見出し画像

【連載小説】湖面にたゆたう(島田荘司「丘の上」の続編)⑭

<< 湖面にたゆたう ⑬
                 湖面にたゆたう ⑮ >>

 丘の上の子ども。それだけでは飽き足らず、天は彼に美貌と才能まで与えたのか。光一の部屋のドアをノックすると、友子の脳裏にはかつて自宅で遊ぶ二人の姿が蘇る。

「はあい」

 と明るい声が返り、開けたドアから光一がひょいと顔を出した。

「お紅茶をどうぞ」

 そう声をかけながら、友子は部屋に入ると盆を勉強机に置く。里美少年は咄嗟に立ち上がろうとする。

「ありがとうございます」

「いいのよ、座ってらして。それより、この部屋にはテーブルがないのよね」

「そんなの大丈夫だよ」

「全然、大丈夫です」

 少年たちの声が重なる。光一は本棚から分厚いコミック雑誌を取り出すと、テーブル代わりにした。その様子を微笑みながら眺める里美少年は、今日も当たり前のように正座している。

「お代わりもありますからね」

 そう言うと、友子は部屋を後にした。ドアを閉めるときに見た光景に、友子は思わず目を伏せる。ベッドにもたれかかって、身振り手振りをまじえて楽しそうに話す光一と、嬉しそうに目を細めながら聞いている里美少年。行儀よく伸びた背筋と端正な横顔が、背後の窓から入る光を受けて浮かび上がって見える。この神々しくも無垢な少年たちの仲を、かつて友子の愚かな衝動が引き裂いてしまったのだ。

 ほぼ透明になるまで淹れ直した紅茶をすすりながら、友子が家計簿をつけたりスマホで覚えたてのカメラアプリを試したりしていると、すりガラスの向こうをネイビーの人影が横切って行った。少しの間があり、洗面所のあたりでドアが閉まる。

事前に何度も予想してきたのに、実際にその時を迎えると友子は息苦しいほどに緊張した。

 人間なのだから、誰でも当然トイレに行くわよ。

ここから先は

2,961字

スタンダードプラン

¥700 / 月
このメンバーシップの詳細

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?