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大衆本の世界史(2) ヨーロッパ編① : 人気コンテンツは?

 今回から近世ヨーロッパの大衆本を3回に分けて解説します。
 まず、国ごとの人気コンテンツとその違いをご紹介します。国によってはほとんど資料がないのですが、いくつか面白い発見もありました。

みんな物語が大好きだ!

 まず18世紀のイギリスの大衆本「チャップブック」の分類を元に、庶民が求めたコンテンツをさぐってみましょう。なお、子供むけの童話、字の書き方などはそれぞれの分類の中に含まれています。

宗教・道徳、日常生活、歴史・人物、地誌・地方史、旅行記・冒険譚、奇人・変異、散文物語・伝説・、ロマンス・妖精、劇、韻文物語、歌謡、ジョーク・ユーモア・なぞかけ、滑稽譚の詩、夢・占い・、運勢・予言、悪魔学・魔女譚、犯罪・犯罪者、その他
18世紀のチャップブックの分類(ハリー・ワイス)

 現代の書店に近い品揃えですが、これだけでは人気コンテンツはわかりませんね。しかし、よくみると「〜物語」、「〜譚(たん)」が多いことに気付きます。そのほか「劇」は当然として、宗教書の多くも聖人の物語ですし、歴史・人物、犯罪、歌謡もなんらかの物語として書かれていました。実用書の類は意外に少ないのです。

 つまり大衆本を手にする読者は、私たち同様に、男も女も子供も「物語」が大好物だったことが分かります。
 

人気コンテンツはお国柄と時代で変わる

 ヨーロッパ諸国は、ローマ帝国の知的遺産の上に、教会や行商人、吟遊詩人などの往来があり文化的につながっていました。このため、同じ物語が形を変えながら各言語で語られていました。例えば、イギリスの伝説であるアーサー王の物語が最初に本になったのはフランスです。

 しかし、人気の物語は、各地域の民衆の好みと時代によってかなり相違があります。全体像を示すことはとてもできませんが、いくつか例を引いて紹介します。

フランスは妖精や悪魔系が好み

 まずフランスの大衆本「青本」です。初期に人気があったのは妖精物語や魔法の国の物語です。ここではない異世界の話が好きというのは、現代の日本のアニメやゲームに近い感覚かもしれません。

ガルガンチュア、悪魔ロベール、テル・オイレンシュピーゲル

 「ガルガンチュア」は巨人が腕力で無双します。人をまるごと食べたり(進撃の巨人!?)グロも入っているので男子向けです。元ネタは16世紀のフランソワ・ラブレーの社会批判を含んだ小説でしたが、青本版は暴力と魔法とスカトロ部分だけを残し、難しい部分をざっくり削っています。

 お勧めは「悪魔ロベール」。ロベールは、子を持てない母が悪魔に願って生まれた騎士で、放蕩と苦悩の末に自分の出自を知り、罪を償うために奮戦します。オペラにもなっています。

 「ティル・オイレンシュピーゲル」は、14世紀のドイツに実在した人物らしいですが、物語では一休さんの知恵を持つ鼠小僧という感じです。持ち前のトンチと機転を生かして、金持ちや太った聖職者から金を巻き上げる物語は爽快で笑いをさそい、長く人気を保ったようです。  

 アーサー王やカール大帝の騎士物も定番です。
エイモンの4人の息子たち」はカール大帝にたちむかった兄弟の波乱万丈の物語です。青本だけでなく、ヨーロッパ各地の旧跡や祭りに足跡を残しています。

イギリス:ヒーローがいっぱい

 イギリスの大衆本「チャップブック」は、後発のため初期はフランスの書籍からの翻訳が多かったのですが、すぐにイギリス発祥の物語も増えていきました。ヒーローのバラエティに富んでいるのが特徴です。

脱獄王ジャック・シェパードとロビンフッド

 イギリス最大のヒーローは、ロビンフッドでしょう。チャップブックス初期から末期まで、悪の権力者を退治する物語は安定した人気を誇ります。13世紀の伝説が元になっていますが、チャップブックのキャラは少しずつ変わり、アメコミのバットマンがダークになったように、末期には単純な正義の味方から悩めるヒーローに変わっていたりします。

 犯罪や事件、スキャンダルはどの国の大衆本でも定番ですが、チャップブックはアンチヒーロー物が多いのもの特徴です。
 脱獄犯ジャック・シェパードはその典型で、何度も版を変えて出版されています。ジャックは、盗むために脱獄するのか、脱獄するために盗むのかわからないほど、死刑になるまで逮捕と脱獄を繰り返しました。
 イギリス人は、この手の実録犯罪ものが大好きだったようで、大量につくられ、後にまとめられて犯罪大全のような本まで出されています。

大衆本は児童文学のゆりかご

 大衆本は大人だけでなく子どもも読んでいました。当時の大衆本は、民衆の識字力に合わせて簡単な単語と文章で書かれていたため、子どもでも読めたようです。小さい子には読んで聞かせたのでしょう。
 最初は大人向けの文章でしたが、需要に応えて子供を対象にわかりやすい文章や絵を使った本が増えてきます。

チャップブック版「赤ずきん」1810年(大英図書館蔵:手塗り色彩)

 まず、フランスの青本が、上流階級向けに出ていたイソップ寓話シャルル・ペロー童話集などの童話本をパクって、人気を得ます。

 アラジン、アリババ、シンデレラ、眠れる森の美女、長靴をはいた猫、青い鳥など、現在もおなじみのキャラクターは、このとき青本に収録されて多くの庶民に知られるようになりました。

 一方イギリスのチャップブックは、子供向けに特異な進化をします。
 最初は先行するフランスの翻訳で始まりましたが、やがてオリジナルの作品も増えて、しだいに子ども向けが大きな割合を占めるようになります。チャップブックが衰退に向かった18世紀末には、大人向けと子ども向けの割合が逆転しました。その結果、現在の児童文学はイギリスのチャップブックから始まったといわれるまでになりました。

 さらに、18世紀に始まった庶民向けの慈善学校や日曜学校の教科書としても、チャップブックが使われるようになります。チャップブックは子どもに特化することで19世紀中頃まで生き残りました。

巨人殺しのジャック、ロビンソン・クルーソー、ガリバー旅行記

 チャップブックのオリジナル・ヒーローに、18世紀に創作された「巨人殺しのジャック」がいます。少年ジャックが知恵を使って無敵の剣、透明マント、早駆けの靴などを手に入れ、次々に悪の巨人を倒していく冒険談で子どもたちの人気を集めました。
 
 「ロビンソン・クルーソー」と「ガリバー旅行記」は、元々は上流階級の大人向けに書かれた本でしたが、チャップブックでは原著の長ったらしい教訓や説明をばっさりカットした結果、楽しい子供向けの娯楽作品として定着していきました。

フランスはレシピ本が人気

 実用本は、日々の生活が反映し、お国柄が強く現れるジャンルです。
 
 16世紀にベネチア大使が「フランス人は、食事にしか金を使わない」と嘆くほど、フランス人は食べることが大好きな国民でした。そのころイタリアのメディチ家の娘カトリーヌが、フランス王家に嫁いできます。彼女は大勢の料理人を連れてきて、王侯貴族に野菜・果物・砂糖、フォーク・ナイフの使用など最新の食文化を定着させていきました。

お菓子のレシピ Le Pâtissier françois の青本版

 17世紀になると、中流家庭向けに、これら上流階級のレシピをアレンジした料理本が何冊も出版され大好評となりました。これを青本がほおっておくわけはなく、たちまち海賊版が出回ります。また、青本の定番だった「暦」にも季節の野菜をつかったレシピなどが登場し、現在のフランス料理に近い料理法が庶民にも普及していきました。

 一方イギリスですが、実用とはいえないかもしれませんが、隠れた人気だったジャンルが、ジョーク集となぞなぞ集です。

貴婦人:「ねえ、私まだ40歳なのといったら、信じる?」
紳士 :「信じますとも。この10年ずっとそうおっしゃってますから」

ジョー・ミラーのジョーク集より

(問題)大きな口で、耳も目もなく、熱さも感じない。
    1回の食事で40人分を飲み込むもの、何だ?
(答え)オーブン

18世紀のなぞなぞ集より

 たわいもないジョークやなぞなぞを集めた本ですが、そこそこ人気があったらしく、次々に新版や再版が出ました。暇つぶしに使われたのか、それともおしゃべりのネタ本だったのか、イギリス的なひねったギャグのセンスはこういう本でみがかれたのかもしれません。

英仏以外のヨーロッパの大衆本

 英仏以外のヨーロッパ各国については、一覧できる資料がないので、ここで主なものを簡単にまとめておきましょう。

近世ヨーロッパの大衆本マップ

 スペインとポルトガルの大衆本は、プエリゴス・コルデル(ひものシート)と呼ばれました。印刷した紙を製本しないで4つ折り(全8ページ)にして、ひもにぶら下げて売っていたことからこの名があります。

コルデル本売り

 コルデル本はページ数の制約から、チャップブックや青本に比べ内容にバラエティは少ないですが、時事的・政治的な内容が多いのが特徴です。
 レペンティスタと呼ばれる詩人/楽師が、犯罪や事件・出来事を詩に乗せて叙情的に歌いながら売るスタイルが主流だったようです。

ドイツ大衆本では「ファウスト」が人気

 ドイツでは、後にフォルクスブーフ(民衆の本)と名付けられた大衆本が、17世紀初頭、青本とほぼ同じころに始まりました。
 ドイツとフランスは民衆の往来も多く歴史的に密接な関係があることから、青本とフォルクスブーフは、内容やジャンルでかなり似通っています。フォルクスブーフは、同じドイツ語圏であるスイスなどへも行商人により運ばれていたようです。

 イタリアでは、他の国より早く16世紀後半、歌や詩を載せた大衆本がフィレンツェやベネチアで大量に発行されましたが、なぜか17世紀には衰退してしまったようです。ただし、その形式や表現はフランスの青本に似ており、各国の大衆本の誕生に影響を与えたと考えられます。この時代のイタリアの大衆本を指す一般用語はないようです。

 なお、イタリアでは1850年代に、モンテレッジォという寒村が、突然北イタリア全体への本の行商センターになるという不思議な出来事が起きるのですが、それはまた別のお話。

スウェーデンの大衆本 (Skillingtryck)

 スウェーデンの大衆本 Skillingtryck(フィリングトリック)は、17世紀から発行されていて、歌謡や詩、物語など各国と同様に多様な内容を持っていました。
 フィリングトリックは、不思議なことに各国の大衆本が新聞などの普及で衰退した19世紀に最盛期を迎えます。事件や犯罪物が人気を集めたともいわれますが、はっきりした理由は不明です。

ヨーロッパ庶民の共通の物語を醸成

 ここまで見てきたように、ヨーロッパ各国ではほぼ同じ時期に大衆本が生まれ、相互に影響を与えあっていました。例えば、17世紀、スペイン生まれのドン・キホーテは、すぐにフランス語やドイツ語、英語を話し始めます。イギリスのロビン・フッドもフランス語を話していました。

 ヨーロッパの大衆本は、それぞれの言語で独自の物語をつむぐと同時に、ヨーロッパ庶民の共通の物語も醸成していたようです。

 大衆本を比較すると、ヨーロッパが文化的に共通の基盤を持ちながら、異なる言語でそれぞれの国を作りあげていった、世界でも特異な地域であることがよくわかります。
 ヨーロッパの人々が共通の物語を持っていたことが、EU結成を可能とした理由のひとつかもしれません。

おわりに

 ヨーロッパの大衆本は長い間、学術的には無価値なものとして無視されてきました。本格的な研究が始まったのは1964年に歴史家のロベール・マンドルーの著書「民衆本の世界」が発行されてからです。

 二百年以上にわたる文化でありながら時代変遷も含め、その全体像はまだよく分かっていないのです。今後の研究が待たれるところです。

(本連載の一覧)

(1)17世紀の謎・ヨーロッパと日本で大衆本が同時発生
(2)ヨーロッパ編① :人気コンテンツは?
(3)ヨーロッパ編② :「バラッド」 − 伝承からネタの宝庫に

(資料)

<書籍>
民衆本の世界 17・18世紀フランスの民衆文化(ロベール・マンドルー)
チャップ・ブック―近代イギリスの大衆文化 ‎(小林 章夫) →文庫版
イギリスの貸本文化 (清水一嘉)
英国の出版文化史 (清水一嘉)
イギリスの絵本の歴史 (三宅興子)
モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語 (内田 洋子)
   ※ 絶版本もあります

<Web>
Les antécédents lyonnais de la Bibliothèque bleue au xvie siècle 
La Bibliothèque bleue (QUI+EST)
Literatura de cordel (Wikipedia)
Female Saints in Early Modern Italian Chapbooks
Rötmånadshistorier: Sensationer i skillingtryck och andra media under 1500-talet, 1800-talet och 2000-talet

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