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『無色のしあわせ』⑥/⑳

朝の読書を終え一度家に帰ろうと図書館を出ると、向かいにある教会の正面入り口のすぐ横に黒いローブを頭から被り、紫色のシーツのような布を引いた机の上でタロットカードを混ぜる男の姿を目にした。

何年もこの図書館に通っているが、こんな男は初めて見た。
この辺りの人間ではなく、たまたまこの町に通りがかって占い屋を広げたのだろうか。
それともその風貌からの偏見かもしれないが、表立った活動ができずこれまで陰に潜んでいたのだろうか。

タロット占いが少し気になり、少し男に近寄ってみることにした。
「はいこんにちはお嬢さん。今日は何を占うかね?」
「お願いします。私はいつ結婚できますか?」特にテーマは何でも良かったが、占い師の善し悪しを測るには恋愛運が丁度いい。

「恋愛事かね。よし来たそこに座って。」と男は満面の笑みをローブから覗かせて彼女を客用のイスに座らせ、改めてカードをかき混ぜはじめた。
久々の客がよっぽど嬉しかったのか、まるで机の上で人形たちを踊らせているかのような手さばきだった。男の声は低すぎず高すぎず、しゃがれていたりかすれていることもない。
歳をとった熟練のようでも、若者のようにも感じない特徴の乏しい声質だった。

「最近この町に来たんですか?」と彼女は男に尋ねた。
「しーっ、ダメ、今集中してるから声掛けちゃダメ。」
「ごめんなさい。」

やがて男はカードを混ぜ終え一つの束にし、一番上のカードを一枚そっと裏返したまま静かに手に取り、そのまま伏せて彼女の目の前に置いた。「さ、あなた自身の手でカードを表にしてみて。」と男は劇のセリフのように言った。

彼女は手を伸ばして、自分の目の前に置かれたカードをゆっくりと表に返した。「羽の生えている・・・天使?逆さまの。」
「これは、えっと。なんだっけな。」男はぽかんと口を開け、自分の斜め上方向にカードの意味する答えを探すように目線を泳がせながら言った。

「どういう意味ですか?」
「たしか、節制だったかな。」男は自分の斜め上にその天使のカードが示唆するキーワードをようやく探し当てて彼女に言った。「うーんと、どうしよう。うん、よし。あなたはズバリ、出しゃばりだ。」

「どういうことですか?よくわかんない。質問の答えになってない。私はいつ結婚できるの?」
「そんなのはタイミングさ。俺にはわかんないよ。このカードは〝出しゃばるな〟って言ってる。」

「なによそれ。デタラメな占いね。帰るわ。」
「ちょっとちょっと、せめてチップくらいは置いていってよ。
カードを混ぜる間に集中してるのって、結構体力使うのよ?」
「知らないわ。全然参考にならない。帰る。」と彼女は言って席を立ちその場を去ろうとした。

「もうすぐ出会うことになる。ただし出しゃばるなよ?
そいつは運命の相手なんてものじゃないし、必要以上に関わったら、アンタ自身を苦しめることになる。
相手もアンタとの出会いなんてこれっぽっちも望んでいない。でも、もうすぐ出会ってしまう。」
男は先程のセリフ口調とはガラッと話し方を変えて、いかにも本当のことのような声色で言った。

意味深な言葉に彼女の耳は引き寄せられ、帰る足を止めてもう一度占い師の方へいぶかしげに向かい直して彼女は言った。
「どういうこと?そんな相手だったら出会うまでもなく素通りよ。」
「だと良いがな。」と言って男がローブから覗かせた顔はニヤッと笑っていた。

彼女は占い師の言葉をほとんど信じず忘れようとしたが、逆さまの天使のカードの絵と男の怪しげに笑った顔が脳裏に残っていた。

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