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『無色のしあわせ』⑦/⑳

少年は無事に布きれを鐘撞き部屋に戻し、再び扉を乗り越えて帰路に着く。
初日からちょっとしたミスをしてしまった。
布きれひとつ元の位置に戻し忘れたせいでセンセイに怒られるなんて嫌だ。
でもその布きれのせいで他人と出会ってしまうなんて。
どちらにしてもセンセイに怒られてしまうかもしれない。
次からは必ず元通りにして、人との接触はもっと気をつけるようにしよう。

少年が狭い路地から出て曲がろうとするとすぐに人とぶつかってしまった。少年は尻餅をついて転んだ。
「ごめんなさい、ケガはない?」とそのぶつかった相手が言った。「さ、手を出して。立てる?」
少年は彼女の手を避けるように立ち上がるとすぐに走り出した。

「待って、手、ケガしてる。」
尻餅をついた拍子に咄嗟に地面に出した手のひらは擦りむいて赤く血が滲んでいた。
「手当しないと!」と彼女は少年の後を追いかけようとしたが、少年は風のように走り去っていき、すぐに追いつけなくなってしまった。

ちょうど先程の占い師の前辺りで彼女は追いかけるのを諦めた。
「やれやれ、言ったそばから出会ってしまったな。」と占い師の男は独り言のように、誰かに向けるでもなくつぶやいた。
「これが出会い?結婚とは関係ないでしょ。」と彼女は応えた。

「偶然の出会いか、すれ違いか、はたまた運命か。」
「なんでもない、ただぶつかっただけ。大丈夫かな、あの子。」
「おやおや、ずいぶんと気になってるね。
それじゃあやっぱり運命ってやつかな。
アイツの身なり見たか?ボロボロの服で髪もボサボサで。」
「確かに。そうだった。」
「気になるなら、もう少しアイツのこと教えてやろうか。アイツ、自分の両親のこと知らないんだぜ。」

「知らない?どういうこと?」
「気付いたらあいつは一人ぼっちだった。そして一人でずっと生きてきた。
アイツの呼び名を教えてやろう。俺はあいつをコロルって呼んでるぜ。コロコロしてかわいい名前だろ?
ま、本当の名前なんて知らないし、そんなものないかもしれないけどな。」
「コロル。」彼女はその名前を口に出して言ってみた。「一人で、あんなにボロボロの姿で生きているのね。かわいそう。」

「最近コロルはあの教会の鐘を一人で掃除している。
今日はたまたまこんな時間だが、もう少し早く本当は帰りたかったんだろうな。」
「あんなに小さいのに一人で生きているのね。
ご飯とかちゃんと食べてないのかも。あんなにやせ細っちゃってて。
何か私にしてあげられることはないかな。」

「しばらくの間はアイツは毎日来るだろうから、明日にでもまた来れば会えると思うぜ。
今日はちょっとした問題が発生したせいでこんな時間になっちまったがな、今度はもう少し早く来れば会えるんじゃないか。」
「ありがとう。占い以外では役に立つのね。」
「おいおい、褒めてくれるじゃないの。
じゃあチップをくださいな。良い情報をたくさんあげただろ?少し、って自分で言ったのにたくさんしゃべっちゃったなぁ。」
「少しよ、はい。」と彼女は、机にチップを一枚置いた。

彼女は急に出会ってしまった少年コロルの事を考えながら帰路に着く。
身なりはボロボロで、占い師の話では両親のことも知らずに一人で生きているという。
そして教会の鐘を毎日掃除している。
あまりにもかわいそうな境遇の少年に自分ができることは何か、何をしてあげられるか。

「出しゃばるな、って言ったのに。やっぱり俺の占いはよく当たる。いや、俺が発破をかけたか。」と、占い師は彼女の背中を見ながら独りつぶやいた。
今度は誰にも聞こえないくらいの声量で。

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