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就活ガール#68 専攻以外に勉強していること

これはある日のこと、ゼミ室でアリス先輩に就活の相談をしていた時のことだ。今回は、過去に面接で聞かれたことのうち、答えに詰まってしまったことを克服するために相談に来ている。土曜日の昼ということもあり、ほかの学生は当然いない。俺だって、就職活動をはじめるまでは、土曜日まで研究している人がいるとは知らなかったくらいだ。

設問
専攻以外で、日常的に勉強していることはありますか?

この設問では、学生が何に興味があるのかを聞きたいのだろう。また、「最近勉強していること」ではなく「日常的に勉強しいること」を聞いていることから、継続性のアピールも重要になりそうだ。比較的面接官の質問意図がわかりやすい質問だと思うが、一つだけ大きな問題がある。
 そう、俺は専攻である法律以外に特に何も日常的に勉強をしていないのだ。いや、むしろ専攻すら満足にしているとは言えない。講義をしっかり聞いているとは程遠い不真面目な学生である。白雪学園のようなFラン大学ではむしろそれが多数派ではあるが、冷静に考えると問題大アリだろう。

「で、回答すべきことがわからなくてここに来たわけね。」
アリス先輩が面倒そうにため息をつく。
「はい、お忙しいところすみません。」
「別にいいわよ。休憩になるし。」
俺にとっての難問も、アリス先輩にとっては研究の合間に考える休憩らしい。アリス先輩はいつも研究をしているので専攻について聞かれて困ることはないだろうけど、それ以外のことを勉強する時間があるのだろうか。アポ無しで突然ゼミ室を訪れてもほぼ100パーセント室内にいる実績からは、とても他のことをする余裕があるようには見えない。

この質問は学生の興味関心を知りたいのと、物事を継続できるかや努力できるかを見るためにしてるのよ。」
「はい。それはわかるんですが、何も勉強してないんです。」
「じゃあしなさい。ガクチカや自己PRと一緒で、いうことがないなら今すぐ作るのよ。」
「はい。」
これは久しぶりに言われたが、その通りである。ガクチカがないなら作るしかない。実際に活動するか、脳内で作るか、つまり捏造するかは自由だけれど、とにかく「ありません」と答えるのだけはダメだ。

「解決した?」
「いえ……。」
「継続性のところが引っかかってるのね。」
「はい。おっしゃる通りです。今から開始したとしても、継続性のアピールには繋がりにくいと思います。」
「そうね。じゃあ期間は嘘を言うのが良いんじゃないかしら。もしくは、いかにも継続していそうな風に語る。」
「はい。でもそうすると、3年間やってこのレベルなのかと思われないようなものがいいですよね。」
「そうね。例えばバイトだと最初に仕事を覚えれば、その後のスキルの上昇はなだらかになりやすい。」
そういいながら、アリス先輩が空中に対数関数よようなグラフを書く。
「はい。3ヶ月の経験を3年と言っても基本的にはバレないと思います。」
「一方で、勉強はこんな感じに、あるいはこんな感じにスキルが伸びる。」
今度は比例関数、そして指数関数のグラフを書いた。
「はい。」
「あら、困ったわね。これじゃ期間を盛ったらバレバレじゃない。1年生の頃から何か一つくらい勉強してればよかったのに。」
アリス先輩が意地悪そうに笑った。
「返す言葉もないです……。」

「でも、大丈夫。というか、こういう追い込まれた時にどう乗り越えるか、それを考えるのが就活の楽しいところじゃない?」
しばらく小さくなってシュンとしていると、アリス先輩が再び口を開いた。その目はいつになくキラキラしている。この前、難しい問題にどう答えるかを聞いた時の美柑が見せた表情に似ていると感じた。この二人くらいの就活強者になると、むしろ回答に困る状況の方が張り合いがあって良いのだろう。

「この問題で何も勉強をしていない場合に考えられる方法としては、たまたま知っていることを頑張って勉強したと言う方法と、完全に嘘話をでっち上げる方法の2つの解決策があるわ。もちろん、『何もありません』と答えるのは論外。」
「たまたま知っていることって言われても、別にそんなすごいことは何一つ知りませんよ。」
とりあえず選択肢の一つ目について意見を言う。
「そんなことないと思うし、もしそうだとしてもすごいこと風に語る力が必要なのよ。例えば、アルバイト先での経験ね。夏厩くんはコンビニで働いてたと思うけど、仕入れ業務をしたことはある?」
「はい。」
「じゃあそれね。小売業がどのように利益を出しているのかを勉強したくて仕入れ業務を担当できるよう店長にお願いした。」
「はい。してませんが、したことにします。」
話の腰を折らないように相槌をする。

「あるいは、IT関係とか時事問題もいいわね。」
「なるほど。それは良さそうな気がします。あとは例えば、資産運用とかもそうですよね?」
「うーん。資産運用は微妙。」
「え、ダメですか。」
「なんかバカっぽいから……。」
「むしろ逆に、将来についてちゃんと考えてるっぽさが出るかと思ったんですが。」
「はっきり言って数十万とか数百万のお金で運用したって大した利益はでないじゃない?」
「そうですね。5パーセント利益が出ても数万円とか数千円の世界ですから。でも、その辺は小額から練習っていうことでいいんじゃないですか?」
「そんなことよりもまずは一生懸命働いて元手を増やせって思うのよね。」
「なるほど。」
「そもそも就職して一生懸命働こうとしてる人を探す面接で、資産運用の話を出すのはそれだけでもリスキーだわ。」
「日本人は貯蓄が好きだし、いまだに投資にいいイメージ持ってない人も多いですよね。あるいは働きたくないのかと思われやすかったり。」
「そう。まぁそうじゃなくても、少なくとも新卒のうちは仕事に専念しろよって思うのが通常の面接官の気持ちなの。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「だから、資産運用の話はせずに、シンプルに『世の中について幅広く知るため』とかっていう理由で新聞とか本を読んでるといえばいいだけだと思うわ。」
「はい。」

「せっかくだから、私の回答例を一つ作ってみるわね。」
そう言ってアリス先輩がパソコンへ向かう。キーボードを高速でタイピングして、すぐに回答を作り上げてくれた。

アリス先輩の回答
社会に出てから困らないようするため、以前から本や新聞を読んで社会勉強をしています。本については、ノウハウ本やビジネス本などすぐに読んだ効果が表れそうなものだけでなく、文学や歴史書などいわゆる教養となるようなものについても少しずつ読んでいます。新聞については、複数の新聞を読み比べるなどすることで、様々な意見を学び、自分の頭で何が正しいかを考える練習をしています。(181字)

「どうかしら? これだと継続してやってる感がでるし、嘘だとしてもバレにくいでしょう。あと、何のため、いつからやっているかを答えることで、話がスムーズで頭に入りやすくなるわ。」
「たしかに自然ですね。あと、人生で1、2冊くらいは小説読んだことありますし、何か具体的な話などを聞かれた場合、それについて喋れば話がつながりそうです。」
「そうそう。新聞についても、実際に紙の新聞や新聞社のサイトを契約して見れる記事を読む必要はないのよ。ポータルサイトやニュースアプリなんかを見れば複数の新聞社の記事を並べてみることが無料で、簡単にできる。その中からいくつか気になるテーマをピックアップしておけば、深掘りされても余裕よね。」
「はい。多少ミエをはって継続している感を演出したとしても、実際に聞かれるのはそのうちの一時点でのことだから、そこまで難しい深掘り質問はなさそうです。」
「そういうこと。じゃあ今日はこれで解決かしら?」
「はい、ありがとうございました。」

俺がお礼を言い終わると同時に、アリス先輩がパソコンのもとへと戻っていく。4年生のアリス先輩にとって、残された時間はもう少ない。卒業論文に集中したいのだと思う。

たしかに、わざわざこの質問をしてくる企業は、勉強をしていることをそれなりに重視している企業だといえるだろう。「特にありません」と答えるのに比べるのは論外だし、専攻以外のことについても日常的に興味を持って勉強しているに越したことはない。例えば資格の勉強だとか、語学の勉強などをしていれば、それだけでアピールになるだろう。しかし、それがない場合はエピソードを作ることである程度乗り切ることができる。完全な捏造話とまではいかなくても、無意識、あるいは他人からの働きかけによって始めたことを、自分の意志で始めたということにすり替えるくらいはしてよいだろう。
 そもそも、人間の意思決定の理由はあいまいなものである。いままでは無意識や他者の影響で始めたと思い込んでいただけで、よく考えてみると自分自身が何かを選択していることもある。これは、この前美春と話した「中高生時代の部活動について」というテーマとも共通する点だ。このようなことにまで気を配り、自分も気づいていなかった自分の考え方を探すことも、自己分析の一種ではないかと思い、ゼミ室を後にするのだった。


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