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相手も人間なんだから。もっと肩の力を抜いて。ついでに笑って。

私は有名大学を卒業し、音楽やスポーツも出来、クラスや部活でも常に中心人物なっていてたことから、自分を多才で特別な人物だと思っていました。就職も難なくこなし、当然のように超人気企業に内定しました。私のプライドはエベレスト並みに高くなっており、仕事ができなさそうな人を馬鹿にすることがありました。入社後も年上の先輩や上司にも生意気だなと感じる程で、仕事も「あんなやつらにもできるんだから、俺には余裕でしょ。」と自分が出来ると高をくくっていました。イメージも「何でも出来るんだろうけど、鼻持ちならない感じが悪い人」と思われているといわれたこともあるようです。ドラえもんでいうところの、出木杉君とジャイアンをくっつけたような状態であったと思います。

意気揚々と入社しました。しかしながら仕事では、全くうまくいかないことが多かったのです。理路整然と論理的に組み立てて説明をしても、採用されることがありませんでした。なぜ自分がうまくいかないのかと悩んで、一時期は病んでしまいました。自分が小ばかにしていたアホそうなヘラヘラした同期の人たちが成績も良く、上司からも好かれていることを知り、余計に落ち込みました。

そんな中、長老のような顧問の方にポロっと言われた「相手も人間なんだから。もっと肩の力を抜いて。ついでに笑って。」と私の全てを見透かしていた言葉に気づいた時、私は当たり前のことに気が付きました。スキル的に優秀であることと、仕事として優秀なのは別物であるということを。おそらく学生時代も、人間として慕われていたのではなく、スキルと恐怖政治でねじ伏せていただけで、友達だと思っていた人たちは、スネ夫のような人たちだったのかもしれません。

しかし、それがきっかけで、私は、相手がどう感じるのかを重視することになりました。また自分がわからないことはどんなことでも聞くようになりました。最初は抵抗があったものの、「いやー、これ何回やってもわかんないんですよね。田中さん凄いっすね。あはは(笑)」と、自分が無知であることを開示し、にこやかに接するようにすると、どんどん意見を言ってくれるようになりました。その後少々時間はかかりましたが、グループの「率先して失敗する係」のような実験台のようなポジションを請け負うような、「何を言っても許されるキャラクター」になっていきました。今では、誰でも気が付いたことを臆せず指摘してくれるようになり、日々学ぶことが自分の主観の一人分だけでなく、周りの人数分にまで倍増したと感じています。これにより、私は成長速度が上がっていると思います。

久々の同窓会などでも「なんか角が取れたね」とか「表情が柔らかくなった」と指摘され、学生時代の私が以下に肩ひじを張って恐々としていたのかを察しました。その後仕事でも徐々に成果を出して出世し、今では部下を持つようになりました。

私にとっての「壁」は、「自分は常に何をやっても優等生でなければならないという恐怖心」でした。欠点のある自分をさらしてしまうと、周りから馬鹿にされ、居場所がなくなってしまうと無意識に考えており、絶対に下に見られてはいけないと日々恐れおののいていました。しかし、ふとした発言をきっかけに、意外と失敗したり、完璧に出来なくても良いことを体感しました。そしてその恐怖心の壁が消えてからは、周りの人を下に見るようなことも自然となくなっていき、周りの人を尊重するようになっていきました。結果として、仕事もプライベートも人間関係をうまく構築できるようになってきました。もしあのまま「壁」を乗り越えられずにいれば、将来は問題のモラハラ社員になっていたかと思うと、ぞっとします。

もし今後、以前の私と似たような境遇に見える新入社員がいたら次のように声をかけてあげたいと思っています。
「相手も人間なんだから。もっと肩の力を抜いて。ついでに笑って。」 (1599字)

投稿先

株式会社インソース
「壁を乗り越えた経験大賞」

結果

準大賞受賞