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信心深いのか疑り深いのか|寺社が多いわが町

寺しかなく、思い入れもないわが町

今の住居に越して来て3ヶ月が過ぎた。ウォーキングついでに、ろくに知らない町の実態調査も兼ねてきたのだが、寺社仏閣が多いことに少々驚いている。

この家は元々、祖父母の家で父の実家でもある。子どもの頃に遊びにはきているはずだが、なんの思い入れもない

家に思い入れがないのと同様、町にも思い入れはない。たまにおもちゃや本を買ってもらった商店は軒並み閉店し、シャッター通りになっているのは少々切ない気分になった。人口減少などもあるが、大きな要因は都市計画のあおりで、市が見放したためのような気がする。

うちの周囲にコンビニもスーパーも何にもないのも、無関係ではないだろう。財政の厳しい市町村が合併したところで、貧乏は貧乏。税金も町内会費も高いし、帰れるものなら帰りたい

宗教施設だらけの町の東半分

と、愚痴を書くのが今日の本筋ではなかった。寺社仏閣が多いという話だった。大小様々な寺に加えて、かつては町のシンボルだった巨大な天満宮もある。

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木の陰になってしまったが、赤い柱が見えるだろうか。小山丸ごと参道で、石段の頂上に御本殿がある。天満宮と名のつく場所は全国に多くあるが、これほど見事なものはそう多くはないのだろうか、とさえ思う。

とにかくうろうろ歩きまわれば、いろいろな宗教団体(おそらく仏教系)の施設や駐車場がごろごろしている。ついでにいえば幸福実現党のポスターもすごく多い。これが、この町の少なくとも右(東)半分(わたしのウォーキングエリア)の特徴である。

なぜ寺社が多い土地があるのか

日本にはこのような寺だらけの町が、あちこちにある。仏教の伝来は平安時代まで遡る。寺は鎌倉時代、戦国時代、江戸時代で微妙に役割や目的を変えながら、町の人々を支えてきた。

寺が多いのは、町の人が菩提寺をコロコロ変えたからとか、宗派の勧誘競争が熱心だったからではない。

かつての村社会では、村のまとめ役的な任務を寺社仏閣が果たすことが多かった。いわば幕府の出張機関のようなもので、戸籍管理なども行なっていたようだ。どこの寺の戸籍にも載っていないと隠れキリシタンとか言われてしまうので、結構大変な役割である。

他には豊穣、豊漁を祈る。収穫が終われば奉納もする。さらに城に一大事があれば僧兵としても活躍する。もう何でも屋ここに極まれりである。寺が多いのは、町の人が特別信心深いのでも疑り深いのでもない。円滑で安心して生活できるまちづくりに、為政者にも住民にも欠かせない存在だったのである。

近所の小山(いまは公園になっている)が、かつてこの辺りを治めた城跡らしい。城なき今もその名残として、今も住民と寺社が共存しているのだろう。

と書いてはみたが、これらはあくまで推論でしかない。郷土の資料とかそういうものを調べれば何かわかるのかもしれないが、そこまでの執着もない

繰り返し執着がない、と書いているのには本当に馴染みが薄いということや家庭の事情のほかに、今の都市計画と思われるものに、創意工夫がみられないからでもある

人も町も老いるのは早い

子どもの頃の天満宮のお祭りといえば、ちょっとしたものだった。たくさんの屋台が出てそれは楽しみにしていたものだ。

祖父におもちゃを買ってもらったシャッター商店街も、あの頃はにぎやかだった。JRの駅から国道へ抜ける通りをメインストリートとして、その脇道も巻き込み多くの商店で賑わっていた。実際に見たことはないが、夕刻にはさぞ買い物客で混雑していたのだろう。

今のメインストリートは、かつての商店街の一筋隣りに新設された広い道路だ(立ち退きさせたのか、畑をつぶしたのかわからないが、よくそんな土地があったものだ)。JR駅前のロータリーとスムーズに接続するようになっており、車の通行には大変便利である

信号が不要なくらい車は通らないし、客待ちのタクシーもいないし、大手バス会社の停留所も見当たらないが。

歴史の止まった町

元メインストリートは意地で続けているような不動産屋や床屋、そして電車通勤の客目当ての飲み屋、居酒屋が残るばかり。地元の主婦が買い物に訪れるような場所ではなくなってしまった。いろいろアイディアを練っている人たちもいるが、かつての活気を取り戻すのは困難なんてものではあるまい。

とり

江戸、明治から昭和。かつての城とともに村を支えた寺社。今は寺社だけ残り、市役所も何もかも移転してしまった。移転した市役所の近くには巨大なショッピングモールが建ち、買い物客は車でそこに向かう。

寺社と個人商店が盛り上げてきた町は、すっかり老いさらばえてしまった。いや、新しい都市計画から見放されてしまったのだ。

静かな道はウォーキングにはちょうどよい。でも、歴史を捨てたツケがいつか周ってくるのでないか。そんな気がすることもある。



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