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『無色のしあわせ』⑯/⑳

彼女はその日も図書館に来ていた。
コロルのことを考えるが、自分に何ができるかわからずにいた。
何か参考になる本がないか探してみるが、どういった分野にそんな答えが書いてあるのかわからない。

哲学や物理学、天文学の本も手に取ってみたが、〝貧しい少年の助け方〟はどこにも書いていなかった。
彼女は当てもなく本棚の間をゆっくりと歩いてみた。
すると前から一人の修道女が歩いてきて、彼女に気が付くと優しく微笑み、会釈をしてすれ違った。

すれ違った瞬間、「あなた」と修道女に声を掛けられて彼女は足を止めた。
「思いつめた顔をしていますね。
私で良かったら少し聞かせてくれませんか。」
「ありがとうございます。」
「あちらに座りましょう。」修道女に促され、彫刻のそばにひっそりと置かれたベンチに二人で腰を掛けた。

「私、わからないんです。」大きく深呼吸をしてから、彼女はゆっくりと話し始めた。「私にできることって、なんだろう。」
コロルは人と関わってはいけない。
コロルの話を具体的に出してしまったら、間接的にでもまたコロルに迷惑をかけてしまうかもしれない。
具体的な話は出さず、抽象的に、私の悩みだけ聞いてもらおう。

「助けたい人がいるのね。」修道女が言った。
「そう。でも、相手は私の助けがいらないと言う。
はっきりそう言われたわけではないけれど、私の心配は逆に迷惑になってしまっているみたい。」自分でもどう説明していいかわからなかった。

「そのお相手は、本当にあなたの助けを必要としているのかしら。」修道女の言葉に、彼女ははっとした。「あなたの助けを本当に必要としているときには、
そのお相手の目を見た時、自然とあなたの頭に、
心に、その答えが降りてくるのではないかしら。
何も降りてこないのならば、そのお相手はあなたの助けを必要としていないのかもしれません。」
「私の助けは、いらない。」
「少し厳しい言い方になってしまいました。申し訳ありません。」
「いえ、いいんです、大丈夫です。」

修道女は間違ったことは言っていない。そういえば占い師も初めから言っていた。〝お節介〟だと。
コロルの姿を目にしてかわいそうだと思った。
でもよくよく、あの子の目をちゃんと見てあげられていただろうか。
あの子の言葉を充分に、丁寧に拾い集めてあげられていただろうか。

「もし、それでもあなた自身が、そのお相手のことをどうしても助けたいと望むならば、
ありきたりかもしれないけれど、私たちの真似をしてみてください。
こうして胸の前で手を組むんです。
あなたは信じている宗教はあるかしら。
その宗教の作法にそぐわないならば申し訳ありません。
もし特に信じる神がいないのならば、良かったら真似をしてみてください。」

「特定の信じている宗教はありません。やってみます。ありがとうございます。」
それで何が変わるのかわからないが、何かにすがり自然と答えが見つかることを祈ってみるのも良いかもしれない。

「具体的なアドバイスができなくてごめんなさい、私もまだまだ修行中の身で。
私は祈ることで、何度も心が救われたんです。
考え方を良い方向に変えられたんです。
もし祈って答えが出なくても、手を組めば指先が温まりますよ。
この街は雨も多く冷えやすいですから。」
そういって申し訳なさそうに微笑んで、修道女はその場を後にした。

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