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【恋愛小説】 恋しい彼の忘れ方⑥【創作大賞2024・応募作】

「恋しい彼の忘れ方」 第6話 -出産-

出産月のある日、妊婦健診を終え、一人お店に入った。そこは、地元の農産物を使った、ヘルシーなお料理が人気の古民家カフェ。大きなお腹で、しばらくは味わえないだろうと思い、この日初めて足を運んでみた。 
野菜やメインのハンバーグが、彩りよく並べられているランチメニューを頼む。私は、どちらかと言うと、一品料理よりも、複数の味を楽しめる寄せ寄せプレートが好みだ。
それを、一噛み一噛み、ゆっくりと味わう。野菜が、甘い。ご飯が、甘い。

教員として学校で勤務している時は、3分で食べていたもんな──と思い出す。
左手はスプーンを使って口に掻き込み、右手は赤ペンをもって丸付けをしながら、5回くらい噛んだらゴクンと飲み込む。食べ始めは誰よりも遅く、生徒全員に給食が配られ、教卓に積み上げられた提出物を確認してから。

「ご飯もおかずも飲み物です」と言わんばかりに流し込むように食べ、誰よりも早く食器を片付け、生徒が後に続きやすいように見本として並べる。それが終わったら、また提出物を見る。
これが、当たり前のルーティンになっていた──。
牛乳ジャンケンで、男子達が教卓の周りに集まってワイワイ騒いでたのは活気があった。ズルをしないように、承認するために集まらせていたのだが、あれほどまでに盛り上がれるなんて、男子生徒の威力の凄まじさったら。
心の中で、うるせーやつら、と思いながら、顔はちょっとほころんでいたのかもしれない。牛乳を勝ち取り、ドヤ顔してきたあのワンパク小僧の顔が浮かぶ。
元気にやってるだろうか──。引き継いでくれた先生の言う事、ちゃんと聞いてるかな。

担任として過ごした日々を思い返す。
生徒の顔も満足に見られないほど、目まぐるしい毎日だった──。
1日のうちに、全員と話すことなんて、到底できなかった。学級経営目標に、「1週間のうちに全員と話す」という目標も立てたっけ。それでも、できない時があった。
「忙しい」その言葉通り、もう、完全に、心を、余裕を、亡くしていた。

それが、こうして自分一人で、誰にも何にも影響されず、自由な時間に、好きなメニューを、一口ずつ味わえるなんて──。有り難い。
穏やかな木漏れ日の中にいるような心地がした。

食べ終わり、その席で温かなココアを飲みながら本を読んだ。その最中、ふとポコポコと湧き出てきた思いがあった。

 (本が読めるって幸せだなあ。図書館でも無料で貸してもらえるし。)

 (「本が読める」って、読めるように学ばせてもらった、ってことだよね。)

 (お父さん、お母さんに、「学」を頂いた。)

 (私は、衣・食・住・金に困ったことは、産まれてこの方、1度もない。)

 (お父さん、お母さんは、学生の私に、「バイトなんてしなくてもいいから、勉強がんばりなさい」。それしか言わなかった。)


胸の中に熱いものを感じた。

お父さん、お母さんは、私に対して無関心では決してなかった。うるさく言っていたことも、全ては愛から来ていた。

私達に、「学」を授けてくれた。与えてくれた。自分達が望んでも、手に入れるのが難しかった、「学ぶ機会」を、姉妹全員に、平等に与えてくれた。

あなたたちのお陰で、私も、今尚私自身の学びを楽しみ、そして、わが子たちに自然に与えてあげられています。この世に生み出してくれて、与えてくれて、本当にありがとうございます。

心から感謝の念が胸の中をいっぱいに満たし、涙が頬を伝った。
この両親の元に産まれてよかった──。
私のお腹の中にいる赤ちゃんも、私を選んでくれたんだ。ありがとう。
「愛」より、生まれいづるものは、「愛」だ。

この心の温もりを感じながら、あたりを見回すと、お客は私一人になっていた。時計は、もう14時を指しており、席を立った。

お会計の際、店員さんが、
「あら、お腹に赤ちゃん。素敵ですね。お外は寒いので暖かくしてくださいね。またお待ちしています。」
と優しく声をかけてくれた。

私は、家に帰ってから、この出来事を息子の誠くんに話した。話しながら、じんわり心に染みて、泣いてしまった──。
誠くんは、自分のメモ帳と鉛筆を取り出し、自分で番号をふった21ページに、大きな字でこう書いた。

「よのなかには、いっぱいのニコニコと、キラキラがある。」

感情を感じられ、こうして誰かと共有できることは、とても……尊い。





2月半ば、私は第3子となる息子・芯くんを出産した。
この日は慌ただしい月曜日の朝。
なんだかお腹が痛かったが、賢人を駅まで送り、誠くんを小学校へ送り出した。皆を送り出すまでは産めない、次は愛ちゃんを園に送らねば……と思ったが、もう限界で、階段も休み休み上がるしかなかった。
陣痛はすでに5分置きに来るときもある中、お母さんに電話をする。近くに住むお父さんが来てくれて、愛ちゃんを送りがてら、病院へと連れて行ってもらった。
賢人は、看護師さんからの電話を受けて、75km以上の距離をタクシーでかっ飛ばしてきてくれた……が、結局間に合わなかった。芯くんは、なんと病院到着から1時間あまりで出てきたのだ。スピード安産を、初めて体験した。
賢人と、タクシー代3万5000円かかって間に合わなかったことはネタにしよう、と二人で笑った。

ずっと付き添ってくれたお父さんが病室の外へコーヒーを飲みにいったとき、看護師さんが私に言った。

「お父さん、優しいでしょ。優しさが滲み出てるよね。」

私は、出産後の震えが止まらない身体で、
「はい、とっても。」と笑顔で伝えた。

2時間後、私が病室に戻ると、お母さんが面会に来た。
「大丈夫か?」と声をかけてくれた。
この感じ、懐かしい。小学校の時、熱を出して家の二階で寝ていたとき、私の好きな乳酸菌飲料を枕元に用意して、おでこに手を当ててくれたあの瞬間が蘇る。お母さんのヒヤッとした手が、私の身体の火照りを、気持ちよく冷ましてくれた。

「大丈夫、早かったよね。」

「だからよー。オレが気を回さなきゃ、どうなってたことか。本当にいい働きしてるよな!」

「あはは、ありがとう。」

「まあ、無事に産まれてよかった。目はあんま使いすぎんなよ。産後は目大事だぞ。」

お母さんの心配をよそに、早く産まれて来てくれたおかげで、身体への負担は最小限に抑えられているようで、案外楽だった。

「お前も早く産まれて来たもんな。そんで、よく寝てくれた。育てやすかったよ。」

「そうだったんだ。」

「オレも3人も産んだんだもんなあ。本当に、3人育児は毎日気が狂いそうだったよ。皆の予定を手帳に書き込んで、覚えて、管理して。ほんと、よくやったよなあ。
お前はいいよなぁ、"え〜?" "なあに〜?"ってやってたら、事が進むんだから。」

「あはは。」

港町の女は強い。それを体現するように、第一人称を「オレ」というお母さんの言葉に、今はトゲを感じない。むしろ温かくて心地よい。
出産後くらいしか、この昔の話を聞かないが、この時間がとても愛おしく感じた。
お母さんは、私の上2人の子どもたちを、新生児の時からよく可愛がってくれている。また芯くんのことも、溺愛するだろうな、と予想ができた。

お母さんが出産した時は、産後2ヶ月しか、休みが取れなかったらしい。おじいちゃんが、「辞めさせられたら大変だから、早く復帰しろ」と言ったのだそう。そうして私達姉妹は完全ミルクで、ほぼ祖父母に育てられたという記憶が残っている。
私は、その時の「後悔」が、私の子どもたちを可愛がる、という方法で発散されているのではないか、と感じていた。




お母さんが帰った後、病室のトイレに入ろうとドアを開けた。その瞬間──

「"じあい"に満ちた人」

と声が聞こえた。

えっ──?振り返っても、お母さんはもういない。そもそも、お母さんの声ではなかった。

何だろう?慈愛?
慈愛に満ちた人って?
いや、私のことではないだろう──。
私は、人のことよりも、自分のことばかり考えている。
きっと──この、「芯くん」のことだ。
人を愛する心をもった人なのかな?きっと、そうだ。





昼夜問わず続く、3時間毎の授乳の時間。
家に帰ってからもそれは当たり前のように続いた。
睡眠不足、産後のホルモンバランスの崩れで、イライラしている自分がいた。
自分のコントロールが効かず、子ども達につい大きな声で指示をしてしまう──。

妊娠前は、上二人の子ども達の言動で、「可愛い」「癒やされる」と思っていたことが、「え?今それやらないでよ!」と、ムカムカを言葉にしてしまった。「○○して!早く!」と、コントロール型の言葉が出てきそうになったり、出てきてしまったり。

「いやこれ……基本平和主義者な私でも、コレなんだから、統率・リーダータイプのお母さんは、相当大変だったろうな……。」
と言葉に出してみて、更に身に沁みた。

イライラしない時は……ポジティブな関わりを意図できているとき。一緒に笑い合えている時。

イライラしてしまう時は……変に時間制限かけて、上手くいかせようとしている時。
完成・完遂の形を勝手にイメージしてしまっている時。育児なんて特に、「イレギュラーがレギュラー」なのに……ね。

1日を振り返る──。
今日は、イラッとしたとき、有紀さんの仰ってた「深呼吸」を意識できた。
"言わなくていい"ことを出さずにすんだから、(出した後の)罪悪感も減ったと実感した。
そして、子ども達を見てみると、「悪気」があってやってることは1つもない。
子ども達を「悪者」に仕立てあげるのは、私の目だ。

私の目を、どこに向けるのか。
そこで子ども達のエネルギーが変わってくる。

あと少しの間は、睡眠時間減少とホルモンの影響で、イライラすることもあるかもしれないけど、その時は深呼吸、思考の時間もいれよう。
子ども達は、何を見ているのか、目線を落として見てみよう。

私は、私の世界を、私の曇りなき眼で見取ることを決めた。








夜中、ミカンを一房ずつ剥がし、口に運ぶ。シン……と静まり返り、静寂が余計空気の冷たさを煽る。時々パキッと家が軋み、その音が響く。
夜中の授乳で、吐き戻しがないようゲップをさせて、見守る時間──。1回の授乳につき、1時間はある。
私は、コタツに入って、暖をとりながら、月額制動画サイトの恋愛アニメを観ていた。
こんな時も、ふと気を抜くと、主人公達をあの日の私と大輝に被せている自分がいた。

昨日から思い立ち、見始めた訳だが、なかなかに引き込まれ、明日起きられないぞと思いながらも目が冴える。

4話まで見終えた時、ある言葉が頭に響いた。
「"芸術家"は、"ネガティブを愛する"傾向がある」

有紀先生が言っていた言葉だ。

「これ、私のことなんじゃ……?」

以前、子育ての講座で、幼少期の辛かった場面を、私を中心に「パノラマ」のように描いたことがある。その絵の中で、姉と妹は笑っているのに、自分だけショックを受け、沈んでいたのだ。

特に、「恋愛」関係において、ネガティブを愛し、妄想にふけるようなセンサーが発動する。
『恋愛漫画・アニメ』を好む傾向は、「悲恋」をどこか懐かしみ回想し、それでいて、ハッピーエンドを期待する気持ちの現れ。

そこまで、思考が進み、思った──。

産後の辛い中でも、まだ大輝のことが忘れられないなんて、相当だ。

もういい──。
"考えない"ことを諦める。一旦。
とことん潜ってやれ。味わおう。
そう、決意した。


そこから、毎日、時間を見つけては、恋愛系のアニメを狂ったように観た。必要分の睡眠時間は計算し、取りつつも、私は心の波立ちを、敢えて味わった。
園への送迎でも、同じように、恋の歌を聴き、歌い、わざと切ない気持ちを呼び起こし、泣いた。

ある日、恋愛✕異世界がテーマのアニメを観たときだ。 何気なくクリックしたものだったが、これがヒットした。
『転生』するたびに、過去世の思いと、今世の課題・目標をもって産まれ、それを成し遂げようとする主人公。 確実に、転生ごとのレベルアップができている姿に、私の人生のロールモデルを見た。
『色々なことに興味を持つ』は、『△長続きしない』ではなく、 『この人生の中で、転生を繰り返しているのと同じ。たくさんの経験を味わえる。』と感じた。めちゃくちゃお得で、コスパがいい人生だ。すべてに、短期間でも熱中して取り組んだら、様々な経験ができる。

ふとミルクを作ろうと台所に立ったとき、 頭の中に歌が流れた。
「生まれ変わるなら、また私!」
私は、私の人生でよかった……そう、自分が一番そう思える人生にする!そう決意した。

私は気付いた。
このアニメの自由奔放な「ヒロイン」が、まさに私。  
賢人は、私が新しい事に挑戦しようとしたとき、 「やれば。失うものは何も無いでしょ」 と言ってくれた。 いつも、私の周りの人は、 私を自由にさせてくれた。
そして、私を可愛がってくれて、協力してくれて。いろんな経験をさせてくれた。

その時、家族や、職場の方々、友達の顔が浮かんだ。皆笑っている。

「私がこれから生きる道は、やっぱりポジティブにしたい!ネガティブを思いっきり感じていた、その時期があるからこそ。
これからはもう、ポジティブを描いていいんじゃない?ネガティブ感じきったでしょ。
葵らしくは、軽やかな光。それでいいじゃないか。私の生き方が、きっと誰かの人生を照らす灯台になる。
人生、何をやっても正解だ。動こう。動かないことだけは選択しない。」

全てが自作自演で。そんな自分も愛くるしく感じた。
自分よ、楽しませてくれて、ありがとう。
そして、もう負のレールから外れてみようかな。新しい道を歩く自分を見てみたい。感じたい。そう思った。
それに、気づけた私、ありがとう。
気づきを与えてくれた方々、ありがとう。

目を瞑って宙を見上げると、家の中で、澄み切った清々しい青空を感じた──。


第7話 自愛


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