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【小説】菜々子はきっと、宇宙人。(第8話)


何やら、朝から携帯が何度も鳴っている。
さっきから、何度も止めているのに鳴り止まない。
今日は仕事が休みの日。基本休みの日はアラームを切っているはずなのに。間違えてかけてしまっていたのだろうか。

まだ重い身体を無理矢理に起こして、枕元にあった携帯電話を片手に画面を開く。
アラームではない。菜々子からの着信だった。
朝の5時から、もうすでに5回も着信が入っている。時刻は6時半を回ったばかり。こんな朝から一体何なのだ。
休日の朝を奪われるのはごめんだったので、携帯をマナーモードに設定して、私はまた布団に入る。

外から、ザーザーといつもの雨よりも強さが増した雨粒の音が聞こえる。季節は梅雨を迎え、毎日のように雨が降り続いている。雨の日の朝は憂鬱だ。気圧とジトっとした湿気で、身体もなんだか重く感じて、うまく動けない。


「ブーブー」

また着信が鳴った。仕方がないので電話に出ることにした。


「はる!見て見て!雨すごいよ。川の水がすごいことになってる!!」

「うんうん。」

重たい身体を起こして窓を開けてベランダから、目の前の川を見下ろした。
たしかに、今にも溢れるといわんばかりに、川の水がごうごうとものすごい勢いで流れている。

そういえば、確か昨日、今日は雨が強くなるから、出勤する人たちは最悪自宅待機になるかもしれない。そんなことを所長さんがアナウンスしていた。私と菜々子はもともと休みの日だったので関係はなかったけれど。

「さっきね、町内アナウンスでも、大雨洪水警報が出てるらしくて、とくに山の斜面に面してたりする家の人は避難してくださいって言ってたの!ほんとにすごい雨!」

「そうなんだね。知らせてくれてありがとう。けど、今、朝の6時半だよ。」

「うん、でも朝から雨すごいなって起きちゃった!自然ってすごいんだね!」

相変わらず、全然会話が成り立たない。それに大きな雨粒の音で、電話の声が途切れ途切れだった。あれ、そういえば、私の家の裏にある菜々子の家からはこの川は見えないはず、、。

「あっ。」

ベランダの外の川をよく見ると、そのほとりに誰か人が立っているのが見えた。傘をさして、全身カッパを着て、長靴まで履いている。

「菜々子!何してるの?近寄ったら危ないでしょ!」

「気づいた?おーい!」

「おーい!じゃないよ!危ないから早く私の家においで!」

「はーい!」

しまった。電話に出るんじゃなかった。そう気づいたときには遅かった。仕方がないので、家にある一番大きなバスタオルを準備しようと洗面所へ移動する。早々に菜々子が私の家のドアをたたいた。

「入っていいけどその前にこれで身体拭いてね。」

「ありがとう。ほんとにすごい雨だった。。」

「ほんと何してたのよ一体。とりあえずあったかいお茶淹れるから!緑茶でいい?」

「うん、ありがとう!」

私は台所に移動して、ポットに水を入れてお湯を沸かしはじめる。

「バスタオルありがと!うわーまた、川増水してる。避難した方がいいかな?」

「そうねぇ。でも、まだ隣の家の人も大家さんも家にいるみたいだし、それにここ2階だから、しばらくはいいかなって思ってる。」

「たしかに、私の家も2階だからしばらくは大丈夫か。なんかね、職場に行くルートの一部は今土砂崩れになってるらしいよ。」

「それどこ情報?」

「所長さん情報。朝電話かけたら教えてくれた!」

「今日菜々子休みでしょ。それにこんな朝早くから電話かけたわけ?」

「うん、だって雨、すごかったんだもん。私興奮しちゃって。」

「普通に迷惑でしょ。はぁ、まったく。はい。」

できた緑茶の湯呑みを菜々子に渡して、私も自分の湯呑みをもって、一緒にベランダに腰掛けた。

「一体なんで朝からいろんな人に電話かけて、わざわざ土砂降りの雨の中、川の方とかにフル装備でいったのよ。」

「うーん。雨の音で起きちゃったし、それにさ、自然のパワーすごく感じない?壮大なパワー!」

そう言って菜々子は、勢いのやまないザーザーと降り続く土砂降りの雨の音、その音に負けないくらいにごうごうと流れる川の水の音に耳を澄ませて目を閉じた。私もそれに合わせて目を閉じてみる。


「感じないね。特に。早く止んでくれないかなって思ってる。」

「はるはあまいね。」

「あまいのかな、私。」

「恵の雨って言葉あるでしょ?雨は、この梅雨の時期にしっかりと降ってもらうことがすごく重要なんだよ。山にはたくさんの農業を営んでる人がいて、だからこそ、できた作物を私たちがおいしく食べるためにも、今雨が降っておくことが重要なんだよ。」

「そうだね。けど、こんなに一気に大量に降ったら、せっかく育とうとしていた作物も被害を受けちゃうしもともこもなくない?」

「うん。けど、そうやって私たちにお知らせしてくれてるんだと思う。作物も作りすぎちゃダメだぞって。自然を壊しすぎてもダメなんだぞって。」

「そっか。」

「だからさ、ちゃんと自然の声に耳を傾けなきゃってこういうときにいつも思うんだよね。
今日はたぶん、怒ってるんだと思う。これ以上自然を破壊するなって。」

「怒ってるんだね。」

「そう、それにさ、あの川の真ん中に生えてる長ーい草見える?」

「うん、見えるよ。私の身長くらいあるやつでしょ。」

「そう、あの草ってすごいと思わない?」

「なんで?」

「だってさ、今日の川の水、もう少しで氾濫しそうな勢いで流れてるじゃない?もし、私たちがあの中に入ろうもんなら、あっという間に流されて死んじゃうでしょ?それなのに、そんな濁流の中でも流されずに、しっかりと根を張って立って生きてるの。」

「生きてるんだね。」

「そう、生きてる。私たち人間はさ、ありとあらゆることを発展させて、まるで自分たちが世界の中心かのように生きてるけど、結局、どうあがいたって自然の力には全く太刀打ちできないわけで、あんなに普段疎ましいと思っている草より生命力が弱いんだよ。私たちよりも全然強く生きてる。」

「生きてる、か。なんか諸行無常だね。」

「何それ?」

「ううん、何でもない。」

「そういうね、自然のパワーをこういうときに感じとるんだよ。人間の力ではどんなに頑張っても太刀打ちできない壮大なパワーをね。」

「感じとってどうするの?」

「どうすることもない、ただ感じとるの。そしたらね、不思議と自分の中からもパワーが沸いてくるの。いつ終わるかわからない1日を思いっきり楽しまなきゃって。」

「そっか。」

私は菜々子にならって再び目を閉じた。

私には昔から、何事もネガティブに考えすぎる節がある。
朝家を出て、あれ、炊飯器のスイッチ消したっけ?もしかすると火事になるかもしれない。
あれ、家の鍵閉めたっけ?もしかすると泥棒に入られるかもしれない。そんな身の回りの手に届く範囲のことから、人間関係、未来のことまで幅広く。
もちろん、そうやってネガティブに考えることができたからこそ、いろんなリスクを考慮してうまく生きてくることができたとも言えるのだけれど、けど、その思考回路が嫌というほどに自分の新しい挑戦や、刺激的な選択肢の可能性をせばめてきたことは言うまでもない。

だから、目を閉じることは得意じゃない。
自分のネガティブな思考が嫌というほどに加速する行為だから。

耳を澄ますまでもなく、土砂降りの雨の音がザーザーと、川の水がどうどうと流れている。

菜々子の言う通り、自然が怒っているような気もするし、だとしたら、いつ何時、自然破壊を辞めない人間たちに、今までに遭遇してこなかったような未曾有の自然災害が降りかかるのも時間の問題なのかもしれない。
実際、その序章だってはじまっている気もする。

だとしたら、結局のところ、最終的にすべてがこの荒れ狂った水の中に流れて消え去っていくのだとしたら、私が憂いている小さなことから大きなことまで、すべてまるで意味をなさないちっぽけな存在に過ぎないのかもしれない。

そう思って頭の中に浮かんできた小さな悩みの種たちを、雨の中に流してしまう作業に私は打ち込んだ。

しばらく経って、ふと思い出して飲んだ緑茶の味はいつもより苦くなくて美味しかった。

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