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【小説】菜々子はきっと、宇宙人。(第1話)

<あらすじ>
大学を卒業し、晴れて新社会人となった美春。想像したよりも過酷で、憂鬱な社会人としての生活に、身体と心が限界になり、生きる意味を見失っていた。そんなとき、まるで宇宙からきたかのような突然のタイミングで、高校時代の同級生、菜々子が目の前に現れる。高校時代、「宇宙人」とあだ名をつけられていた菜々子は、いささか周りから煙たがられて、浮いている存在だったのだが、、。そんな菜々子との生活の中で、仕事、社会、恋愛、生きることの大切な部分を、少しずつ、少しずつ学んでいく。そんな2人のクスっと笑える、きっとほとんどノンフィクションの物語。


ふと、目の前に釘付けになっていた、煌々と光るPCの画面から目を離して、座っていた椅子の背もたれに、背中を思い切り預けて背伸びをする。

そのとき、100人ほど収容できるオフィスの、私が位置している反対側のフロアの電気が消えた。
それにより、時刻はすでに、23時を過ぎていることを私は知る。
電気を消した上司が、まだ新入社員がちらほらと残っている私が位置しているフロアに移動してきて声をかける。

「そろそろ終電だぞ。みんな帰るぞ。」

そう声をかけられた私を含む数人の新卒社員たちは、いそいそと帰宅の準備をはじめた。

「美春ちゃん、11階のローソン寄って駅まで一緒に行かない?」

3つ隣の席に座っていた優子が、先に帰り支度を済ませて私に声をかける。

「いいね!私もお腹空いたところだったからちょうどよかった。」

そう言って、私も急いで帰る準備を済ませて、優子と一緒にオフィスを出てエレベーターに乗った。
私たちが働いているオフィスはそのビルの14階に位置していて、11階まで降りるエレベーターの中で2人同時にため息をつく。

「今日も疲れたね。」

「うん、私も疲れた。」

「チン」と音が鳴って、あっという間に、11階についたことをエレベーターが知らせる。私たちは降りてローソンの中に入る。
さっきまでお腹が空いていたと思っていたはずなのに、なんだか食欲がわかない。仕方がないので、栄養ドリンクが並べられたコーナーに移動して、ウイダーinゼリーに手を伸ばそうとしたとき、反対側から伸びてきた優子の手と被った。

「考えてること同じだね笑」

私たちはおそらく今日という一日ではじめて互いに口角をあげて微笑みあった。
それぞれに会計を済ませて、ローソンを後にして、早速購入したウイダーの蓋を開けて歩きながら栄養補給をする。


「山本くんも辞めちゃったね。」

山本くんの後に続く「も」の文字に含まれるすでに辞めてしまった他の新入社員のことに思いを馳せているのだろう。ずっと遠くを見つめて、焦点が合わないような感じで、優子がそう呟いた。

「そうだね。もう6人目くらいとかかな?」

「そうそう、あっという間にみんないなくなる。」

「なんだかね、私も考えちゃうな。」

「そうだよね。」

そう言って、2人でウイダーをすすりながら、階下へと進むエレベーターに再び乗る。深夜のエレベーターに乗る人は限られてくる。そこに乗っているのは私と優子だけだった。

「今日さ、朝出勤するとき、私の路線、人身事故で、大幅に遅延したんだよね。」

「あ、そういえばそうだったね、、。朝から大変だったね。」

いつも10時の定時より、2時間も前に出社している優子が、その日は定時ギリギリにオフィスに滑り込んできた記憶を、まるで、1か月以上前のことのように、私は疲れ切った脳のはじっこから引きずり出す。

「あれ、自殺だったらしいよ。今ちょうど6月でしょ。そういう時期なんだって。」

「そういう時期?」

「5月病ってよく聞くじゃん?その延長みたいなものでさ、6月って梅雨の時期で、太陽も出なくて、ジメジメしてて、嫌な気分が続くから。」

「だから、自殺するの?」

「そう、季節的には多い時期らしいよ。」

「そうなんだ。」

「チン」と音が鳴って、今度は、私たちが電車に乗る駅の階についたことをエレベーターが知らせる。
私たちが働いているオフィスは近代的で、エレベーターを降りるとすぐに駅で電車に乗ることができる、駅直通のビルに位置している。
だから、終電ギリギリまで仕事をしていても、電車に間に合うことができる。
それを果たして、便利と呼ぶべきなのか、不便と呼ぶべきなのかは定かではない。

「私たちも死んじゃう前に、会社、辞めようね。」

そんなことを言った優子が、自分が帰る電車の路線の方へと歩みはじめて、ひらひらとこちらに手を振る。

「うん、ほんとに。死なないようにしなきゃ!じゃあまたね!」

そう言って、優子に手を振り返して、自分の自宅へと向かう優子とは別の路線の駅のホームへと私は向かった。
ホームへと向かう階段を下りながら、徐々に徐々に、梅雨の気配を感じさせる、あのジメっとした空気が、肌にまとわりついてくる。
1日中室内にいたので、気づかなかったけれど、今日はかなり雨が降っていたみたいだ。梅雨も終わりかけに近づいているのか、高くなってきた気温とあいまって、ムッとした熱気のようなものも同時に感じることができた。


階段を下りてホームについたところで、スマホを開いて時計を確認する。
時刻は23時32分を回っていた。
いつも乗る23時55分発の便よりも1本前の40分発の電車に乗れそうだ。
その電車の発車時間まではまだ8分もある。

「ふぅ。」

とため息をついて、ホームのベンチにどしんと腰掛けた。
本当にどしんという音がしたみたいだった。
身体的にも精神的にも疲れて限界ですと疲労感の重みの音のような気がする。
まだ帰りの電車にすら乗っていないのに、ここから立ち上がれる気がしない。

「うーん。」

そう言いながらぐっと背伸びをして私は立ち上がった。
たぶん、このまま電車が来るまでここに座っていたらきっと、一生家まで帰ることができない気がしたから。

周りを見渡すとちらほら、私と同じスーツを着たサラリーマン風の人たちが、電車を立ったままの状態で待っている。ほとんどの人たちが下を向いてスマホをいじっていることにつられて、私も下を向いて、ポケットから取り出したスマホを開く。時刻は23時35分。電車の時間まではあと5分もある。けれど、別にその時間を返信に有効に使えるようなメッセージは特に来ていない。スマホを閉じて手に持ったまま、下を向いて、足元にある黄色い点字ブロックのデコボコを見つめる。

上を向いて歩こうというポジティブな言葉があるけれど、その言葉通り、逆に下を向いているとなんだか、ネガティブな負の感情が沸々とわいてくるのを感じた。

新卒で晴れて今の会社に入社して早3か月が経つ。
入社前、社会に出たら、1日でも早く社会の役に立とう、バリバリ仕事をこなすキャリアウーマンになろう、そしてやりがいのある仕事をしよう、だなんて意気込んでいたのが、どこかまるで遠い宇宙の話のように感じる。
どんなにこなしても仕事は終わらないし、次々と増えていくし、なのにやりがいなんてこれっぽっちも感じないし、できない奴は落ちこぼれみたいなプレッシャーもきついし、同期は次々に消えていくし、ごはんなんてほとんどコンビニだし、家に帰ったら寝るだけだし、朝がくるのが怖いし、とにかく会社に行きたくないけど、社会の歯車から外れてしまうのも怖い。

どんどんとあふれ出てくる負の感情に腹立たしくなって、その1つ1つを消し去るように、黄色い点字ブロックのデコボコを踏み潰しながら前へ進む。

私が早く出たいと願った社会とはこんなにも苦しくて憂鬱なものなのか。
こんな社会の中で、あと何年私は生きなければならないのだろう。
少なく見積もってもあと40年はある。
だとしたら私は、だとしたら私は、こんなに苦しくて、苦しくて、毎日が憂鬱なのならば私は、、、生きている意味なんてあるのだろうか。

黄色い点字ブロックの先に、線路があるのが見えた。

「私たちも死んじゃう前に、会社、辞めようね。」

優子が言っていた言葉を思い出す。もう何もかもがめんどくさい。もはや死んでしまった方が、早いし楽なのではないか。

「あれ、自殺だったらしいよ。今ちょうど6月でしょ。そういう時期なんだって。」

私もそういう時期なのかもしれない。
そんなことを思って、目の前に見えた線路へと、無意識のうちに足が伸びていた。

「私の生きる意味なんて、、、。」


「ブブー」

突然鳴った、スマホの通知に驚いて、私はハッと我に返って、伸びていた足を戻した。

ロック画面に、見慣れない名前が表示されている。

「はる、久しぶり!元気にしてる?」

菜々子という名前の人物からのようだ。


そのとき、目の前に勢いよく電車が入ってきて、その音がいつもより大きくて、吹き抜ける風がいつもより強くて、線路側ギリギリのところに自分が立っていた事実にはじめて気がついて、私は身震いした。

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<第2話>

<第3話>

<第4話>

<第5話>

<第6話>

<第7話>


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