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「ルビーの一番星たち」『推しの子』二次小説 〈後編〉

前編の続き

 まさか「M.T」さんがお母さんだったとはね…。天童寺まりなだったおかげで、お母さんの今の気持ちを知れて良かった。お母さんのことはまだ恨んでしまっていたけれど、今日、お母さんがさりなを愛せなかった後悔を知れたから、ちょっとすっきりした。自分の気持ちを守るために、愛さないって嘘が本当になってしまっただけだったんだ。さりなのことを愛していたからこそ、当時のお母さんはさりなを愛さないことにしたんだ。私のことを嫌って、愛さなかったわけじゃないって分かったから、ほっとしたよ。
 
 それにお母さんから愛されず、最期を看取ってももらえなかった憐れな少女だったからこそ、憧れのアイの子として生まれ変われたのかもしれないし。お母さんからたくさん愛されて、幸せなまま死んでいたら、きっと生まれ変われなかったよね。アクア…ゴロー先生とも再会できなかった。大好きな彼、おなかの子たちの父親とも出会えなかった。だから、私はさりな時代に、重い病気になって、お母さんから見放されて、アイというアイドルに救いを求めて、ゴロー先生に出会えて、病院で孤独なまま死んでいく人生で良かったって思う。
 
 何で私は生まれ変われたのかずっと謎だったけど、さりながちょっぴり不幸だったからこそ、すぐに転生させてもらえたんだよね。しかも最愛の推しのアイの元へ。ゴロー先生も生まれてすぐにお母さんが死んでしまって、母親の愛に飢えていたから、愛情深いアイの元へ生まれ変われたんだよね。ママも母親からちゃんと愛されなかったみたいだから、私とお兄ちゃんとママはみんな母親の愛を求めていたからこそ、親子になれたんだと思う。そのことにやっと気づいたよ。
 
 何より私、ルビーというアイドルに生まれ変われて良かった。おかげでお母さんに推してもらえるようになって、再会できたんだから。
 それにしてもまさかお母さんが中絶していたなんて…。お母さんの子の中で重い病気で短命だった私が一番不幸せなんて思い込んでいたけど、生まれられなかった私のお兄ちゃんかお姉ちゃんの方がもっとかわいそう。この世に生まれられることって当たり前のことじゃなくて、奇跡なんだ。母親の選択次第で、誰にもその存在さえ知られないまま、消えていく命もたくさんあるんだから…。そんな中、二度も生まれることのできた私は、不幸せどころか恵まれているのかもしれない。
 
 さりなとお母さんはようやく和解できたけど、ルビーとしての問題はまだ解決していない。そう、私は今、三つ子を自分の子宮に宿しているから。もうすぐ大学を卒業するし、出産予定日は卒業後だから、別に学業に支障はない。二十二歳だから、アイドルを辞めることになるとしても、仕方ないと割り切れる。けど、役者だけはできれば続けたい。三つ子をひとりで育てながらお仕事を続けられるかが問題。たぶんミヤコさんと壱護さんが協力してくれるとは思うけど…。三つ子って双子以上にたいへんだよね、きっと。三人分の喜びだけじゃなくて、苦労も三倍になるはずだし。だからまだ、妊娠したことを誰にも打ち明けられていない。
 
 お医者さんからは、三つ子と分かっただけで、ちょっと驚かれた。不妊治療とかで排卵誘発剤とかを使っていれば、多胎は珍しくないらしいんだけど、私の場合、自然妊娠で三つ子だったから。医者は母体を守るために、減胎も勧めてきた。つまり三つ子のうち、誰かひとりを中絶するってこと。そんなの、できっこない。誰かを選んで殺すなんて。自然に減胎してしまう場合もあるらしい。バニシングツインって現象で、母親と他の兄弟の命を守るために、消失してしまう胎児がいるんだって。多胎の場合は。つまりどの子か、流産してしまうかもしれないってこと。流産というか子宮に吸収されてしまうらしい。吸収されたら、他の子の栄養になるってことかも。究極の自己犠牲というか、まるでお兄ちゃん…アクアがやりそうなこと。私は人工的な減胎や、バニシングツインはできれば避けたい。産むと決めたら、三人全員を無事に産みたい。産めないなら…三人一緒に手放すしかない。だって一人ぼっちで旅立たせるなんてできないから…。そもそも中絶なんて自分の心臓を止められるより嫌だと思える。お母さんから中絶のリアルな話を聞いてしまったから、堕胎なんてますます考えられなくなった。
 
 妊娠検査薬で陽性反応が出て、慌ててこっそり産婦人科に行き、初めて内診してもらった時、自分の子宮内でピクピク規則的に刻み続ける三つの心拍を目の当たりにした。薄暗い子宮内はまるで宇宙のようで、三つの心拍は夜空で瞬く星のように見えた。エコーで見せてもらうまで、予期せぬ妊娠で不安や戸惑いしかなかったけれど、懸命に動き続ける命の瞬きを見せつけられたら、急に母性が芽生えて、この子たちを守りたいと思えた。胎内でちゃんと育んで、会いたくなった。暗闇で点滅し続ける小さな心拍たちは目を離したら消えてしまいそうなくらい心許ないのに、なぜか逞しくも見えて。どんな星や宝石より、私には煌めいて見えた。この世界にはこんなに美しく尊いものが存在するのかと思わず、感動してしまった。今まで見た何より一番、輝いて見える命たちに圧倒された。
 
 例えば、さりなのように重い病気に罹れば、長くは生きられないかもしれない。病気じゃなくても苦しみ、悲しみ、妬み、憎しみなど避けられないこの汚れた世界に生れ落ちるということは、酷なことかもしれない。産みたいと思えるのは親のエゴに過ぎず、生まれる側は生を望んではいないかもしれない。けれど、どんなに無慈悲で不条理で嘘まみれの汚らわしい世界に生まれ、不幸を背負うことになるとしても、幸せも必ず用意されている。さりな時代に私がアイやゴロー先生に出会えたように。ルビーとして生まれ変わって、アイというママと、アクアというお兄ちゃんに出会えたように。アイドルになりたいという夢を叶えられたように。また生まれることができたおかげで、さりなのお母さんの本心を知れたように。愛しいこの子たちの愛すべき父親にも出会えたように…。
 
 生まれてしまったら、つらいことの方が多いし、こんな世界から早く消えてしまいたいと思うことだって何度もある。けれど稀に綺麗な景色を観られたり、美しい音楽に出会えたり、大切だと思える人たちの愛に気づけたりする。私がおなかの子たちの心拍を見て感動できたように、自分はこのために生まれたんだと実感できる宝物のような瞬間に出会えたりする。私も、そういう幸せや感動をこの子たちに味わわせてあげたいと思った。この子たちがくれた感動を、産んでお返ししたいと思った。どんなことが起きても、私だけはこの子たちの味方でいて、一緒に生きていきたいと未来を想像してしまった。母親として私が、この子たちを幸せにしてあげたいとも思えた。まだ小さな点にしか見えないし、会ったこともないのにすでに大好きと思える子たちのエコー写真を見つめながら…。病院の帰り道、夜の帳が下りた頃、間もなく輝き出した宵の明星は、いつもより輝いて見えた。普段通りの薄汚れた世界のはずなのに、その夜、歩いた街並みのネオンの光は、私をやさしく包み込んでくれる気がした。そんな感覚は初めてだった。
 
 一番に相談しなきゃいけないのは、この子たちの父親と分かっていた。けれど、彼が大事な時期だからこそ、なかなか打ち明けられなかった。彼は、同じ大学の二つ上の先輩。私は文学部だけど、彼は医学部。医者を目指して勉強をがんばっている最中。私の一目惚れだった。見た目がゴロー先生にそっくりだったから。名前を聞いてさらに驚いちゃった。雨宮明空(あくあ)という名前だったから。ゴロー先生と同じ名字でお兄ちゃんと同じ名前だったから、ますます運命感じちゃったの。明空先輩には、私と同い年の茉鈴(まりん)ちゃんって妹もいると知って、さらに驚いた。あくあまりんなんて、完全に私のお兄ちゃんと同じ名前だよ?でもおかげでちょっと考えちゃった。もしかして…私とお兄ちゃんって双子じゃなくて、最初は三つ子だったかもなんて…。お兄ちゃんの名前って二人分の名前って気もするなって、その時、ふと思った。アクアマリンって私の名前と比べたら、ちょっと長いし…。バニシングツインで消失しちゃった兄弟がいるのかもしれない。ママは何も教えてはくれなかったけど、三つ子だった可能性もあるよね。アイの子としてもうひとり、誰かが転生しようとしたのかもしれないって考えちゃった。
 
 見た目がゴロー先生で、名前がお兄ちゃんの明空先輩に私は何度か告白した。告白する度にフラれた。後から聞いたんだけど、売れっ子のアイドルが俺なんかと付き合おうとするなんて、何か裏があるに違いないって、私のことを疑って避けたんだって。ひどいよね、先輩を愛する私の一途な気持ちだったのに。
 でも先輩を好きになって、気づいちゃったの。私は結局、ゴロー先生とお兄ちゃんのことが一番好きで愛していて、いつまで経っても、二人のことが忘れられないんだって…。結局、先輩に二人の面影を重ねていただけで、先輩を二人の代替にしていただけだって気づいてしまったの。先輩にその気持ちを正直に告げた。「子どもの頃から好きだった、今はもう死んでしまっていない人にそっくりだから、先輩のことを好きになった」ことを…。そしたら先輩、何て言ったと思う?「その人のこと、忘れようとかしなくていいんじゃない?大切な人のことは好きなままでいたらいいよ。後から好きになった相手に対する愛が二番目三番目でもいいんじゃない?」って…。そんなことを言われたものだから、私、ますます明空先輩のことを好きになっちゃったんだよね。見た目だけじゃなくて、内面にまで恋してしまったっていうか。だって、ゴロー先生やアクアのことを好きなまま、他の人のことを好きになってもいいなんて、魔法みたいに都合のいいこと言ってくれる人、他にいなかったから。大抵の男は、俺のことを一番に考えて、俺だけを愛してって私の愛を独占しようとするし。私はアイドルだから、みんなに愛を平等に与えたいとは思うけど、それはただの理想であって、私だって人間だから、一番に愛したい人はいて仕方ないと思ってる。その私の気持ちを汲んでくれる先輩のことがもっと好きになってしまった。あくまでゴロー先生とアクアの次に好きな人だけど、先輩は生きている人の中では一番好きな人になってしまったの。
 
 私の押しに負け、私の恋心に裏はないと気づいた先輩はついに私と付き合ってくれるようになった。初めは疑心暗鬼だった先輩もいつしか、私のことを大事に思って、愛してくれるようになった。お互い、子どもができたら困るし、ちゃんと避妊はしていたけれど、できてしまった。避妊に失敗してできたとは思いたくないんだけど。だって間違ってできた子なんて思いたくないし、そう思われる子たちがかわいそうだから。過ちじゃなくて、何か意味があって、必然的に私の元へ来てくれたと考えるようにした。例えばそう、この子たちは私の大切な人の生まれ変わりかもしれない。私を産んでくれたママや、私の未来を命懸けで守ってくれたお兄ちゃんの生まれ変わりかもしれないと思うと、ますますこの子たちに会いたくなった。産めばまたママやお兄ちゃんに会えるかもしれない。ママやお兄ちゃんと一緒に生きられるかもしれない。そんなことを考えると、おなかの子たちを中絶するなんてやっぱり考えられない。誰の生まれ変わりでないとしても、この子たちはママやお兄ちゃんの血縁者には違いないし。私が産めば、不幸せなことも多かった私たち家族にとって希望の光になると思った。
 
 どうして子の父親の明空先輩に言い出せないでいるかというと、やさしい先輩のことだから、三つ子なんて分かったら、医者になるのを止めて、今すぐ就職して、私たちを養うとか言い出しかねないから。私は彼にお医者さんになってほしいと心から思うし、子どもができたからって途中で夢を諦めてほしくない。大好きな明空先輩には、自分の人生を大切にしてほしい。お兄ちゃんが私に、復讐なんて考えないで、自分の人生を生きろって言ってくれたみたいに、先輩のことが大切だからこそ、私たちに対する責任なんて考えずに、今まで通り生きてほしい。私のために人生変えてほしくない。だから、子どもができたことをなかなか言えない…。
 
 ママみたいに相手に内緒で産んでしまおうかとも思った。愛せなくなったって愛しているからこその嘘をついて拒絶して。でもそれもできそうにない。私はママとは違うから。ママほど強い人間じゃないし、嘘も上手につけない。ひとりで育てる覚悟も持てない。私はママとお兄ちゃんに守られて生きていた弱い人間だから…。
 
 下手な嘘ついて逆恨みされても困る。先輩は私のパパ…カミキヒカルみたいに執念深く復讐するタイプじゃないし、愛を独占しようとするタイプでもないけど、嘘の愛で先輩を傷つけたくない。だから、近いうちに妊娠したことはちゃんと彼に言うつもり。でも医者になることは諦めないでって、念を押すつもり。当面の生活費なら、私のこれまでの貯蓄でどうにかなるし、責任を考えるのは先輩がお医者さんになれてからでいいよって伝えようと思う。
 
 病院でエコー写真をもらって以来、すでに名前も考え始めちゃってる。まだ白黒写真の影みたいな姿しか見たことないのに、子を愛してしまう母性って怖い。妊娠が確定した日に見た一番星が忘れられないから、星愛(すたあ)って名前を真っ先に考えた。彼はあんまり、キラキラネームは好きじゃないかもしれないけど。ちょっと平凡だけど、愛(まな)もいいかな。古風な感じで、美久(みく)や光暉(こうき)とかもありかも…。
 
 ママやお兄ちゃんは、自分の物語は終わったって思って、転生なんて考えていないかもしれないけど、私、星野ルビーの物語の中で、二人の物語は終わってないよ。迷惑がられるとしても終わらせるつもりはないよ。私の命の中で、二人はまだ生きているから。もう生きたくないって思っても、何度でも生まれ変わってよ。二人は私が生きる標(しるべ)なんだから。
 
 復讐という役目を果たしたから未練はないなんてお兄ちゃんは思ってるかもしれないけど、復讐なんて考えずに済むフツーの自分の人生を生きてみてよ。お兄ちゃんが私に復讐なんて似合わないと思い止まられてくれたように、今度は私がお兄ちゃんに復讐なんて似合わない幸せな人生をあげたい。ママには、嘘なんてつかないで素直に愛したい人を愛せる人生をあげたいよ。大切な人を突き放す嘘をつかなくて済む人生をプレゼントしたい。私はママからたくさんの本物の愛をもらったから、今度は私がママに愛をあげたいんだ。
 
 なんて、おなかの子はママとお兄ちゃんの生まれ変わりかもってすっかり期待しちゃってるけど、もう一人は…パパかもしれないね。ゴロー先生とママとお兄ちゃんと私を殺そうとしたカミキヒカルかもしれない。彼だとしても、私は受け止めるよ。愛を与えるよ。死んでも何度でも殺してやりたいほど憎い相手だけど、私をこの世界に存在させてくれた人だから。ママだけじゃ私は存在できなかった。パパもいなきゃ、生まれられなかったんだよね。だから、ルビーの父親になってくれてありがとう。ゴロー先生とママとお兄ちゃんの敵(かたき)だけど、ちゃんと愛するから。人を憎まなくて済む、愛を独占しようとしない人に私が育ててみせるから。だから安心して産まれていいよ。今度こそ、四人で幸せになろうよ。私はアイドルだから、おなかの子たちも平等に愛する。ママがお兄ちゃんと私を平等に愛してくれたように。演技の嘘の愛じゃなくて、母親の本物の愛で、包み込むから大丈夫。
 
 でも…もしかしたらカミキヒカルじゃなくて、生まれられなかった私のお兄ちゃんかお姉ちゃんの可能性もあるよね。そうだとしたら、今度こそ、私と一緒に生きよう。この汚れた世界の美しさを教えてあげるから。私はさりなだった頃、母親の愛に飢えていて寂しい思いもしたから、私はどんなことがあっても、あなたの味方でいるよ。どんなにうざがられても、そばにいるよ。
 
 突然、お兄ちゃんが死んでしまった時…絶望した私はお兄ちゃんとママの元へ行ってしまおうって何度も思ったよ。私と関わった人たちはみんな、不幸になってしまうし…。だけどあの時、死ななくて良かったって今なら思える。お兄ちゃんが守り抜いてくれた私の命が続いたおかげで、この子たちを宿すことができたから。星のように輝かしい命たちと共に生きる希望をもらえたから。これほどやさしくてあったかくて幸せな気持ちになれたのは生まれて初めてだよ。おなかの子たちがくれるこの温もりを、忘れたくない。私の元で生まれてくれてありがとうって必ず、この子たちに愛をお返ししたいよ。
 
 おなかが張って目覚めた早朝、そんなことを考えていたら、空が明るくなり始めた。明けの明星はかろうじてまだ光っていた。今日こそ、明空先輩に打ち明けよう。私の胎内で密かに命を瞬かせている大事な三人のことを…。

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