平等院

さんきゅう!
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雪の平等院

今年、京都には雪は降りそうにない。ということで雪の写真を。自宅から一番近い世界遺産・平等院と他の雪景色など。いわゆる記念写真的なものである。それでもこの4枚の中にすでに歴史が変わった、代替えが進んだ1枚がある。

日常をアートに変化させて写した写真もあれば、撮っている私本人も「ま一応ね」なんて思って撮った写真が後日「もう撮れない」1枚となる事がある。

この大鳥居は2018年、関西を襲った台風で倒

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ありがとうございます、嬉しいです♪
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藤原頼通が関白になる (1020年1月18日)

藤原頼通関白に就任する ( 1020年1月18日 [ 寛仁3年12月21日 ] )

頼通が父藤原道長の別荘を寺院とした平等院。

全体としての本尊は、
いまは残っていない本堂の大日如来であったそうで、

密教の中心である大日如来が本尊ということは、
現存する鳳凰堂の阿弥陀如来に関して良く述べられる「浄土教」の信仰の形も
「密教」の一部として発生したと見るべきなのでしょう。

(随時更新)

ありがとうございます!!
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平等院鳳凰堂

いつものように、京阪電車一日中乗車券「宇治・伏見1dayチケット」を使って、カメラをリュックに押し込み、いざ出陣!😅

ここも、2、3年程前に保存修理修繕工事が完了して鮮やかな朱色が綺麗です。
我が膝元の姫路城も白が鮮やかなんですが、朱色と違って少し汚れが目立つんです。
どちらも天気の良い青空には冴え感動します。

姫路城も水面に映るポイントはあるのですが、天守しか映りません。
が、平等院は建物

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ひなえみ如是我聞~平等院~

こんにちは!
平等院へ行ってきたので、解説&レポートとして残します🌼

平等院は1052年に藤原頼通によって、父道長の別荘「宇治院」をお寺に改めて創建されました。現在は特定の宗派に属さず単独寺院となっています。
1052年といえば日本で末法の始まる年!阿弥陀堂や浄土式庭園を拵えたことにはそれが背景にあるようですね 💭

拝観券のデザインは数パターンあるようですが、今回は雲中供養菩薩でした!

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平等院鳳凰堂。

京都・宇治の平等院に行って写真撮ったら、ちょっとやってみたかったことがあるんです。

これです。ドーン💥↓

ちょっと触ってみるとこうです。↓

こういうのとか。↓

ガキみたいですけど、こういう遊びもスマホ1つでやりやすい時代に。左右でちょっと角度が違いますけど、ご愛嬌。

半分だけじゃ欲求不満

になりますので、まともな写真をどうぞ。

水面に映る姿にもご注目。↓

そして、境内の秋。🍁↓

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スキありがとうございます!
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私的好きな硬貨の順番

私達が使用している硬貨だけども、1円玉、5円玉、10円玉、50円玉、100円玉、500円玉と6種類ある。

そこで好きな硬貨の順番を上位から書いていく。

第一位 500円玉

ワンコインでランチ食べられるとか500円玉貯金など、よく聞く内容だから。

第二位 100円玉

自動販売機でサントリーやキリンなどの缶コーヒーが100円で買える。あと麻雀のレートで点1(ピン)にするなど、キリのいい数字で

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仕事しながらミヤコ蝶々オンステージ、離婚小話や遺骨のあり方、平等院よりもミヤコ蝶々の方がいいシャレオツ、、、ってか平等院とか知らんし、本土の繊細な、洗練の、垢抜けた、というの、、、無理。玉泉院は知ってるけど!。

愛情の裏返しって言うけれど、裏返さない方がわかり易い場合もあります。
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第二巻 第六章 摂関政治と国風文化

〇藤原道長(中年)UP
N「藤原氏がその栄華の頂点を極めたのは、道長の代だと言われている」

〇藤原道隆邸・庭
矢場が設けられ、道長(青年)と伊周(道隆の息子、少年)が矢を競っている。
見ている道隆(中年)ら貴族たち。
N「しかし道長が若い頃には、摂政・関白の地位は兄の道隆に独占されていた」
道長「(きりりとした表情で)我が家から帝・后が出るなら、この矢よ、当たれ!」
ひょうと放つと、見事に当

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京都府内の石造物⑮:浮島十三重層塔

名称:浮島十三重層塔

伝承など:なし

所在地:京都府宇治市 宇治公園

宇治川に浮かぶ人工の浮島を含むエリア・宇治公園は、平等院に隣接して観光客で賑わうが、その一角に一際目を引く巨大な層塔が建っている。

浮島十三重層塔と通称されるこの層塔は、鎌倉時代中期の弘安九年銘を持ち、相輪こそ後補であるが総高十五メートルを超え、中世以前の層塔としては最大の高さである。

西大寺の叡尊が宇治橋を修造した際

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