【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第三章「皇女たちの憂鬱」 後編 9
馬に飼葉をやり終える頃、東の空が白ばみ始める。
彼らは焚き火の前に集り、冷え切った両手を炙る。
炎が、彼らの体を真赤に照らす。
しばらくすると、手が痒くなる。
痒いというより、痛痒いといった方が良いだろうか。
手のいたるところが真赤になって腫上る。
それでも、炎から手を離す子供はいない。
彼らに、昨晩炊いて残っていた飯が配られる。
もちろん、冬の夜空に凍っている。
そのままでは食べられないので、彼らはその飯も炙る。
ある程度、溶けたら、弟成は、一口、口に入れた。
―― じゃり!
まだ、固いところがあったようだ。
彼らの毎朝はこれの繰り返しだった。
冬の朝のことを考えると、まだ夏の方が増しだと思うかもしれないが、夏は夏で、弟成たちには厳しい季節であった。
昼間、馬方たちは馬を外に連れ出す。
その間、弟成たちは、厩の掃除をしなければならない。
馬は綺麗好きだ。
そのため、弟成たちも毎日のように厩の掃除をしなければならないが、彼にとってこの仕事はかなりの苦痛であった。
冬ならまだ耐えられる。
しかし、夏の厩は匂いが籠もる。
他の動物に比べれば、まだ増しなのだろうが、弟成にはちょっときついものがあった。
それでも、彼は口で息をしながら馬糞を掻き出す。
他の子供たちも同じようだ。
馬糞を掻き出した後は、古い敷き藁を掻き出し、新しい藁に敷き換えてやる。
この段階になると、匂いも大分なくなってくる。
むしろ、新鮮な藁の匂いが鼻をついて心地よい。
このまま、寝転がって仕舞いたいぐらいだ。
馬が厩に戻ったら、弟成たちは馬方について馬の体の汚れを落としてやる。
その後は、夜の飼葉を運び入れる。
そして、彼らの一日が暮れてゆく。
後は、飯をかき込んで床に就くだけである。
だが、夏の夜は、冬同様眠れない。
夜具を引っ剥がして寝るのだが、それでも暑い。
中には、裸になって寝る連中もいるが、必ず翌日には厠と友達になっている。
弟成も、全身汗を掻きながら、土床の上を転がり回る。
こういった時、地面に直接寝るのは気持ち良い。
彼は、右頬を地面に付ける ―― ひやりとする。
しばらくして、左頬に変える。
それを数度繰り返す。
隣で寝ている黒万呂も同じようだ。
それを何度か繰り返すうちに、夜が明ける。
冬と同じように、寝不足のまま飼葉を運び出す。
それが、彼らの一日だった。
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