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戦時下の昭和18年、子どもが産まれたー物がない中でも、皆が持ち寄ってお祝いだ!

日中戦争が始まった1937(昭和12)年の11月ごろ、各地にこんな年賀はがき印刷見本が届いていました

とにかく「科学」と付けた雑誌が戦時下に氾濫

大日本帝国の大和魂を育てたのは熱い銭湯らしい、明治と昭和の街の声

名前は仰々しいが、絶望感しか感じさせてくれない「一億憤激米英撃摧運動資料・食糧の挙国決戦増産」

何でもネットに転がっているわけじゃない。本に詰まった情報をなめていたら、何かを調べることなんかできっこない

軍事はカネが必要。ならばどこから捻出するかー通常経済の逆を行く戦時経済

テニアンで戦死した歩兵第50連隊・松田和夫大尉の妻の手記を読むー戦争を挟む激動の80年余、最後に訴えたかった事

用済みの入営祝いの幟、布も貴重な中ではリサイクルすることもままありました

早くも1943年、子ども向け科学雑誌に「一億玉砕の決意で撃滅せよ米英」って、科学らしさがみじんもない

戦争のため「家」を最大限利用する、国民精神総動員中央連盟

1941(昭和16)年発行の講談社の絵本「ヒットラー」を読むーなるほど、プロパガンダとはこういうものかと学ぶ

太平洋戦争下の唯一の衆議院選挙、翼賛政治体制協議会推薦候補が圧倒的だった選挙の一端を見る

軍や国が最初に目を付けるのはやっぱり教育だと実感

長野県の松本市役所が1942年ごろ備えた防空用の冊子を見るーおいおい、やはり精神頼みかよ(松本市のせいではない)

戦前は健兵健民が突き進んでいった先に「遺伝疾患撲滅」を掲げた国民優生法が登場ー今は医療改革の名の下に尊厳死、か。

昭和12年正月の大阪毎日新聞付録「最近の東亜形勢図解」は陸軍の宣伝ー同年の在郷軍人点呼で利用の地図と比べれば…

中部軍司令部監修の月刊誌「国民防空」を読む(上)ー空襲の七つ道具とは

勉強内容も「戦争に役立つ」に重きを置かれる中、須坂中等学校の英語教師は戦争に勝つため、ではありつつ「本物の英語」を真剣に指導しぬく

太平洋戦争下の衆議院議員選挙、権力側は、あの手この手で動員や宣伝を図るー隠れた翼賛選挙の実態

防空壕と呼ばず「待避所」と強調して臣民に空襲の消火を義務付け、浸透を図っていたのが大日本帝国でした

中部軍司令部監修の月刊誌「国民防空」を読む(中)ー科学が登場するも、結局は精神。そして自己犠牲の称揚

貴重な実物資料の背景を調べるにも、本は不可欠。膨大な記録を残してくれた先人のおかげで実物資料も目覚めます

歴史を知りたいなら、やはり本は欠かせない

ごみに見えるボロボロの紙ですが、大日本帝国陸軍騎兵第14連隊の献立表です。平時の兵営の食事から見えること。

展示会場で「どうやって収納しているんですか」という質問が多かったのでお答えしますー隙間狙い(´・ω・)

空襲に対する臣民の覚悟は、隣組を通じて伝達ー既にバケツも不足の時期、火を消すことを徹底

中部軍司令部監修の月刊誌「国民防空」を読む(下)ー危機感が出たころは資材不足

「防諜」を理由に写真撮影もがんじがらめー国策追随で息をつなぐ様子がひしひしと

戦時下、新聞社が作った防空対策本を読むー大手紙は政府迎合、骨を示した石橋湛山

第8回展示会で気配りしたところと、準備段階で感じたこと

日中戦争開始に伴い、作られなくなった鳥観図ー軍機保護法に何がひっかかるかわからんのだ

戦時下のワイン事情ー水中聴音機増産のおかげで奨励されるも、ひどい品に

松屋の通販カタログ「松屋グラフ」の1933年5月号は平和なゆかたの特集と思ったら、やっぱり…

憑いて回った兵隊の成績

展示会の終了は会場撤収ではなく、使用資料をパネルから外して戻すまでー実際の戦闘も似てるとインパール作戦で学ぶ

日中戦争で負傷兵が続出、1938年に厚生省外局として傷兵保護院が設置され、小学校で理解を深める活動も行いました

国策紙芝居、どう展示すればよく見てもらえるか、で行きついたチープな方法

第8回展示会「戦争だ! 女、子供も! ついでにビールも! 展」チラシとポスター、完成しました(^^♪

中部軍司令部監修「国民防空」を読むー番外編ー戦時下防空商品の広告推移に時世を見る

日中戦争下、1940(昭和15)年ごろの銃後風景ー長野県諏訪郡豊田村にて

大慌ての新聞社からの手紙が物語る戦局の悪化

<戦時下の一品> 戦時宣伝と戦時標語の入った「しおり」

第8回展示会準備ーこんな感じで整理してパネル作り…遅々として進まぬが、帳尻はいつも合わせてきました

初めはささやかな第一歩-続けていれば何かが変わる

さんざん防空演習やっても、田の草取りは偽装が必要になって「航空陣鉄壁なり」と言われてもなあ( 一一)

平時の軍隊の姿伝える絵葉書。これだって貴重な資料だ

第8回展示会、準備完了しました!13日から18日まで午前9時半から午後5時、長野市のギャラリー82で開きます!

政府(情報局)からの圧力で題名を変えさせられ、戦争の深まりにつれて内容も凄まじく変化した「キンダーブック」

戦時下長野県の女性の職場進出を新聞連載に見た