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【小説】菜々子はきっと、宇宙人。(第2話)
時刻はまもなく、深夜の0時半を回ろうとしている。
なんとか無事に帰宅した私は、あの肌にまとわりついたジメっとした空気と、目の前で強く身体に触れた電車が通ったときの風の感触をとにかく洗い流したくて、そそくさと脱衣所に行ってシャワーを浴びることにした。
シャワーの水量をマックスにして、いつもよりも多くボディソープを手に取る。
手の指の先、手のひら、腕、首回り、、順を追って上半身から下半身へときめ細かく染みついた疲れを、汚れを、感触を振り払うように、身体に泡をこすりつける。
少しずつ、少しずつ、自分が取り戻されていく感覚に浸る。そして、あたたかなシャワーの音と熱気に包まれて、少しずつ、少しずつ、自分の心が安堵していく。
「はる、久しぶり!元気にしてる?」
そのメッセージにはまだ、既読をつけれていない。菜々子という名前の女性には人生で複数人出会っていたので、最初は誰だかわからなかった。
けれど、私の「美春」という名前を呼びにくいからと「はる」と呼んでいた菜々子という名前の人物は、出会った中で1人だけだったのでかろうじて思い出した。
たしか、高校時代の同級生だった。
足の小指までしっかりとこすりつけた泡を確認して、私はジャージャーと音を立てて強く流れるシャワーのお湯を身体にかけながら、菜々子の記憶をたどった。
「宇宙人」
それが高校時代、菜々子にひそかにつけられていたあだ名だった。
人はみな、高校生にもなれば、少しずつ各々自我が芽生えてきて、人と少しずつ変わっている価値観をおそるおそる周りを確認しながら、少しずつ互いに提示し合って、少しずつ自分のアイデンティティを確立していく時期なのだと思うけれど、彼女のアイデンティティはその当時からすでに断固として確立されていて、周りの価値観に配慮したり、合わせるなんてことはなくて、少しというか、主張が強すぎて、本当に変わっているとみなされていた人物だった。
菜々子の、あのぴかぴかに光っていた髪の毛を思い出す。
真っ黒で、直毛で、1本1本芯がしっかりしている自分の髪の毛が手に刺さって痛いのだと、どこで情報を仕入れたのか、ヘアオイルをつけるとさらさらのしっとりとした髪の毛を手に入れることができると知った菜々子はあの日、とりあえず、家にあったオリーブオイルを、自分の髪の毛の全体に染みこませて登校していた。
あまりにもぴかぴかにテカリすぎていたので、「ちょっとつけすぎなんじゃない?」と私が菜々子に言うと、「そうなの。早くしっとりさせたかったんだけど、これじゃあべたべたでどうしようもないわ。つけすぎた。」と休み時間に水道で、手をべたべたさせながら、髪の毛にまとわりついたオリーブオイルを水で何度も洗い流していた。
菜々子の、お昼ごはんを一緒に食べようと持ってきた透明のタッパーを思い出す。
「今日は自分の食べたいもの詰めてきたんだ!」と嬉しそうに菜々子は私の目の前でそのタッパーを広げた。その中身は、半分白くて、半分濃い茶色で、その色の真ん中に仕切りなどはなかったので、「え、黒カレー?おいしそう!」そう菜々子に言うと「え、違うよ?これ、グラタンとおはぎだよ。」と返されたので、思わず、そのタッパーにさらに顔を近づけてよくよく確認すると、半分の白色は本当にグラタンで、半分の濃い茶色はよく見ると深い小豆色をしていて、本当におはぎだったので驚いた。好きなものを詰めてきたとはいえ、グラタンとおはぎ、その境界線が私は気になりすぎて言葉が出なかった。なぜアルミホイルなどで、仕切りを入れてこなかったのだろう。明らかに混ぜたらおいしくない気がするのだが。そんな不安とは裏腹に何事もなかったかのように、その境界線をスプーンですくって、おいしそうに食べる菜々子の笑顔を私はただただ見つめていた。
いつの間にか笑みを浮かべて私はニヤついていたらしい。
「ジャー」と流れていたシャワーを止める。
振り返った菜々子との想い出と、しばらくの間浴びていたお湯のおかげで、私の心と身体はすっかり温まったようだった。
そういえば、高校を卒業してからの5年間、誰かから菜々子の話を聞いたこともなければ、偶然会ったということもない。菜々子とは高校の卒業式で特に連絡先を交換した記憶もなかった。一体、誰から私の連絡先を聞いたのだろうか。
身体をしっかりとタオルで拭いたあと、パジャマに着替えてそのままベッドに横たわって、菜々子のメッセージを開く。
メッセージの上に「この友達を追加しますか。」と案内が出ていたので「許可」のボタンを私は押した。そして返信のメッセージを打つ。
「菜々子久しぶり!元気にしてるよ!菜々子は?」
あのとき、あの線路へと足を踏み出しそうになった瞬間、5年前、最後に会ったきりのただの高校の同級生の連絡先をどこかから仕入れて、連絡を入れてきた菜々子のタイミングは、果たして、本当に偶然なのだろうか。
客観的に考えると奇跡としかいいようのないそのタイミングに、少しだけ鳥肌が立った。
もしかして本当に菜々子は宇宙人なのではないのだろうか。
ふとそんなことを思いながら、私はそのメッセージの送信ボタンを押した。
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