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人生の妙味を最大化して味わう

松下幸之助 一日一話
12月14日 人生の妙味

雨が降ったり雷が鳴ったりという自然現象はある程度の予測はできるものの、正確にはつかみえない。

われわれの人生の姿も、この自然現象とよく似たものではないだろうか。そこには、天災地変に匹敵する、予期できない多くの障害がある。われわれはそれらの障害の中にありながら、常に、自分の道をもとめ、仕事を進めてゆかねばならない。そこに“一寸先は闇”とよく言われる人生のむずかしさがあるのであるが、そういう障害を乗りこえ、道を切り拓いてゆくところに、また人生の妙味があるのだとも思う。予期できるものであれば、味わいも半減してしまうであろう。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

自然現象の予測に関しては、ICT環境をベースとしたビッグデータやAI(人工知能)の進化発展により、近年では正確な事前予測が可能になっていると思われがちですが、実際には予測が長期になればなるほど、その精度は下がっていくことが知られています。これは、現代における気象予報の問題点として認識されている「バタフライ効果」によるものです。「バタフライ効果」とは、簡単には初期の観測データに僅かな誤差があると、膨大なデータをもとにAIなどを用いて複雑な計算を行ったとしても導き出される結果には大きな誤差が生じてくるため正確な結果が導き出せないとするものです。現状においては、誤差なく初期データを観測することが出来ないために、初期値を意図的に僅かに変えた計算を複数回行ない、その結果の平均値を採用するアンサンブル予報が主流になっています。

自然現象と良く似た私たちの人生においても、同様に「バタフライ効果」が生じると考えられ、高度なAIなどを用いたとしても正確な未来予測は不可能であると言えます。

そんな予測不可能な人生における航海術として、松下翁は自然の理法にそむかない生き方を著書「人生心得帖」(1984)にて以下のように述べています。

 人生は、昔からよく航海にたとえられます。

 果てしなく広く、刻々に変化する大海原を、目的地をめざしてひたすらに進む。その過程には、平穏で波静か、快適な日々もあれば、嵐で荒れ狂う大波に木の葉のごとく翻弄される日々もある。ときには方向を見失い、さらには難破して漂流する場合も生じます。そうした姿は、確かにお互いの人生にも相通じているようです。

 今日、船の旅は、昔に比べてずいぶん安全で快適なものになってきています。それは航海術の進歩や船の改良によるところが大きいと思いますが、この航海術や船の改善改良にあたって重視されてきたのは、いわゆる自然の理法というものにどう従えば最も安全か、といったことだったのではないでしょうか。

 大洋での航海には、大きな自然の力が常に働いています。風が吹けば波が立ち、波が立てば船は揺れます。それが自然の理法というもので、航海においては、この自然の理法にそむかずに従うということがきわめて大切です。もし、波があるにもかかわらず全く揺れないように保とうとするならば、そこには非常な無理が生じて、たいへんに危険です。というより、そうした自然の理に反するようなことは、できることではありません。

 そのようなことから、航海術の進歩にしても船の改良にしても、どうすれば自然の理法にそむくことなく、より安全な航海ができるか、という観点を基本に進められてきているように思うのですが、このことは、お互いの人生航路においても、同様に大切なのではないかと思います。

 それでは、人生の中で自然の理に従うとはどのようなことでしょうか。それは、とりたててむずかしいことではなく、雨が降れば傘をさす、そうすればぬれないですむ、というような、いわば万人の常識、ごく平凡なことだと思います。たとえば、病気で熱が出れば無理をせずしばらく休養する。何かでお世話になった人にはていねいにお礼を言う。商売でいえば、よい品物を作って、適正な値段で売り、売った代金は確実に回収する。あるいは売れないときは無理に売ろうせずひと休みし、また売れるようになれば懸命につくる。このようなごくあたりまえのことが人生航路における自然の理法で、これらを着実に実践できるならば、からだも健康体になるでしょうし、人間関係も、商売もうまくいくのではないでしょうか。自然の理法に従っていけば、あらゆることがらが、もともとうまくいくようになっていると思うのです。

 ところが私たちは、ともすれば、このことを忘れ、何かにとらわれて壁にぶつかるということも多いように思います。

 ナポレオンは”余の辞書には不可能ということばはない”と言いました。これは見方によってはずいぶん不遜なことばのように思われます。不可能なことはないといっても、人間にはやはりできないことがいろいろあります。歳をとることも避けられませんし、死ぬこともまぬがれません。またそういうナポレオン自身、晩年は囚われの身となり、悲運のうちになくなっています。ですから、不可能はない、などというのは、人間の立場をわきまえない、うぬぼれのことばだという見方もできると思います。

 しかし、また別の見方をすれば、これはやはり一つの真理をついたことばともいえるのではないでしょうか。というのは、確かに人間には不可能なことがいろいろあります。不可能とはどういうことかというと、いわゆる自然の理に反することが不可能だということです。たとえば、人間は必ず年をとっていく、それは自然の理です。ですから、その理に反して年をとりたくないと願ったところで、それは絶対的に不可能です。

 けれどもこれは、逆に言えば、自然の理にかなったことであれば、すべて可能であるということでしょう。つまり、お互いのからだのことにしても、人間関係や商売など何ごとにおいても、自然の理にかなっていれば必ず事は成るということだと思います。ただ、さすがのナポレオンも、最後は理に逆らったことをして自滅したというわけです。

 波高い人生航路ではありますが、平素からこのことを頭に入れて、何ごとにもとらわれない素直な心で、何が自然の理にかなうことなのかを見極めつつ行動していけば、どのような困難にぶつかろうとも、おのずから道はひらけてくるのではないでしょうか。
(松下幸之助著「人生心得帖」より)

松下翁は、自然の理法に従った生き方であるならば、波高い人生航路においても道は開け事は成ると仰っている訳ですので、未来を予測する以前に、自然の理法を知るということが重要であると言えます。

また、「一寸先は闇の世の中」での歩み方に関して、松下翁は以下のように述べています。

 めくらさんは目が見えないのに、なかなかケガをしない。むしろ目の見える人のほうが、石につまずいたり、ものに突き当たったりしてよくケガをする。なまじっか目が見えるがために、油断をするのである。乱暴になるのである。

 目の見えないめくらさんは手さぐりで歩む。一歩一歩が慎重である。謙虚である。そして一足歩むために全神経を集中する。これほど真剣な歩み方は、目の見える人にはちょっとあるまい。

 人生で思わぬケガをしたくなければ、そして世の中でつまずきたくなければ、このめくらさんの歩み方を見習うがいい。「一寸先は闇の世の中」といいながら、おたがいにずいぶん乱暴な歩み方をしているのではなかろうか。

 いくつになってもわからないのが人生というものである。世の中というものである。それなら手さぐりで歩むほか道はあるまい。わからない人生を、わかったようなつもりで歩むことほど危険なことはない。わからない世の中を、みんなに教えられ、みんなに手を引かれつつ、一歩一歩踏みしめて行くことである。謙虚に、そして真剣に。おたがいに人生を手さぐりのつもりで歩んでゆきたいものである。
(松下幸之助著「道をひらく」より)


加えて、「人生の妙味」というものを考える際には、不確実性とリスクの本質についての見解がまとめられた「ブラック・スワン」(2007)の著者であるナシム・ニコラス・タレブの著書「Antifragile」(2012)の視点から考えると理解しやすいのではないでしょうか。タレブは、世の中で起こり得る事象は「Fragile(脆弱性)」、「Robust(堅牢性)」、「Antifragile(脆弱性を伴うが故の未来にある不確実性)」の3つに分かれると定義した上で、「Fragile」ならば予測した味わいすら得られず、「Robust」ならば味わいも予測通りのものでしかなく、「Antifragile」ならば予測は不可能だが得られる味わいを最大化することもできると述べています。人は未来の不確実性に対して、試行錯誤をすることにより、脆弱性となるミスをおかすこともあります。しかし、ミスという脆弱性を伴った試行錯誤は、不確実性の中に秘められている大きなリターンと比較すると、少ないリスクでしかありません。

つまりは、人生の妙味を最大化していくためには、一方では自然の理法に従い手さぐりで一歩一歩謙虚に踏みしめつつも、一方では障害や不秩序の中にこそチャンスがあると理解し積極的に行動するという、矛盾撞着する2つの行動を二項動態として統合していくことが必要であると私は考えます。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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