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『無色のしあわせ』⑤/⑳

修道院に併設された図書館は、身長の倍くらい高さがある本棚のすべての段に本が隙間なく並べられ、その本棚も隙間なく何列も続いている。

向かい合う本棚と本棚の間は広い通路となっており、所々に彫刻とベンチが置かれている。
彼女は天使と思しき彫刻たちが示唆する所はわかっていないが、神に仕える天使たちの優しさに満ちた笑顔が好きだった。子供の頃からこの図書館に通い続けていて、気心の知れた友人たちのように勝手ながら感じていた。

正面入口の正反対側は全面がステンドグラスになっており、こちらにも天使たちや女性や十字架が描かれている。
このステンドグラスはお昼の少し前の時刻に最も美しく輝き、図書館全体に鮮やかな光と色彩をもたらす。
たとえ曇りの日でも、雨の日ですら、どこからか降り注ぐ光はステンドグラスを通じて、この図書館の中を光で満たしてくれていた。
彼女は一日の中で最も贅沢なこの空間と時間をゴールデンタイムと呼び、とても気に入っていた。

読む本はなんでも良く、様々な本を手に取っては光の中で読みふけり、ゴールデンタイムが過ぎる頃まで図書館で過ごすのが日課となっていた。
この図書館は町の外れにあるため滅多に人は来ず、いつも彼女はこの幸せを独り占めしていた。
予定がない日は朝から昼過ぎまでこうして過ごしている。

図書館を出る頃にいつも隣の修道院から多くの修道士がミサか何かを終えて出て来る。
修道士や修道女はいつも笑顔で、彼女を見つけると優しく微笑んでくれた。
それに対し彼女もまた笑顔で小さく会釈を返していた。

中には話しかけてくれる修道士もいた。
会話の経緯は忘れてしまったが、一度修道士の目指す思想について話を聞いたことがあった。
彼女には難しくてよく理解できなかったが、修道士はどうやら、必要以上に物を求めず、結婚もしないらしい。

それだけでも(少なくとも現在の)彼女にはとても理解できず、とてもではないが自分には実践できない難しいことのように感じられた。
それなりに流行のファッションに身を包んでみたいし、話題のグルメは味わってみたい。
そしてステキな人といつか運命的な恋に落ちて結婚もしたい。
周囲の友人も皆同様であり、修道院は物理的にはこんなにも近いのに、遥か遠い世界のように感じられた。

ただ、いつも笑顔であいさつを交わしてくれる修道士や修道女はとても良い人たちで心から幸せそうな笑顔をしていた。
彼らと私の考え方や求めているものはこんなにも違うのに、お互い共に笑顔を交わしていることが不思議で仕方がなかった。

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