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ほつれたセーター


ほつれたセーターの袖口。
ひょろひょろと伸びる細い糸をちょっと引っ張る。
そのまま全て線になってしまうような気がしてあわてて手を止め、わたしはライターを取り出し、ほつれた先を切った。


昔、柄が可愛いなと思って衝動買いしたセーターは、一時期結構な頻度で着ていたけれど、その分洗濯するほどにどんどん大きく伸びていって、”ちょっとだぼっとした可愛いセーター” から、"だるんとした裾のどうしようもないセーター" になってしまった。


あの頃、彼が言ったなんてことないセリフ。
「いいねその服。なんか、これみたいでかっこいい。」
そう言って見せてくれたのは、有名なミュージシャンだという大きな体の男の画像。そのでっぷりとしたフォルムに、サイケデリックな模様のセーターがキャンパスのように広がる。
全く知らない音楽ジャンルの、全く知らないその人の画像を見て「そうなんだ。」と答えるわたし。

いつも彼は、基本的にわたしを褒めたりなんてしなかったが、きっとそのミュージシャンが好きだったのだろう。
それからそのセーターを着たわたしを見かけると「それいいね。」とよく言った。


なんとなく気に入って買ったセーターは、いつしか、わたしの一番お気に入りの服になっていた。
会う度毎回ではなく、それでも時折思い出せるような頻度で、彼と会う時は、わざとそのセーターを着るようになった。


そのミュージシャンのことは相変わらず興味を持ったわけでも、音楽を聞くようになったわけでもなかったが、なんとなくその大きな体の彼も、わたしの中で特別な存在となった。
そのセーターを着ていると、なんだか認められたような、強くなったような気持ちになった。
なんとなく「大丈夫だ」と思えた。



今はすっかり着なくなってしまった、だるだるのセーター。
ほつれてしまった、わたしたち。
それでも、わたしはなんとなく、この服を捨てることができない。
このセーターはもう、わたしにとってただの服ではなく、その存在に意味を持ってしまったのだ。

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