「八橋還り」 - やばしがえり、note企画 #里帰り 参加短編小説 -

「八橋還り」 (やばしがえり)
オリジナル短編小説です。 著 赤城 春輔


ちゃらちゃら、雪駄(せった)の音が鳴る。
さくさく、雪上の音に塗る。
徳川の代は変われど、深雪はいとも変わらぬや。


「これは、江戸に下るわ! 」
住吉津(すみのえのつ)に暮れ行くお天道さまが、八百八橋と細江川沿いの白雪に紅を点(さ)されるのを、尾張藩書物奉行、山手頼信(やまてのよりのぶ)が袖の内で腕組みして、高欄から眺めている。
「別品な画や、住吉さんに奉らなあかん。
やっぱり、里はえいなあ!」
潮香る大坂の家々に、思わず鼻を擽られて笑顔になる。ふと女が呼んだ。
「大きい声や思うたら、頼信はん! 」
 奉行が振り向くと、橋の袂(たもと)に、艶髪を整えた幼馴染みのお美代が、深緋色(こきあけいろ)の風呂敷を抱えて、頬赤く笑顔で立っていた。
「頼信はん、帰ってはったん! ……なんや、もしかして辞めはったん!?」
頼信も、天晴れに突っ込み返す。
「ちゃうわっ、里帰り!」
そうやって、お互い声高に笑い合う。
「冗談や、元気で良かったわあ! 」
「ほんま変わっとらんなあ、お美代は! 」
さくさく、ちゃらちゃら、わははは。
川沿いの雪路を歩めば、二人の細長い影の手があたる。頼信が心地良く告げる。
「顔も目も声も、大きく変わらず、元気で安心したわ! 」
すると不意に、お美代は歩をやめて、声を詰まらした。
「……、変わるよ……。……結婚、……するねん。」
頼信がはっとお美代を見返えせば、片手で伏し目を押さえ出し、
「明後日、行くねんよ……。
……何で……、もう少し早よ来てくれへんかったん?
……言うても、会いに行かれんかった、結婚断り切れんかったうちも悪いんや……。」
父も二年前に寝たきりになり、両親へ気持ちも暮らしも安心させたくて。

「自分を騙さないで、もっと素直に、もっと早よう、頼信はんに、想いを……打ち明けたら良かった……。」

暮らしや、親とかやなくて、ただ、
純粋に好きや、と言いたかった。
しない後悔ほど、この世で辛い事はないねんで。

《 三つ星の 夜の帳(とばり)や 降りまじき 》

翌日、絢爛華麗な花嫁行列が、村人達に祝福されて住吉の橋を上って行く。野次馬に混じる、御文庫(ごぶんこ)の管理の二人も胸を沸かしていた。
「山手はん、えい時に来はったなあ! 見なはれ、えい着物じゃ。」
「俺らも早よう、あんな可愛いお嫁はんがほしいのう!」
ぞろぞろと花嫁行列は、彼らの前を過ぎてゆく。
頼信が視線を反した。

『俺が止めさせるからっ、大丈夫! 』
『何言うてはるん! それこそ首なるわ!
頼信はん……、頼信はんのお母はんの病も考えや! 』

お美代の肩の震えが、まだ掌に残響するんや。


 花嫁の俯く綿帽子から、静かに滴が流れ落ちて、白雪に混ざり行った。


 ― 生まれ還ったら、一緒に暮らそう? 絶対、迷わず、あなたのもとに駆けていくから。 ―

《 三つ星の 夜の帳や 降りまじき
八橋を廻り 共に八起かむ 》

「八橋還り」

こんばんは。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます! 企画参加がギリギリにました。
なんとか、間に合って良かったです。
次は余裕もって投稿できるよう、努めます。
ありがとうございました!

赤城 春輔

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