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【小説】菜々子はきっと、宇宙人(第10話)
季節は秋のはじまり、9月になった。夏休みのシーズンが終わり、職場の忙しさもひと段落した。
そういえば、ここにはじめて訪れた日からもうすでに1年が経っている。つらかったような、楽しかったような、長かったような、短かったような、すごい速さで過ぎ去っていった夏の終わり。久しぶりの定時の仕事終わりに温泉につかりながら思いを馳せて、私の胸はなんだか熱くなった。
「はる〜、今日も仕事お疲れ様〜。」
温泉につかってしばらくして、菜々子も温泉に現れた。
「菜々子もお疲れ様〜。プハー、やっぱり仕事終わりの温泉は最高だね。」
「うん、ほんとに最高だよ。最近までずっと忙しかったしね。」
「ほんとほんと。ただでさえ、仕事内容も体力勝負なのに、毎日すごく暑いし、死ぬかと思った。菜々子はすごいよね。私なんて体力なくてすぐへばっちゃうのに、力仕事とかもなんなくこなして体力化け物だよ。」
「そんなことないよ〜。まぁ私ははるみたいに事務作業とかできないからね。体力だけには自信あるから。」
「でもさ、私もこの職場で働きはじめて半年経ったし、忙しい夏を乗り越えてさ、最近職業病みたいなの発症してるなって思った。」
「職業病とかなる?私は全然ないけど。」
「まぁ、菜々子はなさそうだね。最近さ、休日とかに山道運転して、竹林とか見つけるとさ、うわーこの立派な竹、子どもたちのそうめん流しに良さそう、とか、こっちの竹は竹とんぼ作りの材料に良さそうとか、なんでも仕事の素材として見ちゃうんだよね。」
「うわーそれは完全に職業病だな。」
「だよねー。まぁ全然いんだけどね。」
「そういえば、それ聞いて思い出したわ。職業病なのかどうかはわからないんだけどさ、私最近生理こないんだよね。」
「え、菜々子が?大丈夫?」
「そう、半年前くらいからかなー。徐々に量減ってきて、それからもうずっと。」
「それは職業病とかじゃなくて、ほんとに病院行った方がいいやつなんじゃない?それまではちゃんときてたの?」
「うん、普通に健康体だからね、私。けど生理こないの便利なのよ。身体だるくもならないし。」
「いやいや、それ問題だって。病院行きなよ。」
「いやーだって、病院嫌いなんだもん。あの病院特有の匂いとかもやだし、診察されるのとかも無理無理。それにね、ちょっとこないだ合点がいったんだよね。」
「合点?」
「そう、こないださ、なんか口元さすったら違和感あるなーって思って。鏡見てみたらさ、今まで見たことのない太ーい毛が生えてるの。」
「え、もしかしてそれ、ヒゲってこと?」
「そう、たぶんヒゲなのよ。太ーいヒゲ。あっでもそんなボーボーに生えてるわけじゃないよ。1本とか2本とか。だから見つけたら抜いてる。」
「え、何それ、どうゆうことなの?」
「たぶんさ、仮説なんだけど、ほら、私たち毎日のように力仕事してるし、汗かくからさ、おしゃれもせず、毎日ジャージで出社して、化粧とかもしないでしょ?それに、私ははると違って休みの日も山に入って、木登りしたり、よさそうな草見つけたら、たくさん収穫して近所のヤギにエサとしてやりに行ったりさ、仕事じゃないときも身体使ってて、びっくりするくらい筋肉ついたんだよね。だから、」
「え、だから、もしかして、、、」
「そう、きっと、私の身体の中で、男性ホルモンが強くなりすぎたんじゃないかなって思って!だから生理もこないし、ヒゲも生えてくる!」
「いやいやまってまって、それ本気で言ってるの?」
「うん!身体って面白いよね〜。でも別に気にしてない!だって男性ホルモン強くなった方が、筋肉もつくし、ごはんだってたくさん食べれるし、生理もこないし最高!」
「、、、。」
「それが、いわゆる職業病ってやつなんかな?まぁいいけど。あーだいぶあったまったしお腹減った。先私上がるね!今日もお疲れ様!」
そう言い残して菜々子は湯船から上がり、そそくさと出口に向かって行った。
その後ろ姿を見つめて思う。たしかに、もともとがたいがよいのは知っていたが、それに加えて、女性とは思えないほどに、隆々とした筋肉を持っているのがわかる。まさか、、。
私は少し身震いして、つかっていたお湯で顔を拭った。
世の中にはさまざまな職業病なるものが存在する。飲食店で働いている友だちは、一緒にランチに行っても厨房の忙しさに目がいってソワソワするからと、いつも昼ピークが終わったあとの時間にしかランチに行かないし、新聞記者として働いている友だちは、救急車や消防車のサイレンを聞くと呼び出しがかかるのではないかと強くサイレンに反応する。それに、銀行員の友だちは、財布の中のお札の数を会計するたびに癖で数えなおしてしまったりするそうだ。
ただ、女性としての性を失ってしまうなんて職業病は聞いたことがない。
菜々子に言われて、ここ最近の日常を思い出す。もちろん、働きはじめたばかりの頃は、前職のときと同じように毎日出勤前に化粧をしていた。けれど、夏の季節になると、化粧をしたところで、汗で流れ落ちてしまうし、まぁいいかと思って、それに気づいて以来は化粧もしなくなった。おまけに、職場には、毎日動きやすいジャージしか着ていっていないせいか、週末もまったくおしゃれをしなくなった。それに、毎日のように力仕事をこなしていて、だんだん私も筋肉と体力がついてきてうれしいなどと思っていた。
まさか、私にもヒゲが。
信じられないけれど生えてきては困る。
山暮らしをはじめて、恋愛とか彼氏とかそんなものは縁が遠くなってしまっていたけれど、私の年齢はまだ20代も前半、恋だってまだまだこれからだ。
この状況はやばい。
「そうだ。恋をしよう。そしたら生えてこようとしていたヒゲもおさまってくれるはず。」
そう思い立ってマッチングアプリを開いた私。
後日、女を取り戻そうと休日に久しぶりにバッチリと化粧をして、スカートをはいて、男を狩りに山を下った。
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