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【恋愛小説】 恋しい彼の忘れ方⑦【創作大賞2024・応募作】

「恋しい彼の忘れ方」 第7話 -自愛-


桜舞う4月。
私は朝6時に、殴り書くように必死にペンを走らせていた。忘れないうちに、夢で聴いた声──これを書き留めて置かなければならない気がしたからだ。

「見よ、この広大な海を。民の声を。そなたとは大きな話ができるとワクワクしていたぞ。────わたしはそなたを愛している──」

ここまで書いて、手が止まった──。

「──愛している──?私を?」

夢の中の設定では、そこは、爽やかな風が吹き抜ける、大海原。それを目の前にした高台に、2人が並んでいた。私は男性であった。そして、話をしていた相手は……あの"ヘルメス"。
正直、ヘルメスのことはあまりよく知らないが、昔のギリシャの実業家であった、というのはどこかで聞いたことがある。今は神格化されているが、その夢の中では、まさに目線を合わせて話をしていたほど、フレンドリーさも感じた。不思議な夢だった。

「……ア゙ー……ア゙ーアァー……ヒックヒック」


またか……今日は早いな。ヨイショっと……。
私はリビングの椅子から立ち上がり、重い足取りで寝室のある2階へ向かう。
この所、愛ちゃんのぐずりが酷い。特に、朝。

あーあ……もっと寝ていてくれたら、私の時間があるのにな。そう思いながら、愛ちゃんの元へ向かい、声をかける。

「どうしたの?」

「……ア゙ー…………ヒックヒック」

「泣いていたら分からないよ?愛ちゃんはもう言葉で話せるでしょ?」

「…………ヒックヒック、グスグスッ……」

「言葉で話して。ママ分からないから。」

そこへ、泣き声で起きてきた誠くんが被せる。
「そうだよ、言葉で話しなよ。愛ちゃんは喋れなくなっちゃったのかな?赤ちゃんかな?」

「……ア゙ーア゙ーア゙ーアン……ア゙ーア゙ーア゙ァー」

余計ひどくなった。これ以上、繰り返しても無駄だ。下でテレビ見せておこう。私は切り替えて、泣き止まない愛ちゃんの手を引き、半ば強引に階段を降りていった。

ここから、ご飯を食べさせて、着替えをさせて。髪の毛を縛って。私は洗濯物を取り込んで、干して。自分の着替えと化粧もしないと。やることリストが頭の中を駆け巡った。
私はフゥーっと強く息を吐き、テレビの電源をつけ、愛ちゃんに話しかけた。

「はい、愛ちゃん、何のテレビ見たいー?好きなのつけてあげるよ。」





その日、2人を送り出した後、芯くんをお父さんに預け、私は、料理教室の門を叩いた。 
かねてより、料理について学びたかったのだが、機会を逃していた。──いや、作ってこなかった。
それが、2週間ほど前、SNSで偶然流れてきた料理教室の案内が気になり、申し込んだ。たぶんこれが最後の育休。目一杯楽しまにゃ損!と、自分のためにも、家族のためにも、体の根源、食について学びたかったのだ。
家から片道40分なら、行ける。月1回、1回あたり7000円なら、払える。行かない理由が無かった。

山を切り開いた住宅地の奥の細道、袋小路になっているところに、その隠れ屋はあった。見ているだけで爽やかな木の匂いが漂ってくるような、外観。玄関を開ける前から、私の身体が「今から楽しい事が起きるよ!」と教えてくれた。

入ってみると、6人のマダムたち。──の中には、若い方もいれば、肩幅の広い──おネエ様もいた。
おネエ様は、センター分けの前髪で、オイルが塗られているのかとても艶感があるショートヘア。リップも引かれており、私よりも女性らしい。年齢は……40代くらいと想定。
私が思わず見惚れていると、

「ほらほら!貴方も入った入った♪」

と、玄関に迎えに来てくれ、中へ導いてくれた。

「アタシは葛城。葛城万里生よ。皆からは"マリさん"って呼ばれてるわ。」
「私は神崎葵です。」
「葵ちゃんね、宜しく。私はここに慣れてるから、何でも聞いてね。」

リビングに向かう途中までに、簡単な自己紹介を済ませた。この年になって、職場でも「ちゃん付け」で呼ばれないのに、と恥ずかしさを感じたが、ちょっぴり嬉しかった。何の役割もくっついていない、ただの「葵」として見てもらえているようで。
その後直ぐ、呆然とする私や新入りの方を尻目に、テキパキ資料を配ったり、お茶を並べたり。家主さんよりも家主さんらしい。思わず頬が緩んだ。

家主は、土倉真弓さん。赤いベレー帽と赤いエプロンが印象的な、柔らかい表情をする方だった。

真弓さんから「食養生」についてお話を聞き、食のあり方や、玄米について理解を深めた。経験の有無関係なしに、皆で協力して調理をし、味わった。

「あ〜美味しい。幸せ。」

頬に手を当てて、腹から出てきたその言葉は、マリさんのものだった。
その素直で、混じり気のない言葉と雰囲気に、私は魅了された。誰にも惑わされず、自分から湧き上がる「自分の思い」を表現している、と感じた。

幸せ、か──。
日本人は食べるのが当たり前だと思っている白米。私は白米どころか、「時間になったら食べるのが当たり前」「食べ物があるのが当たり前」と、「食べること」を軽視していたのかもしれない、と思った。もっと根本を辿れば、「稲穂が実るのが当たり前」、「太陽・水・空気があるのが当たり前」と思っていたのかもしれない。いや、──疑問に思うこともなかったかもしれない。自分が、口内炎が痛くて食べられなかった時、手が痛くて箸が持てなかったとき、そんな時には、「食べられるのは嬉しい」そこまでは感じていたのかもしれないが。

真弓さんは、今日、あえて玄米を用意し、一晩水に浸けた発芽玄米にしておいてくれた。

私は、一口分を丁寧に箸ですくい、口に入れた後、「今、ここ」に、心を集中させた。

玄米ご飯を一口目に噛み締めたとき、その香りと共に、「拝み洗い」をして思いを込めた時のこと、皆で調理をした時の光景が蘇った。
「食べるもの」に、込められていくのか……。
ただのタンパク質や炭水化物、脂質、それだけに分類されない、食物のルーツやここに辿り着くまでに人の手を渡ってきた過程、人の想いを味わうようにして食べた。

土鍋で炊いた玄米は、五感を刺激するものだった。殻がついているため、歯で噛みしめる度に抵抗が生まれ、「食べている」感覚を味わうことができた。なんとなく、玄米も幸せだろうな、と感じた。

真弓さんは言った──。
「食べ物にも陰と陽があります。どちらがいいか悪いかという判断はありません。この玄米は、"軸"、自分を真ん中に保てるようにしてくれる食べ物です。」


私はその日、出会った素敵なマダムたちと連絡先を交換した。そして、マリさんと次の日曜日に、女子会をすることになった。
賢人には、「日曜日、女子会いってくるね。」と罪悪感なくサラッと伝えられた。
賢人は、私が以前「料理教室に行こうと思う」と伝えた時と同様、
「ふうん。どうぞ。」と返事をした。



日曜の朝、7時にマリさんからメッセージが届いた。
「葵ちゃん、おはようございます♪
そして、ごめんなさい。実は足を痛めてしまって、今日の会は延期にしていただければと思っています。その代わり、葵ちゃんとお話したいなと思うので、テレビ電話しませんか?」

私は即座に、「はい。OKです」と返した。

私は多少肩を落としながらも、移動時間もなくなって、家の事もできるからいいか、とメリットを見つけて当てはめた。  

10時となり、テレビ電話越しに、マリさんと顔を合わせた。

「あら〜葵ちゃーん、こんにちは!」

「マリさん、こんにちは。宜しくお願いします。」

「今日は本当にごめんなさいね。また今度、美味しい所、予約しとくわね!」

「はい、ありがとうございます!」

どこそこのパンケーキが美味しいだの、マリさんは最近「お豆腐マイスター」を取得しただの、ざっくばらんに雑談をした。
そして、マリさんが最近ハマっていることについて話し始めた。

「私ねー、最近コーディネートにハマってるのよ。」

「え?服とか、アクセサリーとかですか?」

「あ、それも好きよ〜。でもね、じ・つ・は!魂のコーディネートなの。」

「んん?!魂の?何ですかそれ?」

私は聞き慣れない言葉に思わず笑った。
するとマリさんは教えてくれた。

「魂ってね、どこから見るか、によって、見え方が違うのよ。魂を球に近い多面体だと思って頂戴。ミラーボールのような感じね。それを、左から見たのと、右から見たのと、斜めから見たのと……では、全然違うものが見えるのよ。葵ちゃんも、自分のことをこうだ、って思ってるかもしれないけど、他者から見たら、自分の認識と違うフィードバックが来たりしない?」  

「あ……そうですね。そういえば、私は昔、自分の声が嫌いだったんですが、他の人に"素敵な声。ラジオやってみなよ"なんて言われて、ビックリしたことがあります。」

「そうそう、そんな感じ。それってね、一人ひとり魂が違うから、目線が違くて、見えるものも色々なのよ。
自分では、"思い込んだ自分"が、自分だと思っていて、いつもなんだか同じところで挫ける。その、凹んでる部分を一緒に見つけて、強化していくってのがコーディネートかな♪」

なんだか分かったような分かってないような感じがしたが、心がうずうずしてきた。

「面白そうですね!……何をするんですか?」

「焦らない焦らない♪ じゃあ、いくつか質問に答えて貰うわね。」

マリさんは、「アイデアや閃きが降りてくるか?」「欲望をコントロールして、嫉妬や恨みのない状態を心掛けているか?」などの質問を投げかけてきた。私はそれに直感で答えた。

そして、次にマリさんは、
「目を閉じて、愛せた自分をイメージしてみて。
──何をしてる?この人生は自由で、誰に何を言われても関係ないの。」

私は、自分を愛するストーリーを漫画で表現したり、子育てに悩むママとの対談をしたりする場面をイメージした。100%、本心で、「大丈夫だよ」と相手に言っていた。

「どんな感情かな?」

「ワクワクしてます。」

「ワクワクね。──まだ、自分の外側ね。
じゃあ、自分への感情はどうかな?」

「自分への、感情……?」

「例えば、力が抜けた感じとか、安心感とか。」

「え……わからない……。なんだろう。自分への感情?」

「そう、自分の幸せを感じる時の感情。」

「えっと……うーん。そうだなぁ……。」

「お母さんに抱きしめられたような安心感とか。」

「え……お母さんに?──抱きしめられたこと、ないと思う。記憶にない──。」


暫く目を瞑ってでてくるのを待つ。
あ、出てきた!とマリさんに告げる。

「ソファーで寛いで、コーヒーを飲んでいるような、落ち着いた感じ。じんわり、ゆっくり、ホッとした感じ。」

「いいわね。それを忘れないで。常に、できるだけ、長い時間、その感情を感じることよ。達成した後の感情を感じることが、いわゆる"引き寄せの法則"♪」

マリさんに問われ、初めて「自分の幸せな時の感覚」を言語化できた。自分では、「ワクワク」が幸せだと思っていたが、それは自分の外側に意識を向けたときに湧き出ているということも新発見であった。

マリさんが、先程の質問の集計をし、「意識の部分が凹んでいる」と言った。これは、顕在意識(意識できる部分)・潜在意識(無意識の部分)の仕組みを知ってコントロールすることをしていないという意味らしい。
その説明を聞いて、一昨日の出来事を思い出した。

一昨日、スマホを見ていたときに、「鏡に向かって、自分に"愛してるよ"と声をかけると幸せになる」という動画が流れてきた。
試しにやってみようと、洗面台に立つと、
出てきた言葉が、なんと──
「ふざけんなよ」という低い声であった。

私は唖然とした。
この声を、私が出したの──?
「愛してる」って言うはずだったのに──?

この出来事をマリさんに話した。

「葵ちゃん、無意識に自分を否定しているわね。それを、意識することよ。発動したときに、"ちがう"と切り離すの。感情と行動を引っ付けているわ。この思い込みを外し、今後どう生きていくかを、自分で描ければ、そうなっていくから。」

「以前、私が受けている子育て講座の中で、"感情"と"行動"が紐づいている事を意識し、取ったはずだったのですが……。まだあるんですかね?」

「そうね。葵ちゃん、これまでに、誰かに否定されたことってある──?」

「──お母さんに──。」

私は、お母さんに否定されてきた過去を思い起こした。もう、「お母さんから貰っているものはたくさんある」と段々に気づいてきたが、それでもこの時、心の中に、空虚な隙間を感じた──。

「葵ちゃんが、"自分の幸せな時"の感情が、直ぐ分からなかったのも、そのせいかもしれないわね。
子どもにとって、"お母さんが、全世界"だから──。本当は、お母さんに抱きしめてもらいたかったのかな。」

そこまで聞いて、大粒の涙が、一気に目頭から吹き出してきた。

そう、私は──。
否定語じゃなく、愛してほしかった。お母さんに。でも、否定された。「お前はダメだ」と。
お母さんがお皿を洗ってる時、掃除機をかけているとき、運転しているとき、機嫌が悪くピリピリした空気を感じた時。
いつも、いつも、「私なんていなければよかった」「私がいなければ、お母さんはこんな風にならなかったのに」「お母さんが機嫌が悪いのは、私のせいだ」、そうやって感じていた。自分のせいだと思っていた──。

悲しかった──。私がいるから、こうなっているんだ、って思うのが辛かった。

嗚咽を抑えるのが、つらい──。
溢れ出した思いが、私の中から飛び出そうとしていた。ずっとずっと、見なかった、見ようとしてなかった、私の想い──。
マリさんは、声もあげられず、息も上手くできず、ただただ顔を俯け泣いている私の荒い呼吸を包んでくれるかのような優しい声で、続けた。


「悲しかったね──。抱きしめてほしかったよね──。そうなの、子どもにとって、お母さんが1番なの。全世界なの。
お母さんが受け入れてくれなかった悲しさは辛かったよね。ひとりぼっちで。」

「でもね、お母さんも、そう育ってきたの。お母さんの親から、そうされてきたの。認めてほしかったの。だから、愛し方を知らなかった。」

私はティシュを何重にも重ねて、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を押さえながら、頷いた。
分かる、分かってる。お母さんの親、おばあちゃんもおじいちゃんも、お母さんに厳しかった。おばあちゃんも、口が悪い。優しい言葉をかけてもらったことって、お母さんもなかったんじゃないかな……。

「葵ちゃん、これまで、お母さんに受け止めて貰えなかった悲しみが、怒りに変わってるのね。今回、鏡に、"ふざけんな"って言ったのは、それが出てきたってことなの。」

「その怒りや悲しみを、文章で、ノートに思いっきり書いてみて。そして、それを燃やすの。それは、感情を燃やすことと同じ。自分の思いを、小さい自分を受け止めてあげて。
何回も何回もやる。そしたら、"もういい!"と、スコーンと消えるから。"ありがとう!"に変わる。」

「お母さんは、それを教えてくれたの。葵ちゃんには、レッスンさせてもらえる子どもがいるよね。
抱きしめて貰えなかった。目と目で見つめて貰えなかった。それを、今度は葵ちゃんが、我が子にしてあげられる。葵ちゃんの子どもたちは、"ここに生まれたい!"と思って来てくれたんだから。」

「ちゃんと見てあげる。抱きしめてあげる。温もりを感じさせてあげる。
自分の辛かったことを悟って、返していく。それを、世の中に発信していくのよ。」

「お母さんはきっと余裕がなかった。愛し方を知らなかった。お母さんは、そうだった。
でもね、お母さんも、その親も、被害者なのよ。時代がそうだった。
その"負の連鎖"を断ち切る事が、愛を広げる役目なの。これは、宇宙や先祖の後押しが、すごく来るわ。」

私は、はじめて有紀先生のセミナーに参加のした時の事を思い出した。
長男が生まれ、全く子育てについて知識がなく、不安だった。
"教育のプロ"であるはずの教員の自分でも、子どもにかける言葉も、遊び方も分からなかった。口をついで出てきそうになる言葉は、「ダメ」。でもこれは絶対に言いたくなくて、我慢した。我慢したけれど、なんて言えばいいか分からず、ネットで探した。でも、我が子に、私に、ぴったり合うものは見つからなかった。
『お母さんとは同じ子育てをしたくない』『絶対に、負の連鎖を断ち切る』その一心で、学ぶことを決め、足を踏み出したのだった。


マリさんは言った。

「嫌なこと、苦しい事が来た時は、チャンスなの。"どうしていく?"っていう"チョイス"ができるってこと!
憎しみ・怒り・悲しみ、これらはずっとグルグル回り続けて、全て上手く行かないわ。悩みの坩堝よ。そんな時、"ずっとそこにいるの?"と聞いてみるの。
本当は、皆、"愛の世界"に行きたいのよね。」

「"親"が第一歩の道しるべなの。何が嬉しくないことか、自分で感じて、ありがとうをする。
どうやればしっくりくる?何を選択する?どう生きていく?これは、子どもが決めること。」

「葵ちゃんのお母さんも、反面教師として生き方を見せてくれた所もあるね。
お母さんも、おばあちゃんも、苦しかったね。優しくしてほしかったね。
女性は、母性だから。いるだけで、愛なの。自分に敬意を示して。そうすれば、世の中も貴方に敬意を示す。
よーく頑張ってきたよね、生きてるだけで。私は貴方を認めているよ、って出来ない自分でも、こうしてポンポン、ってたたいてあげる。」

マリさんは、自分自身を抱きしめ、ポンポンたたいて見せてくれた。

「それでね、朝起きた時、
 みんなー!あおい様、目覚めたよー!
 上手に目覚めたねー!呼吸してるよねー!
 って叫ぶのよ。」

いきなりの大声と画面いっぱいに拡大表示されたマリさんの顔を目の当たりにし、私は、ブフォッと、涙か鼻水か分からない飛沫を飛ばし、アハハと笑った。

「そうそう。大丈夫、私が私を見ているよって。
世界や周りの人は、自分を知るためのエキストラなの。湧いてくる心、これが、私。
正そうとしなくていいのよ。でも、この感情を持ち続けるか、捨てるのかは、貴方が、決めること。
自分の"感情"が現実をつくるの。感情は、出していい。味わいまくる。受け取る。トントン、癒す。そう思ったんだね、って。
葵ちゃんは、その時どうして欲しかった?」

私は、優しい言葉をかけてほしかった小さい自分。泣いていたら、抱きしめてほしかった小さい自分を、想った。
私は……子どもたちに、「自分を大好きになってほしい」とずっと思っている。でもそれは、私が、「自分を大好き」になりたかったからなんだ。「自分を愛したかった」んだ。
そう気づき、また目頭から温かな涙が溢れた。
「貴方は貴方のままで、大丈夫。」私は、そう自分に言えるようになる。

──今朝の出来事が脳裏を過る。
愛ちゃんは、私を映していて。
「お母さんに愛されている」と感じたかったんだ。求めているんだ。
愛ちゃんが泣いていたら、正直、鬱陶しく思ってしまっていた……そうしたかった自分を思い出してしまうからだったんだ。


マリさんにお礼の挨拶をし、私は一階にいる子どもたちの元へと向かった──。



次の日の朝、愛ちゃんがいつもの様に寝室で泣いていた。

理由は分かる。起きた時、ママがいなかったから、寂しかったんだ。

いつもは、「言わないとわからないよ」と吐き捨てるように、詰め寄るように言っていた。

だけど──。
今日はとっても愛おしく見えた。その涙の意味もわかった。
私だって、昨日、マリさんに話を聞いてもらって。それだけで安心した。それだけで、心が安らいだ。あの時、これが、「自分の幸せの感覚」なんだ、って分かったんだ。

私はしゃがんで、愛ちゃんの顔に目線を合わせた。そして、こう言った──。

「愛ちゃん、泣きたい時は、泣いてもいいんだよ。ママも昨日、泣いたんだ。落ち着いたら、お話聞かせてね。」

すると愛ちゃんは、すぐにヒックヒック……と落ち着いてきた。

側にいた誠くんは言った。
「そうだよ。泣きたい時は、泣いてもいいんだよ。お兄ちゃんだって、泣くこともあるよ。」

愛ちゃんは、コクン、と頷いた。
「ママがいかったの……。」

私は、愛ちゃんをぎゅうっと抱きしめた。


次の日の月曜日。
夕食を食べている時に、愛ちゃんが、今日保育園で読んだという本について教えてくれた。

「しあわせなヒトは、こころのバケツのなかがいっぱいになるんだって。」

すると、誠くんが口を挟んだ。

「おれの話も聞いて!ねえ、この予言知ってる?
"目が覚めたら、目の前には心の優しい人がいっぱいいる"っていう予言。天国の神様が言ってた!」



第8話 純真


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