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【データで検証】多民族国家オーストラリアの各人種は融和して住んでいるのか

多民族国家 オーストラリア

多民族国家であることで知られるオーストラリア。2023年度の統計によると、約820万人の人々がオーストラリア国外出身であり、その割合は30.7%と特筆すべきものとなっている。一方で、オーストラリアを地域別に見たときに、その民族の多様度は全国土に見られるものなのだろうか。

まず、オーストラリアの人種別人口を調査するため、オーストラリアの統計情報サイト「TableBulider」で情報を取得した。ここでは、2006年以降の国勢調査の情報が公開されており、データの種類別に並んでいる。それらを、取得したい地理的範囲および調査区の大きさでソートすることで、そのデータをCSVなどでダウンロードが可能である。今回は、オーストラリアで5年ごとに実施されている国勢調査「2021 Census - Cultural Diversity」よりAncestry multi response (ANCP) データを選択し、オーストラリア全域のSA1(Statisitcal Area1=最少の統計地区)ごとにデータを抽出した。

Ancestry multi response (ANCP) データとは、国勢調査では、居住者が自分自身の先祖を2民族まで選択することができるように回答項目が設定されており、そのデータをすべてまとめたものである。祖先の種類は、設定されている下記のリンクから閲覧できる。大陸ごとの民族分類(Oceanian, North-west European等)の下に、主に国ごとの民族分類(一部地域ごとの民族分類)がぶら下がっており、回答では国ごとの民族で回答できる。本稿では、このデータを回答者の「人種」と定義し、解析を進める。

人種どうしの地理的分布を示す指標「Dissimilality Index」

人種同士の地理的な分布、すなわち偏り具合を示す指標として今回用いるのが、Dissimilality Indexである。「Dissimilality Index」の考え方は、主にアメリカの研究では、白人コミュニティと黒人コミュニティがどれだけ分離しているか等を図る尺度して使われてきた。「Dissimilality Index」が0に近いほど各人種が対象地域内において均質的に分布しており、一方で、1に近づくほどそれぞれの人種が地域内で分離して居住していることを示す。この指標を算出することで、対象地域の性格も把握することができる(他人種に対して排他的な可能性が示唆される等)のが大きな特徴の一つである。他方で、各人種コミュニティの大きさは考慮していないため、単に地域の性格がこの指標から読み取れるわけではない点は注意したい。マイノリティ側の人口が極端に小さく、まとまったエリアに居住している場合は、対象地域の性格によらず、大きな値が算出されるからである。

また、今回は、オーストラリアに居住する3つの人種(白人系、アジア系、中東系)を対象に、SA2(Statisitcal Area2=2番目に小さい統計地区、Surburbとほぼ同じ大きさ。日本でいう丁目全体の地区単位に相当)内での3つの人種の地理的分布を把握するために、「Dissimilality Index」を拡張した「Multidissimilality Index」を指標として使用した。Dissimilality Indexは、式の構造上、2グループまでしか対象にできないのに対し、Multidissimilality Indexは3グループ以上も対象にし、地理的分布状況を算出できるため、今回の分析に用いた。Multidissimilality Indexに関連した研究は、下記のリンクに挙げられるような都市の多様性やと民族分布に関連するアメリカでの調査などがある。今回の解析では、以下の式に基づいて、Rにて解析を行い、Pythonの地理空間情報解析ライブラリGeopandasを用いて視覚化を行った。

Multidissimilarity Indexの式

各人種の人口分布の状況

まず、Tablebuilderで取得したデータより、SA2ごとの「白人系」「アジア系」「中東系」のオーストラリア全域での分布状況を図にまとめた。なお、ここでの「白人系」「アジア系」「中東系」の定義は、国勢調査で
「白人系」=「Australian」「New Zealander」「North-West European」「Southern and Eastern European」
「アジア系」=「South-East Asian」「North-East Asian」「Southern and Central Asian」
「中東系」= 「North African and Middle Eastern」
に含まれる人種に回答があったデータとし、カラースケールはその中央に、今回対象とした2454地区(SA2)のなかの、各コミュニティの人口の中央値がくるように調整してある。

図1 オーストラリアの白人系人口

今回比較する「白人系」「アジア系」「中東系」の中でもっとも多いのが「白人系」コミュニティである。英国植民地時代以降、白豪主義などを経てオーストラリアへの移民の大部分を占めてきたのが白人(ヨーロッパ系)人口である。白人系人口の分布の特徴は、オーストラリア全土にわたって分布していることであろう。人口の多寡はあるものの、シドニー、メルボルンといった大都市を擁する、人口の集中地域である南東部のニューサウスウェールズ州、ビクトリア州のみならず、全土にわたって人口の比較的多い濃く塗色されたエリアが広がっている。白人系人口が多いトップ10の地区は、2地区がビクトリア州地方部(Rest of Victoria)、3地区がメルボルン(Greater Melbourne)、3地区がニューサウスウェールズ州地方部(Rest of NSW)、残りがそれぞれパース(Greater Perth)、ブリズベン(Greater Brisbane)となっており、地方部、そして国土全域にわたって居住者が分布しているのが、白人系人口の最も大きな特徴といえる。

図2 オーストラリアのアジア系人口

一方で、近年人口が急増しているのが、アジア系人口である。2022-23年に永住権を取得した国籍別人口を見ても、1位 インド 2位 中国 3位 フィリピン 4位 ネパール とトップ5か国中4か国をアジア圏が占めている。地理的にもアジア・太平洋地域に位置し、上記の国々とも近接するオーストラリアへの移民の近年のトレンドともいえる。一方で、上述の白人系人口とは異なり、アジア系人口は、シドニー、メルボルンの2都市への居住者が圧倒的多数を占めることがわかった。アジア系人口の多いトップ10地区のうち、シドニー8地区(Greater Sydney)、メルボルン2地区(Greater Melbourne)が占め、上記にパース、ブリズベン、アデレードを加えた各州都近郊への居住者の偏りが大きい。なんと、居住者の多い順に並べると、上位351地区まですべてが都市部(パース、ブリズベン、シドニー、アデレード、メルボルンのいずれか)という結果となり、ようやく352番目に地方部(とはいえ、ゴールドコースト)が初めて現れるという結果だった。この結果から、オーストラリアの地方部が圧倒的に古参の白人コミュニティで構成されていることがうかがえる。

図3 オーストラリアの中東系人口

また、アジア系人口と同様に、中東系人口が多いこともオーストラリアの民族構成の特徴でもある。絶対数では、白人系、近年圧倒的な移民の供給源となりつつあるインド・中国を擁するアジア系には及ばないものの、2大都市を中心にコミュニティが形成されている。中東系人口の多い地区はトップ100までがシドニー(Greater Sydney)またはメルボルン(Greater Melbourne)に位置しており、その地理的偏向性はアジア系よりも大きいといえる。

各地域内の人種間の地理的偏りを表してみた

図4 オーストラリアの各地域のMultidissimilarity Index

図4は、オーストラリアのSA2ごとのMultidissimilarity Indexを表したものである。Multidissimilarity Indexは、1に近づくほどそれぞれの人種が地域内で分離して居住していることを示し、0に近づくほど人種ごとの分布に差がないことを示すため、この図では色が濃い地域ほど地域内で分離して居住していることを示している。図を見ると、比較的地方部において地域内での人種間の隔離が進んでいるような印象を受ける。Multidissimilarity Indexの値が大きい地域のトップ10は、ニューサウスウェールズ州地方部(Rest of NSW)が3地区、クイーンズランド州地方部(Rest of Queensland)が2地区、西オーストラリア州地方部が(Rest of Western Australia)1地区、首都特別地域(Australian Capital Territory)1地区、南オーストラリア州地方部(Rest of South Austrralia)1地区、北部準州(Rest of NT)が1地区、メルボルン(Greater Melbourne)1地区となった。ちなみに、トップ50の地区を見ると、ほとんどが地方部となっており、アジア系および中東系人口が多いシドニーはトップ50の中に1地区も入っていないという結果となった。他方、上述の通り、この値は各人種間の人口の大きさを考慮していないため、上位にランクインする地区はマイノリティ側の人口が比較的少なく。トップ10中5地区は、マイノリティ側の人口が20人を下回っていた。一方で、マイノリティ側の人口が比較的多いにも関わらず、この値が大きいということは、各人種ごとに地域内に居住エリアが固定されていて、居住エリアの分離が進んでいることを意味する。この問題は、マイノリティ側の人口が多い都市部の一部の地域で深刻な可能性が指摘される。地方部では、マジョリティ側(白人系)の人口が圧倒的多数を占めるため、それによるマイノリティ側がそのコミュニティに溶け込めないという問題がうかがえる一方、都市部では両者ともに一定程度の規模を誇りながらも、人種同士が居住エリアを共有していない現象が発生しているといえる。今回の解析では、SA2内での人種の分布を対象としているため、Surburbの中で(日本でいう丁目全体の規模)さらに居住エリアが分かれている可能性があるといえる。どの都市にも、チャイナタウンやリトルインディアなどの呼称を冠した、特定の人種や民族が集中して居住する地域は存在しているが、それがさらにミクロなスケールでの発生している可能性を示唆する結果となったのは、興味深いとともに、多民族国家とされる国々にも、さらに違った一面があることを垣間見る結果となった。多種多様な文化を背景とする人種や民族が共生することの意義を改めて考えさせられる分析となった。

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