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『無色のしあわせ』⑮/⑳

鐘を磨き始めてから何度か眠りまた起きてを繰り返した。
少しずつ鐘は本来の姿であろう輝きに近付きつつあった。
その間、少年は二人の見知らぬ人と接点を持ってしまった。
しかしまだセンセイに怒られてはいない。
むしろセンセイは部屋にもやって来ていない。
センセイにはきっと知られていないのだろう。

このまま鐘磨きの仕事を続け、完了したらまたパンをもらえる。
この仕事をやり始めてから、鐘の四分の三周ほどを磨き終えた。
音の違いはいまいちわからないが、見た目は明らかに輝きを取り戻し始めている。
見た目を目標にしたが、終わりは確実に近付いているはずだ。
寝床にあるパンも、残り四分の三程ある。
鐘を磨いて一周終わる頃には、パンもまもなく食べ終わるだろう。
そして新しいパンをもらえるはずだ。

少年はふいにあの時の、突然食べるように促された見知らぬ食べ物の味を思い出した。
味わったことのない舌触りと食感。
かすかに感じた、パンのような香り。
口に入れてすぐに驚いて吐き出してしまったが、あの人はそれをいつも食べているのだろうか。とても変な味だった。

あの人はどういうつもりだったのだろう。
食べ物をくれるということは、センセイと同じことをしているのだろうか。
でも、何か仕事をあの人からもらったわけではないし、何も完了していない。
それなのにあの人は食べ物を差し出した。
何が起きたかまったく理解できない。
あの人のことを考えると、頭がぐるぐるしていろんなところが痛くなる。頭がぼーっとしてくる。

やめよう、これ以上考えたらこの場にうずくまってしまう。
鐘撞き部屋でそんなことをしていたら、あの鐘撞き男が鐘を鳴らす時間になりやって来てしまう。

すると突然、外からハトが一羽飛んできた。
まもなく朝がやってくる。また新しい日が始まる。
今日はこれくらいで終わりにしよう。
順調に作業は進んでいる。
毎日少しずつでも同じことを続けていけば良い。
少年はいつも通り、布きれを元あった場所に戻し、鐘撞き部屋を後にした。

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