服は機械で作られていると思われている。
一昨日、学生時代の恩師、横田先生と、先生の学生さんと食事をした。
私は先生の服装史の授業が大好きで、年度末の授業が終わってから、先生に手紙を渡したことがある。
それから先生と仲良くなり、卒業して考えてみたらもう10年以上経つことに今驚いているけど(笑)、いつも「最近はどう?」とメールをくださる、正に恩師である。
一昨日は、「急だけど今日の夜空いてる?」という連絡があった。
行ってみると、その学生さんが「ボタンについて」の卒業論文を書いてるそうで、パタンナーとして、白いシャツの店レタルのデザイナーとして、ボタンについてどう考えているか聞きたいとのことだった。
本当は違うベテランのパタンナーさんに聞こうと思ったけど、急に体調が悪くなったらしく、代打みたいな形で呼び出されたようだ。
ボタンの話は置いておいて、横田先生の最近の学生に対する違和感の話になった。
横田先生はジェネレーションギャップがあったときに、必ずそのままにしない人である。
最近は、白いシャツに黒い下着を着る学生を不思議に思い、下着の下は「白やベージュの方が清潔感があると思わない??」と言っていたなと思ったら、実際に白いシャツの下にいろんな下着を付けた実験をして、学生にアンケートを取ったりしているらしい(そして大半が白かベージュと答えるのだそう)。
そんな先生は最近「今GUとか安い服屋が多いでしょ?だから、服って機械が作っていると思う人がいるのよ!工場の動画を観せたら、学生がこの前アンケートに『服は機械が作っていると思っていました。』と書いてきたの!」と言っていた。
昔は家庭洋裁が普通で、服は親が作ってくれるものだった時代なら、そんな考えにはならないのだろうけど、今の時代、家庭洋裁は一般的じゃなくなってしまった。
小学校の頃「今の子どもは切り身が泳いでいると思うらしい」と聞かされた。
大人には「今の子ども達は…」と言われたものだけど、魚の形がそれしか知らなければ、それが泳いでいると思うだろう。
服作りだってそうだ。
今は家庭科で実際切ったり縫ったりしないことも多いのだと言う。
服を作ることは手間のかかることだから、授業に組み込むことは難しいのかもしれない。
服作りの現場は地味で泥臭いものである。
ファッションはキラキラしていなければならないと思うのか、ファッション業界はそういった工場や、現場の様子を見せないところがあると思う。
そういう臭いものに蓋をしてきた。
結果、服は機械が作り、簡単なもので、だから安く売れるようになったんだ思う人がいてもおかしくはない。
実際は真逆の、工場といっても人間が一枚一枚縫うものであり、複雑で、安く売れるようになったのは、人件費の安い国で大量生産するようになったからだ。
以前は中国での生産は大変安く、コストメリットを出せたけど、もう中国も安くはなくなってきている。
中国の成長、円安の影響でコストメリットが出せないために、更に安い国を求めて、バングラデシュをはじめ東南アジアにシフトしてきている。
そういうのは結局、焼畑農業と変わりがない。
昔、生地の整理工場(※1)に行ったことがある。
レタルでは制作過程をUSTREAM中継していたので、「工場を撮影したいのですが」とお願いしたことがある。
答えはNOだった。
工場はいろんなブランドの生地を整理しており、中には有名なメゾンブランドの生地もある。
工場に守秘義務があるから映すことは出来ないと。
アパレルの工場の特殊性はそこで、自社工場があるブランドはごくごく僅かだ。
最近は工場見学が人気らしいし、たまに工場で製品が作られるまでの早送り動画などテレビで観ることがある。
しかし、あの撮影が出来るのは自社製品だからだろう。
それにアパレル商品は定番商品というのがごく僅かで、毎シーズン新しい商品が出るし、新しい商品については情報を公開することが出来ない。
そういった特殊性もある。
だから、一般の人にとって縫製工場というのは未知の世界なのかもしれない。
縫製工場の現場を伝える、服作りの難しさを啓蒙するのは、ブランドの仕事だと私は思う。
下請の工場がいくらネットにアップしても、説得力は限られていると思う。
ブランドがそれをやることで初めて説得力もあり、それが価値に繋がるのだと思う。
大手の海外ブランドのDiorやHERMESなどのメゾンはここ数年、そういった職人仕事にスポットを当ててきた。
お客様が実存的なことを求めていると思っているのではないかと思う。
DiorもHERMESもどちらも好評を博していた。
それらは全て無料だったけど、メゾンの歴史と叡智の結晶を伝え、その価値を可視化し、啓蒙することは、無料にしてもお釣りが来るくらい価値ある取り組みなのだろう。
もし、その場に子どもや若者が来ていたとしたら、将来DiorやHERMESを持つことに憧れる可能性もあるし、そこから良い職人が現れるかもしれないのだ。
啓蒙活動というのは、未来への投資だと思う。
横田先生は先に縫製工場についてのアンケートを取り、あるブランドの高級ラインの工場を学生に見せ、それからまたアンケートを取ったそうだ。
そうしたら「それは高級ラインの商品だから手作りしているんだろう」という答えが返ってきたらしい。
安い服がそんな手間をかけているのは俄かに信じられないようだ。
横田先生はそうした学生の想像力の乏しさを嘆いていたけど、ブランドをやる身としては、それが現状と捉えるしかないと思った。
私達がやるべきことは、日々何を考えて商品を作り、どういう工夫がされ、どういう工場で作り、どういう形で消費者の手に渡るのか、伝えることではないかと思った。
※画像は以前レタルと着物屋Rumi Rockの展示会でやった『レタルのシャツが出来るまで』というイベントのポスターです。
※1 整理工場とは、織り上がった生地に加工を施す工場です。毛羽を取り除いたり、洗っても縮まないように先に縮める加工をしたりする工場です。
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