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シンプルに暮らしたい〜価値観の大転換

実家の私の部屋は、いわゆる「汚部屋」だった。
床が見えないから、いつも何かを踏んでしまう。リングノートはリングが歪んでうまくめくれないし、CDケースはバキバキに割れている。

母は「少しは片付けたら?」と言うだけだったが、祖母は我が家を訪れるたび、せっせと私の部屋の片付けをしてくれた。わざわざ飛行機に乗ってやってきたのに、背中を丸めて大きなゴミ袋に向かう姿を見ると申し訳ない気持ちになり、「そんなことしなくていいのに」といつも言っていた。

自分でも、たまに片付けはしていた。年に数回3日くらいかけて、明らかなゴミを処分し、残ったものを分類して棚に入れてゆく。祖母が教えてくれたのと同じやり方だ。だが、そんな「片付け祭り」が終わっても、数週間後には元の状態に戻ってしまうのである。がんばってきれいにしても、気分がいいのは初めの数日だけ。片付けなんて大嫌いだった。

そんな私を変えてくれたのが、高校生のときに出会った近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』という本だ。ベストセラーとなり、著者のこんまりさんは今でもご活躍されているので、ご存じの方も多いかもしれない。簡単にいえば「手に触れたときにときめくものだけを残し、あとは捨てる。整理整頓して収納するのはそのあと」という片付け法である。

まだ使えるものでも捨てる、というのが目からウロコだった。もったいないし、思い出もあるし、捨てたくない。だけど探し物と忘れ物の日々から卒業したくて、「ときめくものだけに囲まれた暮らし」というやつをしてみたくて、私は捨てまくった。幼少期のお友だちだったぬいぐるみたち。小瓶に入った小さな消しゴム。夢中で集めたラメ入りのペン。本の通り、「ありがとう」と言いながらゴミ袋に入れていった。

明らかにものが減った部屋は、前のように散らかることはなくなった。たまにものを処分する機会は設けなければならなかったけれど、以前のように何日もかかるわけではない。掃除だけすれば部屋はきれいになった。

本に忠実に片付けをした、つもりだった。ただ、片付けの前にやりましょうという、「住みたい部屋をイメージする」という行為はいまいちピンときていなかった。「お姫さまのような部屋」「ホテルのような部屋」といった例が挙げられていたが、私には思い浮かぶ風景がなかった。強いていえば「提出物を探すのに何日もかからない部屋」だろうか。
(高2のとき、修学旅行の同意書に印鑑をついて出さなければならなかったのだが、見つからず何日も期限を過ぎていた。見かねた担任の先生が昼休みに私を呼び出し、「角の文具屋で印鑑買ってきなさい!」と新しい同意書と外出許可証を握らせられたのはよい思い出である。無事に修学旅行に行けたのはもっとよい思い出である。)

大学生になった私はスマホを使い始める。高校生のときより自由に使える時間が格段に増えて、ネットサーフィンをするようになった。
そこで見つけたのが、「暮らし」について発信しているたくさんのブログだった。私が惹かれたブログには、「ミニマリスト」「シンプルライフ」というキーワードが共通していた。

すっきりと片付いた部屋の写真に、いいな、うらやましいな、と心から思った。
ものを管理する時間と手間を減らすことができる、という点に最もひかれた。よくよく考えると、私は衣と住にはあまりこだわりがないということに気付く。ならばそこをあきらめて、それ以外のことにもっとエネルギーを使えるならばとてもありがたい。

本で「ものをたくさん持つ必要はない」という発想の転換を得たことに加えて、ミニマリストの方々の実際の暮らしに触れたことで、私の価値観は「ものは少ない方がいい」という方向に固定されてゆく。
私の特徴は、よくも悪くも、それと決めると一直線に向かうところである。

髪も顔も体も、洗うのは石けんひとつ、という人の話を読んだ。浴室に置くものが少ないから掃除は楽だし、1種類だけだとストック管理の手間が格段に省けるというのだ。
私もさっそく真似してみた。石けんで洗っただけのロングヘアはごわついて仕方がなかったので、お酢をリンス代わりに使った。使用感はそこまで悪くなかったと記憶しているが、お酢のせいか、髪が赤っぽくなってきてしまったので数か月でやめた。
ちなみに実家暮らしだったので、他の家族が使う液体ボディソープやシャンプーの棚に、固形石けんが増えただけだった。

片付け指南には「まず台所から片付け始めよう」と書いてあることが多い。思い入れが少なく要不要の判断がつきやすいからだという。
私も実家の台所を片付け始めた。引き出しの中の道具を広げ、古くなっているもの、用途がダブっているものなどを袋に入れてゆく。さすがに私の独断で処分するのは忍びないので、袋は別室に置いておいた。
初めは「片付けてくれるの?ありがとう」と言っていた母も、「あれもこれも使うのに、どこにやったの!?」と徐々に怒り始めた。
結局捨てさせてもらえたのは、賞味期限がとうに過ぎた食品のみだった。

今になればわかるが、台所は主婦の城。自分なりに使い勝手のいいようになっているのに、いくら娘でも他人にいじられては、毎日の台所仕事に支障をきたす。
でも当時の私は、母の気持ちが理解できなかった。

「ものを減らせば楽になるのに、なぜ?」
自分が信じた道を理解してもらえないのは不服だった。
私はものが減らせないことがストレス、母はものを減らされることがストレス。当時の私は、ものを減らすことが目的になってしまっていたのだと思う。本来は家族仲良く、心地よく暮らすことが目的で、ものを減らすことはそのための手段のひとつに過ぎないのに。

ひとり暮らしを始めたら、本当に必要なものだけに囲まれた暮らしがしたい。
他人を説得するのは難しいから、実家にいる間は我慢しよう。理想の暮らしをノートに書き出すことで溜飲を下げていた。
だが結局、私は思ったより早く結婚することになった。実家を出てすぐに、ふたり暮らしが始まることになったのだった。

次回に続きます。

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こんまりさんのベストセラー。


素敵な暮らしだなあと思って毎日のように見ていたブログ。今でもたまに読んでいます。

ヨガとシンプルライフ

ミニマリスト日和

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