藤井浩人 美濃加茂市長

2013年6月美濃加茂市長初当選。当時28歳の全国最年少市長。2014年6月逮捕、起訴。一審無罪判決。二審逆転有罪判決。2016年12月、出直し選挙、再選。三選。2017年最高裁棄却、有罪が確定し、市長辞職。 2022年1月美濃加茂市長選挙4選により復帰。

藤井浩人 美濃加茂市長

2013年6月美濃加茂市長初当選。当時28歳の全国最年少市長。2014年6月逮捕、起訴。一審無罪判決。二審逆転有罪判決。2016年12月、出直し選挙、再選。三選。2017年最高裁棄却、有罪が確定し、市長辞職。 2022年1月美濃加茂市長選挙4選により復帰。

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    • 前科者と呼ばれても、政治家として闘うワケ

      ー私を誰が嵌めたのかー 市長当選、逮捕、無罪判決、逆転有罪判決、そして、これから。 新聞やテレビでは報じられない事実を、私の目線から綴ります。

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    #00 オリンピックとあきらめが悪い37歳

    2021年7月24日。東京オリンピックの競技を一通り見終えて、0時を回っていることに気がつく。今日は自分の誕生日だ。 金メダル第1号の髙藤選手は28歳、日本選手団の主将、山縣選手は29歳。 37歳を迎えた今振り返る29歳の自分は、全裸で身体検査をされたり、ココアにしるこサンドを浸すのが楽しみだったり、テレビ画面に映る彼らとはそれはそれは違いました。 誕生日を迎えて久しぶりに自分の情報をエゴサーチしてみると、自分が体験したことのほんの上澄みしか記録には残っていないことに、無

      • 12月13日の記者会見でお話ししたこと

        先日、12月13日の記者会見でお話ししたことなどをまとめました。 私は、この3つの思いを大切にします。 「一人ひとりの声を大切に、全ての市民と共に歩む美濃加茂市」 「現実と向き合い、心の通った現場主義」 「高い視座、広い視野、柔軟な発想で理想を掲げた未来志向の政策」 新型コロナウイルスへの対応、更なる高齢化、デジタル技術の進化。これからの時代、政治や行政に求められることは大きく変化しています。一人ひとりの価値観を大切にし、市民の声に耳を傾け、政治主導・行政主導ではなく、市

        • 12月9日の記事に対し、毎日新聞社に抗議文を提出する予定です

           政治家である以上批判はあってしかるべきですが、事実ではないことに対する批判は、受け入れることができません。 ただのフェイクニュースです。 今回の記事では、私への一切の取材もない事実無根の内容が、あたかも事実のように書かれています。 私個人のみならず、小川県議の名誉にも関わることなので、事態を重く捉えました。はっきりと否定するためにも弁護士と相談のうえ、毎日新聞社への抗議文を提出する予定です。 https://mainichi.jp/articles/2021120

          • 1月23日投開票 美濃加茂市長選挙

            美濃加茂市長選挙への出馬を決断しました。 美濃加茂市のために何ができるかを考え、2010年市議会議員に当選させていただき、孫子の代まで住み続けられるまちを目指し2013年美濃加茂市長に当選させていただきました。ここまで幾度となく、多くの方々に支えていただきながら、私は常に美濃加茂市のために、市民の皆さんとできることを考え、行動し、決断してきました。 立候補に対して、 「勝っても、負けても、お前の政治家生命は、もう終わりだ」 「市政を混乱させるな」 そんなことを多方面

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            #93 これから

            本日、この後、再審請求を行います。 2020年12月27日に執行猶予満了。 公民権は既に復活し、選挙権、被選挙権を取り戻しました。 執行猶予が満期となった翌日、美濃加茂市内のスターバックスに立ち寄ると、10代か20代前半の店員さんから、 「良かったです。おめでとうございます。私も嬉しいです。これからも応援しています」 そんな言葉をかけてもらいました。 スタバの定員さんは、どんなお客が相手でも、的確な声かけをしてくれますが、流石にこの時は驚きました。当然、嬉しかった。

            #92 冤罪との闘い

            刑事裁判に続く、民事裁判。 一度判決が出ている刑事裁判。真実を勝ち取るための入り口は、固く閉ざされていました。 しかし、民事裁判を経て多くの証拠を得ることができました。 長かった執行猶予も終わり、新たな一歩へ。 >>>>>>>>>> 2020年8月6日。 新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期となった判決日。 傍聴席には人数制限があるようでした。 判決は、"請求棄却"。 "本件での贈賄供述者の証言(供述)が虚偽であることが明白であるといえない" 中森氏に対する損害

            #91 中森さん、お久しぶりです

            東京地裁での民事裁判。 久しぶりの中森氏との再会。 とはいえ、その前に、場合によっては、早期に私の訴えを退けられてしまう恐れもありました。 しかし、裁判所は何人もの証人を認め、多くの審理を実施。2年近く判決を待つことになりました。 >>>>>>>>>> 民事裁判では、私は訴訟を起こした立場。刑事裁判とは打って変わって原告という立場になりました。 2018年2月6日に提起した訴訟は、 4月19日午前10時。東京地方裁判所606号法廷にて第一回口頭弁論が行われました。

            #90 <全文>東京での記者会見

            民事裁判は、場所を移して東京。 岐阜や名古屋では、この事件のことを知っている人はそれなりにいましたが、東京では全くと言っていいほど内容は知られていせんでした。知っていても"全国最年少市長が逮捕"、"よく分からないけど無罪が出た"その程度です。 このような事件を二度と起こさせないためにも、民事訴訟で事実を明らかにする。それと同時に、 「一人でも多くの人に、こんな現実があることを知ってもらいたい」 そう思うようになりました。 >>>>>>>>>> 民事訴訟は、原則として、

            #89 法的に認められた真相究明

            私が被告人として闘った裁判は終わりました。 しかし、真実を証明する道が閉ざされたわけではありません。 数多くのことが、刑事裁判では明らかになっていませんでした。 悪あがきと言われようが構いません。 今度は民事裁判において、私から訴訟を提起しました。 >>>>>>>>>> 最高裁の上告棄却への異議申立棄却。 一般の刑事事件であれば、これで終わり。 しかし、私は上告棄却の記者会見で、 贈賄供述者に対して、虚偽供述の不法行為の責任を問う民事訴訟を提起する方針を明らかにしまし

            #88 私の爪痕

            「市長をしながら裁判と向き合うことに何か意味はあったのか?」 意味があったのかは分かりません。 意味があったと信じたい。 理不尽がまかり通る世の中に、 私は一石を投じることができたのか。 >>>>>>>>>> 市長を辞職。判決が確定。 2014年6月24日から2017年12月26日にわたる"1,282 日"。 多くの人たちに支えられ、戦い続けました。 辞職の際、ある記者から、 「逮捕から3年半近く、市長をしながら裁判と向き合うことに何か意味はありましたか?」 そんな

            #87 最後の抵抗、そびえ立つ高い壁。

            上告棄却。 司法を信じたかった私の想い。 そして、真実は高い壁に跳ね返されてしまいました。 しかし、ここで終わるわけにはいきません。 最後の手続き、そして、その先の戦いへと進みます。 >>>>>>>>>> 市長を辞職し、私はただの被告人になりました。 職無し無一文。 だからといって、裁判を諦めたわけではありません。 可能性は極めて低くとも、最後の異議申し立てが残されていました。 2014年6月から、弁護団の先生にはお世話になりっぱなし。逮捕、勾留への異議申請、保釈請

            #86 突然の連絡。市長辞職。

            残された望みは最高裁。 憲法によって設置された我が国における、唯一かつ最高の裁判所。 判断を待つ間も、私は市長。 全力で市政運営に取り組みました。 しかし、いつも不安から解き放たれることはありません。 生きた心地がしないまま、ある日、結末を迎えました。 >>>>>>>>>> 2017年5月14日、無投票で3度目の当選。 その2日後、5月16日。 東京の最高裁判所第三小法廷に上告趣意書を提出しました。上告にあたって、元東京高等裁判所裁判長の原田國男弁護士、民事・刑事裁

            #85 M大学N教授

            2017年1月の出直し総選挙で再選できた私は、 半年後の市長選挙を無投票で当選することができました。 最高裁の上告審を待ちながら、市民と共に将来へのビジョンに向かって再び歩み始めました。 そんな中、無罪判決から鳴りを潜めていたマスコミが再び、批判報道を始めたのでした。 >>>>>>>>>> 出直し選挙を終え、約1ヶ月半ぶりに市長に復帰。 残された任期はわずか半年でしたが、先を見据えた政策を確認しました。 そんな中、しばらく沈黙を保っていた幾つかの新聞社が、再び私の批

            #84 出直し選挙

            政治家の出処進退は自分自身で決めるもの。 私は辞職、”出直し選挙”を決断しました。 誰もが嫌う真冬の選挙。 雪がちらつく、長い一週間。 市民の皆さんの思いを聞ける選挙。 怖い思いもありながら、結果を待ちました。 >>>>>>>>>> 有罪判決から1週間経った、2016年12月7日。 美濃加茂市議会の冒頭。 「私が不当な控訴審判決と戦い続けながら市長職を続けることを市民の皆様がお認めいただけるかどうか。この点をはっきりさせるため、市長を辞任し、選挙によって市民の皆様の

            #83 有罪市長、民意を問う。

            市長は市民の代表。 市民の信頼が無ければ何もできません。 逮捕され、有罪視報道により大逆風にさらされながらも、多くの市民の皆さんの支えのもと市政を継続。そして無罪判決。 胸を張って市長職を続ける決断ができました。 しかし、一転した有罪判決。 私は深く悩みました。 >>>>>>>>>> 有罪判決の市長を市民はどう受け止めるのでしょうか。 市長は当選することで、"4年の任期"が与えられます。 自ら辞めたり、法的に剥奪されない限りは任期を全うできます。 ただし、想定を超

            #82 祝賀会だったはずの判決説明会

            "逆転有罪判決" 私を信じて、ずっと支えてくださった市民の皆さんは、どのように受け止めているのだろうか。 無罪確定を祝う会は、判決説明会に変わりました。 冬が近づき、寒さが増してきた会場。そこには、多くの市民が待っていました。 >>>>>>>>>> 判決直後に、マスコミには配られた判決書の要旨が、当事者である私と弁護人には配られない。 市議会議長が裁判所を訪れても、数日経っても、反応がありませんでした。 ここで少し、捜査機関と報道機関の関係について感じることを記します