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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第11話)

10月に入り、朝晩の気温がぐっと寒くなってきた頃、私の家をとある大学時代の後輩が訪れた。

名前は優也。大学時代のサークルの後輩で、年齢は3つ下、ちょうど今、彼は3年生の時期で、就活について悩んでいたらしく、一度私の山暮らしを体験してみたいと約3日間くらい、家に滞在することになった。

昨日、駅に迎えに行き、久しぶりの再会に、お互いのいろいろな話を共有し合って、あーそういえば私もこんな悩める時期があったなと懐かしい気持ちになった。

今日は仕事が入っていたので、優也を家に残して、出勤していた。せっかくならいろいろな人に会って、新しい刺激をたくさん持って帰ってほしい。そんなことを思い立って、職場で菜々子に声をかけた。

「菜々子、私の家に今さ、大学時代の後輩が来てて、もしよかったら、今日の仕事終わり、うちで3人で晩御飯食べない?」

「え、そうなの!楽しそう!行く行く!てか私も行って大丈夫?」

「うん、全然いいよ。菜々子に会うのいろんな意味で刺激になると思うし。」

「えーうれしい!じゃあ仕事終わり、温泉入り終わったらなんか食べ物もっていくね!」

「あー全然いいよ。今日は鍋の予定で、優也が仕込んでくれてるから!こっちから誘ってるしお構いなく。」

「ありがとう。楽しみ!」

そう言って、今晩は3人で鍋を囲むことが決まった。そして、早めに仕事を切り上げて家に帰った。優也と温泉に行き、鍋の支度を済ませて菜々子の到着を待つ。

「菜々子、ちょっと変わってるけど気にしないでね。」

「変わってる人なんですか?」

「うん、かなり。あーでも待てないな。先にお酒飲んで待ってよ。はい、かんぱーい。」

そう言って2人でとりあえず缶ビールを飲みはじめる。しばらくして菜々子がドアをたたいた。

「はるー!着いたよ!」

「ドア開いてるよ。入って!」

「お邪魔しまーす!あっ、はじめまして。」

「あ、こちらこそはじめまして、優也といいます。」

「あっ、私は菜々子です。よろしくお願いします。」

ん。なんだこの感じ。明らかにいつもと菜々子の態度が違うことに気づく。どう考えても瞳孔がいつもより開いているし、なんだか緊張しておとなしくなっている。そして、みるみるうちに耳の辺りが赤くなっていた。

とりあえず3人で鍋を囲み、食事がスタートした。お酒を飲みながら、あたたかい鍋をつつく。ちょっと居心地は悪いけれど、ゆるやかな時間が流れていく。

「ちょっと僕、トイレ行ってきます。」

優也がトイレに行った瞬間、菜々子が私に即座に囁いてきた。

「はる、言ってよ。なにあのイケメン。女の子だと思ってたし、それにあんなイケメンだなんて聞いてない!あー、温泉行っちゃったし、すっぴんだよ私。」

菜々子に言われて、そういえば優也がイケメンという部類に属していたことに気づく。鼻筋も通っていて、顔立ちもよく、肌の色は白くて、体格も程よい筋肉がついていて、たしかに、イケメンだ。

「え、待って菜々子、もしかして一目惚れ?」

「やだーもうからかわないでよ。でも見た目だけじゃなくって雰囲気とか全部含めてかっこいい!はるはなんとも思わないの?」

「うん、3つも年下だったし後輩としてしか見たことなかったな。ふふふ。菜々子も恋するんだねー。さっきからずっと耳赤いよ。」

「ちょっと、やだーもう。え、じゃあはるの彼氏じゃないの?」

「違う違う。えー菜々子かわいいわ。」

「えーよかったぁ。彼氏だったらどうしようって思ってた。そしたら私たくさん話しかけるね!」

優也がトイレから戻ってくる。そこからというもの、菜々子がぐいぐい優也に話しかけはじめた。なるほど、さっきまでの居心地の悪さは、菜々子の緊張と、優也が私の彼氏だったらどうしようという不安からくるものだったのか。

「ねぇ、優也くん、好きな音楽はなに?」

「僕は最近、スティーヴィーワンダーをよく聞いてますかね。あとクラシックも。」

そういえば優也はまるで華の大学生とは思えない渋さを持っていたことを思い出した。菜々子がまったく聞いたことのないフレーズにフリーズしているのが伺える。

「そうなんだ!じゃあ好きな映画は?」

気を取り直したのか、菜々子の質問ラッシュに拍車がかかった。渋い趣味の優也に、うまく合わせられる話を見つけようと、好きな映画、好きなお酒、好きな食べ物、、、またたくまに空間が菜々子に牛耳られていく。優也は戸惑いながらもいつもの静かで、おっとりしたペースで1つ1つ質問に答えていく。

その様子がなんだかチグハグで面白くて、菜々子に圧倒されている優也もなんだかんだ新しい刺激になっていることがわかって、それに何より菜々子がかわいらしくて、ビールを飲みながらその空間を私は遠目から楽しんだ。

「あー今日は楽しかった!お邪魔しました!ちょっとはるきて!」

楽しい時間が終わった後、帰り際に菜々子が私の服を掴んで外に出した。

「ほんと、中身も含めて優也くん好きになっちゃった。はるとらないでね!あと、連絡先も共有していいか聞いといて!」

そう言い残して菜々子は自分の家へと帰って行った。菜々子がこんなにも恋に積極的なタイプだったとは。家の中に戻ると、優也が少し疲れた顔をしながらベランダでタバコを吸っていた。

「ごめん。刺激強すぎた?」

「いい意味で刺激的でした。」

「だよね。」

笑いながら私もベランダにいる優也の横に腰かける。

「でも、結構お腹いっぱいになりました。」

「わかる。あれは誰でもお腹いっぱいになるよ。」

「愉快な友だちですね。」

「うん、愉快な友だちだよ。」

そのあとは2人とも無言で、ベランダの外の川を眺めた。

「明日は、また別の人に会わせるね。」

「ありがとうございます。」

「ねぇ、もしかしてこの場所気に入った?」

普段ほとんど感情を表に出さない優也の好みを把握するのは難しい。けれど、この家に来て何度もこのベランダに出ている優也を見て、きっとこの場所は気に入っているのではないかと思った。

「はい、このベランダいいですね。」

「よかった。」

うれしくて、なんだか心が温まった。しばらくぼぅっと外の景色を見つめてみる。

人が恋に落ちる瞬間をその場で見ることができる機会なんてはじめてだった。
忘れているだけで、幼い頃はその機会にどこかで遭遇していたのかもしれない。けれど、大人になる過程で人はきっと、恋をしたという感情をうまく腹の底に隠せるようになるからこそ、その機会にあまり遭遇しないのかもしれない。
菜々子は全く持って隠せていなくて、なんだか子どもみたいで愛おしかった。

それに、恋をすると女性は綺麗になるというが、それは本当なのかもしれないと思った。
今日の菜々子は明らかにいつもと違っていた。
瞳孔だって開いていて、目はパチクリとしていたし、頬だってチークをしたようにほんのり赤らんでいて、化粧をしてなくったって、いつもより断然可愛かった。それに、いつもだったらガバガバと流し込むようにごはんをすごいスピードで平らげる癖に、今日はなんだかちょびちょびと、まるで上品な女性の食べ方をしていた。

そういえば、ときめくような恋をしていないのはいつからなのだろう。

私の恋はいつだって盲目的だった。恋をしてしまったが最後、そのあとの生活はいつだってとんでもなく破綻していた。寂しくて、悲しくて、つらくて、そうやって恋が生活の中心になって、何も手がつかなくなって。最終的にはいつだって何も残らなかった。
だから、いつの日からか、揺れる心も、何もなくなってしまう空虚感も、もう味わいたくなくて、恋することを避けてきたように思う。
社会人になってからはなおさら、仕事に忙しくてずっと避けていた。

けれど、恋をすることがこんなにも可愛らしくて、楽しいことなのなら。

「おやすみ。」

そう優也に声をかけて、私は恋という感情に想いを馳せながら目を閉じた。

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