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職場で気になる、後ろ髪が長いあの人の話

わたしの左隣の席の主任のところに、主にお金関連の話をしに来る、隣の隣のシマの、後ろ髪が長い男の人がいる。

彼は、落ち着いた声で話をするが、聞く所によるとわたしよりうんと若いらしい。マスクと長い後ろ髪と動かないセンターパートの前髪のために、年齢まで読み取れなかった。
クールビズが終わってからは、白いワイシャツに肌色がかった茶色のカーディガンを着ているスタイルが常だ。

さっきから後ろ髪が長い、と言っているが、そのヘアスタイルは、いわゆるウルフカット。それも令和ふうのものでなく、平成的な、襟足のくびれの強い、ウルフカット。
何なら私も高校生くらいの時に、ヘアスタイルの雑誌のモデルでガチガチのウルフカットにしたさ、という記憶が蘇るほど、平成の頃のウルフカットに見える。
今どきとても個性的だと思いつつも、直接本人に聞いてなんとかハラスメントと言われてはならないと思い、左隣の主任に聞いてみる。

わたし「あのさ、〇〇さんの後ろ髪めっちゃ長くない?わたしが昔から知ってるウルフカットっていうか、あれってなんて言って美容院で髪の毛切ってもらってるのかね?『ウルフカットでお願いします!』とかって言うのかね?」
左隣「たしかに長いっすよね…。ワンチャン自分で切ってるかもしれないですよ。」
わたし「え!あれ自分で切ってデザインしてたら、正直好きになるかもしれないレベルで昔のウルフカットだよ?時代は巡るってこと…?」

その後、後ろ髪が長くて、下の名前に至っては平成どころか昭和な彼について、更に周辺の聞き込み調査を進める。
左隣の向かい「なんか、周りの人と髪型がかぶらないように、後ろ髪伸ばしてるみたいですよ。」
わたし「マジか。確かに彼の周辺の席の人も、パーマあてたりとか、イメチェンしたから、差別化をはかってるってことか。」

後ろ髪の長さと昭和なお名前に気づいてから3ヶ月ほど経過したある日、肌色がかった茶色のカーディガンを着た彼が、左隣の主任のところに、現れた。どうしたことか、後ろ髪が普通の短い襟足になって、スッキリと、左隣の主任のところに、現れた。

「えー!どうしたの!?後ろ髪短くなって!!」と直接言いたいのを堪えるしかできない。
彼が去ってから速攻で左隣の向かいに聞いてみる。
「ちょっと、〇〇さんの後ろ髪短くなってたよね?急に、どうしたんだろ?」
すると、左隣りの向かいはジェスチャーで左手の薬指の根本をさわさわして、小声で言った。
「プロポーズ、したらしいです。彼女に。」

決意の表れとして、長かった後ろ髪を切ったらしい。

わたし「わたしが彼女だったら、いや、ちょっとまって、その前に後ろ髪どうした?まずその説明して、って言っちゃうかも。あ、いや、メオトになるくらいだから、その髪型もステキ、似合ってる、って言うのかな、彼女は。」
なぜか動揺した。
同時に、世の中ってぴったりとよく出来てるから、きっと彼女は、スッキリ髪型を決めてきた彼のことを嬉しく思うんだろう、と思った。

その翌週、彼が昇進試験に見事合格したことが公表された。
プロポーズも成功したんだろうと、その時わたしは確信した。

気になる後ろ髪から、若者の決意と、人生の重要な門出のドラマを、わたしは少しだけ観させてもらっていたらしい。
どうりで気になるわけだ。輝く後ろ髪だったんだから。

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