見出し画像

『無色のしあわせ』⑩/⑳

少年は身を隠すように路地に戻り、彼女も一緒に隠れた。
「センセイ、おこる」
「ごめんね、ここでなら少しお話できるかな。あなたのことを少し聞かせて。」と彼女が言うと、少年は小さく頷いた。不安そうで体は震えている。かなり怯えた様子で彼女のことを見つめていた。

「センセイって誰?学校・・・ってことはないよね。」
「センセイ、ごほうび、パン。」
「ご褒美にパンをくれるのかな。教会の鐘掃除のご褒美?
パンをもらってそれだけ食べて生活しているの?
朝・昼・夜と三食栄養のあるものを食べてる、っていう生活じゃないのね?」
少し早口になって彼女は言うと、少年は不思議そうな顔で彼女を見やった。
彼女が言っている言葉が彼には理解ができなかった。

「ごめんね、早くしゃべっちゃったね。そんなに苦しい生活をしてるのね。
かわいそう。これ、今少しでも食べて。サンドイッチよ。」
そう言って包みからサンドイッチを取り出して少年に見せた。
彼は、差し出されたサンドイッチをまじまじと見た。
初めて見るこれが、食べ物なのかどうかも少年はすぐにはわからなかったが、わずかにいつものパンと似たにおいを感じたため、それが食べ物であると認識できた。

「初めて見る?サンドイッチ。中はトマトとレタスとハム。少しだけど食べて。」
そう言って彼女は口に運ぶ動作を真似て彼に差し出した。
動作を真似するように勧め、食べるように彼女は促す。
少年はサンドイッチを受け取り、自分の口へ運んだ。
「どう?おいしい?」少年は目をぎゅっとつむりながら一口だけ口に入れてゆっくりと噛んでみた。
初めて食べるトマトやレタスの食感に驚き、すぐに口から出してしまった。
感じたことのない食感が口の中に残っている。

「トマトが嫌だったかな。ごめんね。初めて食べた?
この赤いのはトマトって言うの。少し酸っぱかったかな。」
彼女は残ったサンドイッチの中身を広げて、トマトとレタスとハムを見せて言った。
「赤いのがトマト、緑色のがレタス、このピンク色のがハムだよ。」
「あかいの、トマト。あかい?」と少年は口の中に残る違和感に顔をしかめながら言った。

開かれたサンドイッチの中身を見ながら、彼はトマトを探しているようだった。
彼女は、コロルの視線がトマトに向かないことに気が付いたが、意味がすぐにわからずキョトンとしてしまった。
トマトの存在を知らないだけでなく、〝赤という色がわからない〟のかもしれない。

「みどり?」とコロルが言った。
コロルは緑も知らない?緑もどう説明したら良い?
もしかして色がわからない?どういうこと?
彼女が混乱していると、路地の奥から男の声で「全色盲だよ」と聞こえた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?