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自作小説

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詩ほど短くもなく、歌詞ほど曲は似合わず。 短編と呼べるほど長くもない、そんな物語たち。
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2021年7月の記事一覧

『無色のしあわせ』⑰/⑳

『無色のしあわせ』⑰/⑳

修道女は優しさに満ちている。
自分にできることが少ないかもしれないが、そんな中でも、まるで落ち葉の中からどんぐりを拾い集めるように、
私の拙い言葉一つひとつを、丁寧に耳を傾けて話を聞いてくれた。
そして持っている知識を総動員してアドバイスを授けてくれた。
最後は宗教の話になったが、いくら考えても答えが見つからない今は、
そうすることが一番心にすっと染み込むのかもしれない。
渇いた大地に雨が浸透する

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『無色のしあわせ』⑯/⑳

『無色のしあわせ』⑯/⑳

彼女はその日も図書館に来ていた。
コロルのことを考えるが、自分に何ができるかわからずにいた。
何か参考になる本がないか探してみるが、どういった分野にそんな答えが書いてあるのかわからない。

哲学や物理学、天文学の本も手に取ってみたが、〝貧しい少年の助け方〟はどこにも書いていなかった。
彼女は当てもなく本棚の間をゆっくりと歩いてみた。
すると前から一人の修道女が歩いてきて、彼女に気が付くと優しく微笑

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『無色のしあわせ』⑮/⑳

『無色のしあわせ』⑮/⑳

鐘を磨き始めてから何度か眠りまた起きてを繰り返した。
少しずつ鐘は本来の姿であろう輝きに近付きつつあった。
その間、少年は二人の見知らぬ人と接点を持ってしまった。
しかしまだセンセイに怒られてはいない。
むしろセンセイは部屋にもやって来ていない。
センセイにはきっと知られていないのだろう。

このまま鐘磨きの仕事を続け、完了したらまたパンをもらえる。
この仕事をやり始めてから、鐘の四分の三周ほどを

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『無色のしあわせ』⑭/⑳

『無色のしあわせ』⑭/⑳

非常にたくさんの情報が一気に押し寄せたため、体は熱くなり頭もぼーっとしていた。
部屋の窓の外に見える人通りを、彼女は見るともなく見ていた。

どの人も前か下を向き、行くべき所へ向かっている。
それぞれの行き先には待つ人や物があり、行きついた先の行き止まりには、きっと幸せがある。
だからどの人も後ろは振り返らず、脇目も振らずに前や足元を見て進み続ける。
街行く人達はそんな風に彼女の目に映る。

私は

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『無色のしあわせ』⑬/⑳

『無色のしあわせ』⑬/⑳

「やぁやぁ、そこのジェントルマン、ひとつ占って行かないかい?、っと行っちまった。
どいつもこいつもつれないねぇ。みんなシケた顔してるってのに、何かにすがりたくならないのかね。
おっと、これはこれは。上客のお出ましだ。」
占い師は手元に広げたカードを混ぜながら、こちらに向かってくる背の高い男の姿に気が付いた。
男は上下とも黒のスーツで、グレーのシックなネクタイをしていた。
頭には黒い帽子を被り、顔の

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『無色のしあわせ』⑫/⑳

『無色のしあわせ』⑫/⑳

少年は急いで部屋に戻り、毛布を頭から被ってうずくまった。
センセイ以外の人と接触した。
言葉はわからない部分も多くあったが、間違いなく会話をした。
どこかでセンセイに見られたかな、もしそうだったら、次にセンセイに会ったときに怒られる。
叩かれるかもしれない、大きな声を出すかもしれない。
センセイは怒るととても恐い。

以前に外へ出ようとしたときに外がまだ明るく、外は多勢の人が行き交っていたとき、近

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『無色のしあわせ』⑪/⑳

『無色のしあわせ』⑪/⑳

「全色盲?」と彼女は言った。声の主はあの占い師だった。
「全色盲。もうそれ以上色について教えるのはやめてあげな。
コイツの世界はすべて白黒。モノクロなんだよ。
色のことを言ったってわからないさ。」
と占い師は言った。
突然暗闇から現れた男の姿に驚いた少年は、すぐに路地から飛び出して行ってしまった。

「色がわからないの?病気?」
「生まれつきなんじゃないか?経緯はよく知らないけどな。
あーあ、せっ

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『無色のしあわせ』⑩/⑳

『無色のしあわせ』⑩/⑳

少年は身を隠すように路地に戻り、彼女も一緒に隠れた。
「センセイ、おこる」
「ごめんね、ここでなら少しお話できるかな。あなたのことを少し聞かせて。」と彼女が言うと、少年は小さく頷いた。不安そうで体は震えている。かなり怯えた様子で彼女のことを見つめていた。

「センセイって誰?学校・・・ってことはないよね。」
「センセイ、ごほうび、パン。」
「ご褒美にパンをくれるのかな。教会の鐘掃除のご褒美?
パン

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『無色のしあわせ』⑨/⑳

『無色のしあわせ』⑨/⑳

まだ太陽は見えないが空は徐々に白んできている。
あのコロルと呼ばれている少年が気になり、いつもより早く起きて図書館に向かう。
空には真っ白な月が、今夜の役目を終えて申し訳なさそうに佇んでいる。

昨日の手のケガはちゃんと手当したのだろうか。
夜や朝は何か食べているのか、ちゃんと寝て疲れは取れているのだろうか。
あの占い師はコロルが一人で生きていると言った。
両親のことも知らずに。
ボロボロの服で、

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『無色のしあわせ』⑧/⑳

『無色のしあわせ』⑧/⑳

少年は手のひらのケガには全く気が付かないまま夢中で走り続けた。

立て続けに他人と関わってしまいどうしたらいいかわからない。
センセイに知られたら絶対に怒られてしまう。
これ以上、人と関わらないように早く部屋に戻ってまた足音が少なくなるのを待とう。

部屋の前まで来て扉に手をかけたところで、手のひらにズキンと痛みが走り、ケガをしていることにようやく気が付いた。
痛みと、胸のざわめきと、センセイに怒

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『無色のしあわせ』⑦/⑳

『無色のしあわせ』⑦/⑳

少年は無事に布きれを鐘撞き部屋に戻し、再び扉を乗り越えて帰路に着く。
初日からちょっとしたミスをしてしまった。
布きれひとつ元の位置に戻し忘れたせいでセンセイに怒られるなんて嫌だ。
でもその布きれのせいで他人と出会ってしまうなんて。
どちらにしてもセンセイに怒られてしまうかもしれない。
次からは必ず元通りにして、人との接触はもっと気をつけるようにしよう。

少年が狭い路地から出て曲がろうとするとす

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『無色のしあわせ』⑥/⑳

『無色のしあわせ』⑥/⑳

朝の読書を終え一度家に帰ろうと図書館を出ると、向かいにある教会の正面入り口のすぐ横に黒いローブを頭から被り、紫色のシーツのような布を引いた机の上でタロットカードを混ぜる男の姿を目にした。

何年もこの図書館に通っているが、こんな男は初めて見た。
この辺りの人間ではなく、たまたまこの町に通りがかって占い屋を広げたのだろうか。
それともその風貌からの偏見かもしれないが、表立った活動ができずこれまで陰に

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『無色のしあわせ』⑤/⑳

『無色のしあわせ』⑤/⑳

修道院に併設された図書館は、身長の倍くらい高さがある本棚のすべての段に本が隙間なく並べられ、その本棚も隙間なく何列も続いている。

向かい合う本棚と本棚の間は広い通路となっており、所々に彫刻とベンチが置かれている。
彼女は天使と思しき彫刻たちが示唆する所はわかっていないが、神に仕える天使たちの優しさに満ちた笑顔が好きだった。子供の頃からこの図書館に通い続けていて、気心の知れた友人たちのように勝手な

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『無色のしあわせ』④/⑳

『無色のしあわせ』④/⑳

教会の裏階段を一番下まで下り、扉を乗り越えて路地へ出る。
鐘のある部屋から見下ろした時と比較して空も少し明るくなり、徐々に人影も増え始めていた。

狭い路地を抜け橋を渡る途中、教会の鐘の音が聞こえた。
これまであまり意識をして鐘の音を聞いたことはなかったが、改めて聞いてみると胸にすっと染み入るような、心地良い音のように感じた。

自分があの布きれで磨き続けることで音が変わっていくのだろうか、それと

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