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現代川柳

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たてがみを失ってからまた逢おう  小池正博(『セレクション柳人6』)
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2021年2月の記事一覧

生まれなさい

生まれなさい

生まれなさい外に気球が待ってます  きゅういち(『ほぼむほん』)

きっと現代川柳は生まれる前のことをよく覚えている。それから、どうやって、じゃあ生まれよう、と決めたかを。

あの日わたしは生まれようかどうしようかぐずぐずしていて、服も決まらなかった。寝癖はまあついているといってもよかった。生まれる前の寝癖だったけれど。そのとき、男のひとが来て、私は少し緊張したが、生まれなさい外に気球が待ってます

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けど王子だろ

けど王子だろ

だけど君はアトランティスの王子だろ  小池正博(『セレクション柳人6』)

きみがぐちぐちいうのはわかる。もう帰りたかったのも。手が震えていたのも。

だけど僕は君に言う。
だけど君はアトランティスの王子だろ。 

現代川柳は、ずっと最後にそう言い続けているような気もする。いろんなことはわかる。そうなことも、そうでないことも。かなしいのもよくわかった。許せないのも。だけど君はアトランティスの王子だ

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ぢーっと待っている

ぢーっと待っている

ぢーっと待っているとちょろちょろと出る  いわさき楊子(『川柳裸木4』)

なにかを待っているとき、この句のことを思い出す。待ってないときもこの句のことを思い出す。
私にもいつか待っていたときがちゃんとあったんだよねということを、思い出すために思い出す。

どんな姿勢で待ったらいいんですか、と聞かれたことがあって私は、ちょろちょろでいいんじゃないですかね、と答えたことがある。

家に帰ってから、あ

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光りなさい

光りなさい

光りなさいと星のマークをつけられる  赤松ますみ(『現代女流川柳鑑賞事典』)  

「星の王子さまってなんでわざわざこの地球を選んでやって来たんだっけ」って時々人に聞いてみる。「この宇宙にはこんなにたくさんの星があるのに」

「好きだったんじゃないかな、地球が」
「遠くから凄く光ってたんじゃない、ここが」
「もともと地球にいたのに頭を打ってそのとき外から来た王子さまになったんじゃない」

いろんな

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みんな好き

みんな好き

花屋から出てくる人はみんな好き  伊藤美幸(『現代女流川柳鑑賞事典』)

ときどき沼のことを考える。私が一度も行ったことのない沼を。
「今、なに考えてたの?」と言われて、沼のことを考えていたのだけれど、「うん、沼のことを、ちょっとね」とは言えなくて、「まだ見たこともない、でもこれからきっと見ることになる花のことを考えていたの」と私は言った。
「花のことがずっと頭にあるっていいね」

眠るときや机に

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少しずつ部屋

少しずつ部屋

少しずつ部屋に命の缶運ぶ  竹井紫乙(『ひよこ』)

少し、って好きだなといつからか思うようになった。
少しだけ電車に乗るとか、少しだけ眠るとか、少しだけいない感じを出すとか。

少しが、好きになっている。

こどもの頃、テストにも本当はこう書きたかった。
少しだけわかりました、少しだけ2です。
少しだけわかった答えを書く。少しだけ、まるをもらう。それでよかったんじゃないか。
少しだけ嬉しい。少し

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クレヨンと棺

クレヨンと棺

三十六色のクレヨンで画く棺の中  樋口由紀子(『セレクション柳人13』)

現代川柳の中で死はカラフルで賑やかだ。それが終わりだとは感じられないからかもしれない。
現代川柳は生まれる前にも死んだ後にも想像をめぐらせる。生まれて始まるわけでも、死んで終わるわけでもない。ああやっと生まれるのか、これで何度目の死だろう、そんな風な、生まれることのふつう、死ぬことのふつう、がある。

俳句が目をゼロにして

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銀河鉄道のホームで

銀河鉄道のホームで

銀河鉄道のホームに置いてある脚立  赤松ますみ(『セレクション柳人1』)

『スター・ウォーズ』を観ていたら、バブ・フリックというとてもちいさなひとが出てきて、ロボットの C-3PO に一生懸命自己紹介していた。

「私の名前はバブ・フリックと言います。思い出をすべて失う前のあなたに一度会っています。でも私は私の名前をもう一度言います。私の名前はバブ・フリックです。あなたに会えて今とても嬉しいです

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海賊になろうよ

海賊になろうよ

海賊になろうよ雛が育ったら  松岡瑞枝(『光の缶詰』)

「ねえあのね、ジョイスは『ユリシーズ』をベッドに寄りかかりながら書いたんだって。文学って寝ていてもできるからすごいね。眠った後に始まるのかもね」

本から顔を上げて君が言う。私は黙って聞いている。窓を開けなくちゃ。

「眠ってる間に書くことって育つのかもね。眠って、眠って、こんなに眠ったらもう世界から見放されちゃうとも思って、でもまだ眠って

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ペガサスを産む

ペガサスを産む18ページ後方で  なかはられいこ(『脱衣場のアリス』)

現代川柳は少し未来を見るんだよ、と教えてもらったことがある。
たとえばほら、ペガサスを産むって書いてある。18ページ開いたら。
未来が見えているんだよ。
ほんの少し先の。

あのね。未来が見えるっていうのはね、終わりがわかっているっていうことでもあるんだよ。
でも終わりのことは言わない。
終わりのほんの少し前の話をするんだよ

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リカちゃんのふくらはぎ

リカちゃんのふくらはぎ

歩いたことないリカちゃんのふくらはぎ  八上桐子(『hibi』)

この句を見たとき凄くびっくりしたのは、リカちゃんって歩いたことないんだよね、という事実だった。
一緒に歩いたような気になっていることがある。ちゃんとその足でここまで一緒についてきてくれたよねリカちゃんありがとう、と涙ぐむことも。

でも私歩いたことないんだよね、あなたが思っているだけで、でもそう言ったらみんなに悪いような気がして黙

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君は私じゃないね

君は私じゃないね

種を取る君は私じゃないけれど  竹井紫乙(『菫橋』)

ときどき私は私が君より君であるような気がして、君の眼でいろんな風景を見た気がしたし、君の手でペンを握って書いていたような気もした、君の声で確かに「おはよう」と言ったとも、だから何度か私は「君は私じゃないけれど」と口に出す作業が必要で、私はそのたびに君から「わかってるよ」「知ってた」と言われたけれど、でもそれでも私は君に貼りついてゆくときがあっ

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この世は眠いところです

この世は眠いところです

さくらさくらこの世は眠いところです  松永千秋(『現代女流川柳鑑賞事典』)

どうしても人と比べて悩んでしまったりすることがある。悩んでも仕方ないんだけれど。
わかってて悩む。わからなくても悩む。

「うーん、いいとか悪いとかじゃなくて。殴れ、って思ったらいいんじゃない。なんか。ただそう思う。殴れ、って。
『無門関』っていうお坊さんが悟るための謎々ばかりの本があるんだけれど、なんかあるたびにたいて

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「けれども」がぼうぼうぼうと

「けれども」がぼうぼうぼうと

「けれども」がぼうぼうぼうと建っている  佐藤みさ子(『現代女流川柳鑑賞事典』)

ある人がこんな走り書きのメモを見せてくれた。やっていくための、続けていくための指針にしているんだよ、と言った。

  タモリのように淡々と

「たしかにタモリさんみたいに淡々と生きていれば、続くものがずうっと続いてゆくのかもしれないね」と私は言った。

「すごく悲しいときやすごく嬉しいときも淡々と、悲しくなりすぎな

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