海の守護神「媽祖様」の生誕を祝うパレードと“愛憎”が織りなす伝説|清明~穀雨|旅に効く、台湾ごよみ(19)
“黄昏どき”を彩る4月の風物詩
角を曲がったら巨大な花束が空に浮かんでいた。
いやちがった。花束のような大きな樹。熱帯に分布する「魚木」と呼ばれる植物である。台北市は台湾大学キャンパスに近い「台湾電力」の敷地にはアパートメントの三階まで届きそうな魚木があり、4月に入ると一面に花をつける。何でも30年ほど前に台湾電力職員が植えたのが育ったもので、この季節の台北の風物詩である。
はじめてこの樹を見たときには驚いた。日本では、こんなにも大きな樹を覆うように花が咲くのを見たことがなかったからだ。よく見ると、花は三層の色に分かれている。上から白・黄色と葉の黄緑。そこからツツジに似た、長いまつげのような花芯がのぞく。その様子が蜘蛛の足にも似ていることから、英語名を「スパイダーツリー」と言うらしい。
黄昏どきは、魚木花がいちばん魅惑的なマジックアワーだ。初夏を思わせる四月の空気のなか、くれなずむ街をバックに卵色の花をモコモコに咲かせた魚木が浮かびあがる。白熱灯の光に暖かみを感じて誰かと食事を囲みたくなるように、魚木花を見かけると写真を撮っては、心に浮かんだ親しい人に送りたくなる。そんなパワーをもつ都市の風景である。
ロマンチックな誘い文句
花束といえば、台湾の山あいにもこの季節ならではの贈り物が咲く。油桐である。一説によれば「ねえ、油桐の花いつ見に行く?」という一言が、デートの誘い文句だった時代もあったらしい。
油桐は種子に多く油を含み、日本でも九州などで生育した植物で提灯や油紙を作ってきた。台湾では、日本統治時代に資源として中国大陸から持ち込まれ、台湾西部の山あいに植えられたが、ちょうど「台湾客家」の暮らす地域と重なることから、油桐花は「台湾客家」のシンボルとなった。満開を過ぎて5月前後に散り始め、山道を真っ白に染めるので「五月雪」とも呼ばれる。
「五月雪を見に行かない?」なんて、なかなかロマンチックな誘い文句ではないだろうか。
“海の守護神”の生誕を祝うパレード
さて、四月には台湾の人々にとって大事なお祭りがある。台湾でもっとも信仰を集める媽祖様の誕生日の大巡行パレード「媽祖生」で、台湾媽祖信仰の中心である雲林県北港朝天宮の巡行は「国家重要民俗」にも指定されている。
媽祖様のお誕生日が旧暦の3月23日なので、今年は4月24日。旧暦3月19日より台湾各地で巡行がはじまり、誕生日の当日は目一杯のお供え物と共に盛大に祝う。最近は台湾文化を再発見しようとする潮流もあり、若い世代の参加もめずらしくない。
媽祖様は中国北宋時代の福建沿海に生まれ、本名を「林黙娘」といった。生まれてから一か月も泣き声をあげなかったため、この名が付いたらしい。幼い頃から神通力を持っており、予知をしては人を助け、修行を積んで28歳で天に召された。その後は海を行く船を嵐や台風から幾度も救い、航海の守護神として崇められるようになった。
台湾には17世紀から台湾海峡の荒波を乗り越えてきた移民が多く、漁業も盛んなため「海の守護神」への信仰は深まり、現在では自然災害や疫病にもご利益があると信じられている。神奈川県横浜市に2006年に建てられた「横浜媽祖廟」は、台湾から分祀されたものという。
“愛憎”が織りなす伝説
春から初夏に移り変わるこの「媽祖生」の頃には、急に寒くなったり雨や暴風雨が吹くことが少なくなく、「大道公風,媽祖婆雨(大道公の風、媽祖の雨)」と呼びならわす。それには、こんな興味深い伝説がある。
台湾で広く信仰を集める「大道公」またの名を「保生大帝」という医学の神様は、海上の巡視をしてまわる媽祖に一目ぼれをする。何度も顔を合わせるうちに媽祖も保生大帝を憎からず想うようになり、二人は結婚を決める。
結婚式の当日、花嫁の神輿に載って保生大帝のもとに向かう途中、媽祖は難産で苦しむ母羊に出会う。羊のお産を助けながら、結婚して家(イエ)に入り子供を産み育てることの大変さに思い至った媽祖の心に、結婚を後悔する気持ちがわきはじめる。
保生大帝は手を尽くして説得を試みるが、結婚をやめて「海の守護神」であり続けたいという媽祖の心は変わらず、終に結婚は破談。媽祖の不義理に怒った保生大帝はそれ以来、媽祖のお化粧をくずしてやろうと「媽祖生」巡行の日には雨を降らせるようになった。
また、媽祖も負けていられぬと、旧暦3月15日の保生大帝の誕生日の巡行には帽子を吹き飛ばすような大風を吹かせる。これが、今もこの時期のお天気が荒れやすい理由だという。
昔の女性は結婚して家庭に入り、子供を産み育てるのが当たり前だった。特に儒教という厳しい規律のある漢人社会では、夫が死ねば妻は皆の公衆の面前で首を吊らねばならぬというほど、夫とイエに対して徹底的に貞節を誓わされた時代もあった。それなのに媽祖はそうしたイエの鎖を拒否し、自分の仕事を全うするのを望んだ。しかも、保生大帝の嫌がらせにやり返してさえいる。
さっすが、アジアトップのジェンダー平等国・台湾で一番信仰されている女神様だなあ。もしかしたら、媽祖は東アジアでもっとも早くみずから仕事の道を選び取った「フェミニスト」と言えるかもしれない。
文・絵=栖来ひかり
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