎の島は、農業だけでなく、やはり他の生業とのハイブリッドでないと生き残れないのだろうなと、スーパーの玉ねぎから思わされた休日でした。

というわけで、本日はこれにて。
ご清読ありがとうございました。

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